トップアスリートや歌姫を襲う、大声援大喝采のストレス

大坂なおみ選手がうつ症状を公表したことを、超有名キャスターのメーガン・ケリーやラジオのパーソナリティーなどがこんな風に揶揄している。「リアリティ番組に出たり、水着姿で雑誌の表紙を飾ったりしているのに?」。

これに対して、大坂選手は表紙の撮影があったのは去年、ジャーナリストならその辺をもっと詳しく調べるべきでは?と反論した。実際にそういう反論ができるほどの精神的な強さがあるのになぜ? そう思う人もいるのだろうが、ただそれこそが、心が不安定になりがちな人が秘めた真の姿なのかもしれない。

試合後のインタビューを受けるか受けないかと言う話は別にして、あれだけの大舞台に立たされ、常に追われる立場のアスリートの心があっけらかんと平静を保てるはずはないと、そう考えるべきなのだ。たとえ心が強くても、いや負けん気が強いが故に、負けることへの恐怖、次々襲ってくるプレッシャーに気持ちの準備が間に合わない、だから元気な日があっても心がバラバラになる日もある、そういうことではないだろうか。

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大坂なおみ

もっと言えば、勝てばみんな褒め称えてくれるが、負ければ批判されるか、無視されるか……その残酷なまでにわかりやすい世の中の反応に晒されれば、不安定になって当たり前。このオリンピックでも、例えば体操で、トランポリンで、それぞれ「女王」とされたトップアスリートがプレッシャーに耐えきれずに途中棄権をしたり、「ずっと逃げたいと思っていた」と号泣したり、あまりにも切ない場面を私たちはいくつも目撃した。

そしてそれはアスリートのみならず、「歌姫」と呼ばれるトップアーティストにもそっくり当てはまる話。心の問題などありえないかに見えるディーバたち、ビヨンセにアデル、テイラー・スウィフト、ケイティー・ペリーまでが、心の病に悩んでいたことを打ち明けているのだ。彼らは天才だけれども、心も鋼でできているわけではないのである。

華やかな成功ほど一過性のもの。それを知っていた人の見事な引退

以前から精神面について様々に吐露していたレディ・ガガをはじめ、マライア・キャリーやジャネット・ジャクソンが太ったり痩せたりを繰り返してきたのも、解消できないほどの蓄積したストレスがあるせいとされ、言わば大きすぎる成功を収めたアーティストはみな一様に心を病んでいたことになり、アメリカン・ドリームとのギャップには驚かざるを得ない。

大観衆の大声援の中で、常に勝負を強いられるのはアスリートと同じ。ディーバたちも、ステージの上で大喝采に支えられるものの、やっぱりヒットチャート次第で褒められたり貶されたりする。頂点を極めたのもつかの間、次の曲では崖っぷちに立たされたりするのだ。

残念ながら、華やかな成功ほど一過性のもので、ほとんどの場合ピークは数年。長々続いたりはしない。圧倒的な成功を収めたホイットニー・ヒューストンが薬物に走って帰らぬ人となったのも、元夫、ボビー・ブラウンの愛を得たいがためともされる一方、やはり人気のピークが去ったことによる喪失感が大きかったのではないかと言われる。

そこで偲ばれるのは、安室奈美恵の引退。あんなに輝いているのになぜ引退?と誰もが疑問に思ったけれど、あの人には分かっていたのだ。歌姫への異常なまでの喝采は、時として人間の心を壊してしまうほど異常ものなのだと言うこと。

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安室奈美恵

「もう20代の後半からずっと引退を考えてきた」と本人が語っているが、それも、20歳で出産、産休から戻ってきたときにすでに風の流れが変わっていることを敏感に感じとり、不安や焦りを感じたからとも言われる。アーティスト生活25年のうちの半分以上を引退を考えながら丁寧に紡いできたこと、それは、成功の儚さを知っているからこそ、美しく穏やかにパフォーマンスを続けたいからの判断なのだろう。見事な引退だったと言うべきなのだ。最も心が整った歌姫だったとも。

どちらにせよ、巨大な成功は人を有頂天にした瞬間から不安を生み、じわじわと人を追い詰め始めるのである。

自ら心の問題を語り出すのが、ブームになる理由

一方に、こんな見方がある。ハリウッドを中心に今、自分の心の問題を自ら語り出すことが、ある種ブーム化しているのではないかということ。本来が心のアンバランスはイメージダウンになるはずが、今は逆。大なり小なりシンパシーを得る鍵となる。自分もそれほど完璧でないと伝えることが、共感につながるうえに、自己防衛にもなるからなのだろう。

