■1:予期しない出会いが起こす奇跡。大好きな香りに包まれた気分になる『パリの調香師 しあわせの香りを探して』

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©LES FILMS VELVET - FRANCE 3 CINÉMA

香水にまつわる思い出は、いつも笑顔になるようなものばかりです。それは、大好きな香りに包まれているだけで、幸せな気持ちになるからでしょうか。

フランス映画『パリの調香師 しあわせの香りを探して』を観ながら、いつの間にかそんな幸せな香りの記憶をたどっていました。

主人公は、人づきあいは下手ながら天才的な才能をもつ調香師のアンヌ(エマニュエル・ドゥヴォス)と、仕事も親権も取り上げられそうな人生崖っぷちにいる運転手ギヨーム(グレゴリー・モンテル)。アンヌはディオールの香水ジャドールを始め、さまざまな香水を手がけてきた才能のもち主。

ところが4年前、あまりのハードワークに突然嗅覚を失い、地位も名声も失ってしまいます。嗅覚が戻った今はエージェントから紹介される企業や役所の仕事を引き受け、パリのアパルトマンにひっそりと暮らす日々。心のなかではまた香水を手がけたいという思いを抱えています。

一方、運転手として働くギヨームは妻と離婚調停中で、娘の親権を巡って争っています。共同親権を得るためには、十分な広さの住居と娘を養うことができる仕事が必要ですが、その目処は立っていません。それにもかかわらず、勤務先に交通違反の通知が届いてクビになりかけますが、そこをなんとか上司に頼み込んで仕事をもらうことに。

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©LES FILMS VELVET - FRANCE 3 CINÉMA

ギヨームが指定された高級アパルトマンへ向かうと、現れたのは気難しそうな女性アンヌでした。1泊出張の送迎が仕事にもかかわらず、ギヨームは運転だけでなく、シーツの替えを手伝わされたり、アンヌのクライアントである役人の相手をさせられたり。

しかも、帰宅時に家の前でアンヌがひったくりに遭ったため、ギヨームが必死になってバッグを取り戻しますが、アンヌはお礼どころか「飛びかかるなんてどうかしてる」と非難する始末。腹を立てたギヨームは彼女の荷物をそのままに、走り去ってしまうのでした。

しかし、翌日になってギヨームは自分が取った行動を後悔し始めます。アンヌからクレームがきたら失職してしまうかもしれません。そうなれば娘の親権もパーです。上司になんて言い訳をしようかと頭を悩ませていると、上司からアンヌが再びギヨームを指名してきたことを伝えられるのでした……。

性格も生活も対照的なアンヌとギヨームが、やがて互いを助け合い、思わぬ影響を与え合うようになっていきます。人づきあいの苦手なアンヌの代わりに口八丁のギヨームが仕事の交渉やギャラ交渉をしたり、ギヨームもまた、アンヌのアドバイスを受け、娘と素敵な誕生日を過ごしたり、自分が知らなかった才能に導かれたり……。

欠けているところを補いあえる関係というのは実にうらやましい。仕事でそんな相棒がいたら、もっと仕事が回るようになるはず!?

行き詰まりの人生も、出会いひとつで彩り豊かな世界へと生まれ変わる。ふたりの関係を見ていると、どんな人生も希望が満ちているような気がしてワクワクしてしまいます。元気のない人、仕事に行き詰まりを感じている人に、ぜひおすすめしたい、心弾むバディムービーです。

Movie information

  • 『パリの調香師 しあわせの香りを探して』
    監督・脚本:グレゴリー・マーニュ 出演:エマニュエル・ドゥヴォス、グレゴリー・モンテル、セルジ・ロペス、ギュスタヴ・ケルヴェン、ゼリー・リクソン、ポリーヌ・ムーレンほか。配給:アット エンタテインメント
    2021年1月15日(金)から、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