それこそ何の問題もないのは、パリス・ヒルトンくらい? と思ってしまうほどに、ゴージャスなセレブたちまでが次から次へとカミングアウト。ただ女優・俳優には、アスリートや歌姫とはまた違ったストレスがあることに気づかされる。

365日スタンバイしていても、オファーがあるかどうかわからない。それを待ち続ける仕事なわけで、それこそストレスと背中合わせ。1度でもブレイクした経験を持つ人ならばなおさら、小さなブランクも負の感情を生み、知らず知らず心にダメージが生じるはずなのだ。そうした不安を持たないのは、ほんのひと握り。実際に、メンタルヘルスに問題があると自ら公表している人の顔ぶれを見て驚かされた。海外セレブの中でも、とりわけ才能と魅力に溢れている人ばかりだったからである。

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エマ・ストーン

例えば、エマ・ストーン、アマンダ・サイフリッド、そしてクリステン・スチュワート……ハリウッド女優の中でもとりわけ知的な魅力が際立ち、独自の地位を築いているこの3人が、いずれもそれぞれに心の問題を語っているのだ。逆に言えば、少なくともこの人たちは、ある種のブームに乗って自己防衛のためだけに自らのメンタルヘルスについての語りだしたのではなさそうだ。

実はこの3人のキャリアには共通点がある。いずれも10歳前後で子役デビューをしていること。エマ・ストーンは11歳で舞台に立ち、アマンダ・サイフリッドもやはり11歳でモデルとして活躍し、クリスティン・スチュワートは12歳の映画出演で天才子役として注目を浴びた。

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映画『パニックルーム』に出演したクリスティン・スチュワート

しかしいずれの場合も、頭角を現すのは30代前後になってから。つまりそれぞれに不遇の時代もあったということ。そもそもが子役には子役にしかわからない焦りや、大人になってしまうことへの恐れ、そもそも成長過程で注目され続けるのは極めて稀なだけに、聡明ならばこそ子どもの頃から苦悩が始まっていたかもしれない。やがて大人の女優として注目されるまでの期間には、世間から忘れられてしまったという疎外感にも苦しんだはずなのだ。

若手実力派3大女優は、自らの方法で不安症を克服してきた

しかしこの3人の女優のもうひとつの共通点は、それを克服する術を自ら見つけ、そこまでを確信を持って語っていることなのだ。そしてそれは、ステージの大観衆に翻弄される歌姫たちとはちょっと違う。一般の女性たちにも当てはまるようなケースばかりなのだ。

エマ・ストーンといえば、今や32歳にして演技派のトップにあげられる人。出る作品出る作品、全て絶賛されていており、見るからに落ち着いたバランスの取れた人に見えるが、その一方で、長い間パニック障害に悩んだことを告白している。10代の頃から、不安やある種の恐怖感に苛まれたと。そして今なお、インタビューの前には、すごくナーバスになってしまうと告白している。5分前に着席して、深く呼吸をして集中しないといけないほどだと。

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映画『ラ・ラ・ランド』イベントに出席するエマ・ストーンとライアン・ゴズリング

奇しくも『ラ・ラ・ランド』の、女優を目指してカフェでアルバイトしながらオーディションを受け続けるヒロインは、じつはエマそのもの。何度も挫折し、多くの脇役をこなしながら大きなチャンスを待っていたという。それこそ10代の頃から失望を繰り返してきたことで、精神を傷つけてしまったのだろう。

ただ、エマ・ストーンは長い間苦しんできた不安障害から抜け出すテクニックとして、ある方法を提案してくれている。それは、「脳のゴミ捨て」と呼ばれるもの、「不安に苦しんでいる時は、心配事をひたすら書き出してる。何を書くかは考えずに、後から読み返したりもせずに、ただただ紙の上に気持ちを吐き出すだけ。自分にはすごく効果的」と。

なるほど怒りや不満を書いては捨て、書いては捨てると、それだけで気持ちがおさまっていくのを感じる。書くことでモヤモヤの理由が明快になり、捨てることで整理がつく。気持ちが不安定になったら真似てみたい方法だ。

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アマンダ・サイフリッド

一方、アマンダ・サイフリッドは、なんと11年にわたって強迫性障害の薬物治療を行っていることを公表している。しかし抗不安剤の使用についても極めて前向きで、薬を使うことが恥だなんて私は思わないと明快に述べているのだ。みんな一体何を戦っているのか?と、精神疾患も他の病気と同じ。薬で克服できるのだから、病気としてまっすぐに向き合うべき、と提案しているのだ。心が不安定なことそのものに悩むなんて、時間の無駄ということか。ただ、こういう風にいつも輝いている人がそう言い切ると、なんだか勇気が出てくるはずなのだ。

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クリスティン・スチュワート

またクリスティン・スチュワートは、パニック障害を既に克服し、それによってとても強くなり、今までなかった忍耐力もついたことを語り、自らがなぜ不安と戦わなければいけなかったのかを冷静に分析している。人気が出てくるにつれ、物事をコントロールできないとパニックを起こし、毎日のように嘔吐していたほど。混乱してくると全てを見失うような感覚に陥り、整理整頓ばかりして他のことを先延ばしにしていたという。すごく馬鹿げたことだが、まずディスクの整理整頓から始めないと気がすまないという状況だったと。しかしいつの間にか、『ともかく今、必要なことだけをしなさい』と自分自身に繰り返し言い聞かせるようになっていて、それからは心の整理がつくようになってきたと語っている。とても疲れたが、ただ最悪の状態はそう長くは続かないもの、とも語っている。

こんなふうに彼女たちの発言が多くの人たちの救いになっている事は確かなのである。

「もう生きていたくないと思ったことがある」のは、3人に1人?

極めて有能で、人としてのバランスのとれた人物も、大きな目標を持てば必ず苦悩することになる。成功してもしなくても。でもだからといって、何も目指さずにローリスクな人生を送ることがベストとは思えない。ハイリスク、ハイリターンの選択にこそ輝きが生まれるのは間違いないのだ。

だから、目指すものが大きければ必ず心に負担がかかることを最初から想定しておくべき。自分に限って、心を病むはずがないと思うから、余計にダメージが大きくなる。精神的な問題が起きても、それは想定内と大きく構えてみておくべきなのかもしれない。ただ平坦に生きているわけでは無いのだからと。そこでコントロールがきかなくなっても、彼女たちのように自分を取り戻すための方法を自ら探し当てて、心の土台を固めていけばいい。そこまでできれば、その時こそが、人生成功へのスタートとなるのだから。

様々なアンケートが様々な数字を伝えているが、例えば今、7割の人が不安を感じ、4割の人が心の不安定を覚えていると言われる。また4人に1人が、「本当に死んでしまいたい」と思ったことがあると答えていて、とすれば「ふと生きていたくないという気持ちがよぎったことがある」という人は一体どのぐらいいるのだろう。心が100%健康だと言える人は、本当に少数派なのである。

それこそメーガン妃も「もう生きていたくないと思ったことがある」と語ったが、あれだけ劇的に環境が変われば、そういう思いがよぎるはむしろ当然のことと言えるのだろう。

心理学的には、「もう生きていたくない、消えたい」という気持ちは多くの場合、欲求が満たされないことへの、失望や苛立ちから始まるとされる。むしろ生きることへの強い思いや願望があるからこそ、強い負の感情も生まれるわけで、少しでも視点を変えれば、それは生きていく勇気につながるはずなのだ。

自分ばかりに集中するから、苦悩が深くなる?

エマ・ストーンはこうも語った。子どもを持ち、自分よりも大切なものができたことで心がとても楽になったと。それは自分ばかりに意識が向いている状態から抜け出せたからだろうと。つまり自分にばかり集中していること自体が心のバランスを崩すひとつの原因であると解いているのだ。自分しか見ていないから辛いことが多くなる。自分のことばかりに夢中になるから思い通りにならないことが多くなる。それをこの人は教えてくれたのだ。

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エマ・ストーン

成功だけを求めている時、人はまさしく自分だけに一生懸命になっている状況。自分だけに一生懸命にならないこと、人生においてそれが心のバランスを崩さない決めてなのかもしれない。もちろん、才能も魅力もある人ほどひとつ上の人生を求め、人生の目標を何らかの「成功」と考えるからこそ、苦悩が深くなる。それも宿命のうちなのかもしれない。

だからこれまで順風満帆に人生を進めてきた人も、挫折に見舞われた時、この話を思い出してみてほしい。自分から少し目を離すこと、自分ばかりに集中しすぎないこと。例えば周りの誰か、自分の一番愛する人に気持ちを向けること。あるいはまた100%自分のためではなく、誰かのために心を砕くこと。それが自分の心に平和をもたらす、最善のテクニックだということ、その人は教えてくれたのである。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
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Getty Images
EDIT :
渋谷香菜子