■2:静かで温かい愛に満ちた映画。女性の人生の選択を考えさせられる『わたしの叔父さん』

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(C)2019 88miles

映画が始まって10分もの間、観客が見つめることになるのは、会話もなく淡々と食事を摂る若き女性と年老いた男性の姿です。そんな親子のようなふたりの背景には流れる音楽もなく、音といえば、男性が見つめる先のテレビから流れるニュース解説だけ。そのうちふたりは牛舎へ向かい、搾乳や餌やり……と牛の世話を始めます。

冒頭から一体どんな物語だろう、と考えずにはいられない映画『わたしの叔父さん』。舞台はデンマークの農村。20代半ばを過ぎたクリス(イェデ・スナゴー)は、足の不自由な叔父さん(ベーダ・ハンセン・デューセン)とともに、伝統的なスタイルの酪農を営んでいます。

彼女は14歳のときに、死んだ息子の後を追い父が自殺してしまったことで、叔父さんに引き取られていたのでした。しかし、その叔父さんもクリスが高校を卒業する間際に病に倒れ、足が不自由になってしまいます。クリスは叔父さんの世話もしながら、酪農の仕事も担っているのでした。

ある日、クリスは難産の牛を見事にケアしたことを獣医師のヨハネスに誉められ、助手にならないかと誘われます。実は彼女、高校卒業後は獣医師になるため、大学の獣医学部へ進学する予定でしたが、叔父さんが倒れたために進学を諦めていたのでした。彼女は再び獣医師への夢を思い出します。

毎日が同じことの繰り返しのような生活のなかでも 獣医の夢だけでなく、男性との出会いもあり、クリスの生活に少しずつ変化が表れます。そんななか、ヨハネスがコペンハーゲンの大学での講義があるから助手として参加しないかと誘ってくれます。クリスは叔父さんのことを心配しつつも参加するのですが……。

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(C)2019 88miles

言葉数が少なく、だれに対しても素っ気ないクリスは、一見変わった子です。でも、彼女は自分を育ててくれた叔父さんのために身を粉にして早朝から起き出し、叔父さんの部屋のカーテンを開け、着替えをさせ、朝食を整え、酪農の仕事をします。

初デートにもかかわらず叔父さんを一緒に連れていき、2泊3日のコペンハーゲン行きが決まると、たくさんの料理をつくって自分がいなくても叔父さんが困らないように整えます。叔父さんには余計な仕事をしないように厳命し、11時半に電話で話すことを約束します。

新しい世界へ出ていくことへの喜びを味わいながらも、クリスはいつでも叔父さんのことが気になって仕方がありません。そんな彼女を見ていると、自然と彼女の気持ちを想像せずにはいられなくなります。14歳で弟と父を失い、叔父さんに引き取られたときはどんな気持ちだったのか。

一生懸命クリスを育ててくれた叔父さんが倒れてしまったときは、またひとりになる恐怖に襲われたのではないか。自分を育ててくれたたったひとりの肉親である(と思われる)叔父を失いたくない気持ちが獣医ではなく、酪農に引き留めたのではないか……。

デンマークの衰退する小規模酪農家で、人生の選択に静かに葛藤する女性の姿は、日本に生きる私たちにとっても、とても他人事とは思えません。

介護と夢の板挟みになる女性は日本にだって少なくないでしょう。だれもが夢を追い求めることができるわけではありません。だれだって人生において厳しい選択を迫られるときがあります。

クリスの生き方を通じて、女性の人生の選択を考えさせられる本作。「えっ、ここで終わり!? もっと見たい!」と思ってしまうラストは、「人生は続く」ことの裏返し。小津安二郎を師と仰ぐピーダセン監督ならではのエンディングと言えるのかもしれません。

Movie information

  • 『わたしの叔父さん』 
  • 監督・脚本・編集・撮影:フラレ・ピーダセン 出演:イェデ・スナゴー、ベーダ・ハンセン・デューセン、オーレ・キャスパセン、トゥーエ・フリスク・ピーダセンほか。配給:マジックアワー
  • 2021年1月29日(金)から、YEBISU GARDEN CINEMA(休館前最後のロードショー作品)ほか、全国順次公開。

■3:女優の陰にスタントウーマンあり!生身の体で勝負するスタントパフォーマーのドキュメンタリー『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』

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© STUNTWOMEN THE DOCUMENTARY LLC 2020

この先15年くらいで半分の仕事がAIにとって代わられるかもしれないーー。そんな時代にあって、映画『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』は、生身の肉体で勝負する「スタントパフォーマー」の女性たちに光を当てたドキュメンタリーです。

ハリウッドの半端ないアクション映画を観ると、「このスタント、一体どうなってるの?」と思わずにはいられないシーンが出てきます。「やっぱりCGでしょ、いや、生身か? でも、それにしてはハードすぎる……」などと、つい考えてしまうことはないでしょうか。

『ワイルド・スピード』に出演したミシェル・ロドリゲスは当時の撮影を振り返り、「40キロで走るタンク車に乗ったとき、代役のハイディが代わりに上から転げ落ちて60キロで走る車に乗ったわ。私じゃムリ。すごい努力と才能が必要だから、あなたたちを尊敬する」と話します。

本作では、そんなさまざまなアクションをこなす多数の“スタントウーマン”が出演。トレーニングから実際の撮影シーンの舞台裏まで赤裸々に告白しています。

実は、CG全盛のこの時代にあっても、CGで表現できない動きや迫力あるアクションをより緻密に表現するために、スタントパフォーマーの存在はこれまで以上に重要視されているのだとか。『マトリックス』や『キャプテン・アメリカ』など数々の超大作は、スタントウーマンなしには成立しえないのでした。

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)でスカーレット・ヨハンソンのダブルとして出演を果たしたエイミー・ジョンソンは、「スタントウーマンには、訓練と筋力、勇気とユーモアがいる」と話しますが、映画を観れば納得。並のアスリート以上の過酷なトレーニングには驚くばかりです。日々危険にさらされ、研鑽する彼女たちの話がつまらないわけがありません。

スタントは安全第一。身を守るためにパッドは必須ですが、女性の場合は服の関係でつけること自体が難しいことも。2010年からスタントウーマンとして活動を始めた元警察官のハンナ・ベッツは、細身のジーンズの下にゼリーの塊のような薄いパッドをつけると話します。

付けるのと付けないのでは雲泥の差と聞けば、薄手のミニスカートにハイヒールでのアクションなんていうのは、スタントウーマンにとっては悪夢に違いありません。

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© STUNTWOMEN THE DOCUMENTARY LLC 2020

ところで、スタントウーマンにはそれぞれ得意なスタントがある、ということを本作で初めて知りました。カークラッシュが好きな人、火災のスタントが好きな人、車にはねられるのが得意な人、落下のスタントが好きな人……。映画を観ながら何度「へー」と感心してしまったことか。その分野をさらに極めるための鍛錬もこの映画の見どころです。

もうひとつ、この映画ではスタントウーマンの歴史もひも解いてくれます。昔のハリウッドでは女性たちがある意味、今以上に危険なアクションも行っていたことに驚きました。

スタントウーマンは単にアクションをすればいい、という存在ではありません。女優の陰にスタントウーマンあり。役を演じているその女優と一体化してこそ最高の役が生まれます。映画好きにはたまらない話がたっぷり詰まった見逃せない一本です。

Movie information

  • 『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』
  • 監督:エイプリル・ライト 出演:エイミー・ジョンソン、アリマ・ドーシー、シャーリーン・ロイヤー、ジーニー・エッパー、ジュール・アン・ジョンソン、ジェイディ・デイビッド、デヴン・マクネア、ハイディ・マニーメイカー、レネー・マニーメイカーほか。配給:イオンエンターテインメント 配給協力:REGENTS
  • 2021年1月8日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。
この記事の執筆者
TEXT :
坂口さゆりさん ライター
BY :
『Precious2月号』小学館、2021年
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
EDIT :
宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)