シンプル&エレガンスのその先へ「クワイエット・ラグジュアリー」考

『Precious』は2004年の創刊時から変わらず、ファッションやライフスタイルの核となる「ラグジュアリーとは何か」を問い続け、ものの表層的な面だけでなく、その価値や本質を伝える誌面づくりを目指してきました。

今、モード界を席巻中のトレンド「クワイエット・ラグジュアリー」とは、実は『Precious』が提唱してきたスタイルとも重なるムーブメント。今、現象として浮上してきた “静かなる(あるいは控えめな)ラグジュアリー” とは何か。『Precious』らしい視点で、その魅力をひもときます。

今回は、著作家/服飾史家の中野香織さん、WWD JAPAN 編集長の村上 要さん、「ペロタン東京」ディレクター/モデルのアンジェラ·レイノルズさんに、「クワイエット・ラグジュアリー」についてお話しを伺いました。

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着る人の静かなる佇まいが服をより魅力的に見せ、惹きつけられるー例えばティルダ・スウィントンのよう。(C)Emma Hardy/Trunk Archive

「クワイエット・ラグジュアリー」とは文字どおり、「静か」で「控えめ」なアプローチを美点とする、シックの縮図のようなスタイルのこと。具体的には、ラグジュアリーブランドのシンプルなアイテムをベーシックな色でまとめたミニマルな着こなしを指し、上質を知る人にはわかる、高級な素材と洗練されたディテールにクラス感や品格を感じさせることのできるファッションです。

3名のファッション識者の方々の考察や解釈を交えながら、このラグジュアリーの新潮流を、さまざまな角度から考えていきます。

「ファッション業界にしばらく大きなトレンドがなかったところに、久々にキャッチーなワードが躍り出ました。一気に拡散されたきっかけは、今年の3月にグウィネス・パルトロウのスキー事故裁判で話題となった法廷スタイル。これが大々的に報道されて以降ですが、さかのぼれば2018年頃からちらほらと使われていましたし、概念自体も決して新しいものではありません。古くからの特権階級の美学、彼らが内輪で享受してきたラグジュアリーの掟のようなものが、一般まで大々的に広まったのが、今。『ステルス・ウェルス(隠れた富)』や『ディスクリート(慎みのある)・ラグジュアリー』といった表現でこれまでも存在してきたものです。
ここにきて『クワイエット・ラグジュアリー』が台頭したのは、この数年の全体的な装飾主義との決別であり、インスタ映えを狙った賑やかしいファッションへの反発、トレンドの揺り戻しという側面もあると感じます」と説明するのは、ラグジュアリー領域の文化的テーマを得意とする独立研究者、中野香織さんです。

「これからもますます『クワイエット・ラグジュアリー』の潮流、本質的な美の追求はさらに加速すると思います」と’24年春夏のウィメンズコレクションを総括したのは、ミラノのファッション・ウィーク取材からの帰国のタイミングで話をうかがった、ファッション業界専門メディアWWD JAPAN編集長の村上要さん。

「新クリエイティブディレクター就任で話題を呼んだ “グッチ” のサバト・デ・サルノによる、驚くほどにミニマルでリアルなデイウエアの世界も象徴的でした。エターナルでタイムレスな服をどのように味付けしたら若い世代も受け入れるのか、結果、未来に継承できるのかというのは、多くのラグジュアリーブランドに共通する課題」と分析。

「『クワイエット・ラグジュアリー』と聞いて思い出すのは、“アレキサンダー・マックイーン” のクリエイティブディレクター、サラ・バートン(現在は退任)の印象的な言葉。先シーズンは非常にシンプルなスーツを多く打ち出したコレクションでしたが、『スーツの匿名性』と、それを語った。服自体が匿名だからこそ、着る人が前面に立ってくる、そういう服をつくりたいんだと話していて、なるほどと思ったことがありました。その観点でいえば、『クワイエット・ラグジュアリー』を着ている方が、後から思い出されるのはきっと服ではなく、その人自身。多様性、個性の時代にあって、こうしたムーブメントが出てきたのは自然の流れという感じがします」と村上さん。

『Precious』にとって、「クワイエット・ラグジュアリー」はとても身近で、なじみの深いスタイル。だからこそ私たちは十分に、素材の上質さやものづくりにおける伝統や職人技という要素が、ラグジュアリーにいかに重要であるかをすでに知っています。そのうえで、「持続可能性は品質の新しい定義であり、ラグジュアリーとは持続性そのもの」との中野さんの指摘に同調するように、

「長く着られることを念頭に吟味を重ねて、タイムレスにいいものを購入していくというアプローチも、サステイナビリティやトレーサビリティへの意識の高まりを背景とした『クワイエット・ラグジュアリー』的スタイルのあり方」と話すのは、“クワイエット” な佇まいが美しい人気トップモデルであり、アートギャラリーのディレクターも務めるアンジェラ・レイノルズさんです。

「『クワイエット・ラグジュアリー』がもつテーマにつながりますが、今の時代が向かおうとしている方向では、『自分らしい生き方の答えは、自分の中にある』ことに意識を向け、自身の内なるものを解放するほうにフォーカスすることが大切。外から与えられたものを単に受け入れるのではなく、個々がオリジナルな道を切り拓いていくことこそが、時代に求められているスタンスだと感じます。ものを選ぶときに、例えば肌触りや着心地に関しても、自然体でいられるかなど、自分の体験的な心地よさを基準にする。自分の思考や感受性を中心に据えて、主体性をもつことが重要です」とアンジェラさん。

「クワイエット・ラグジュアリー」とは、自分を大切にしているからこそ地球や周囲に配慮できる、「思慮深い日常着」ともいえるかもしれません。ミニマルなこのスタイルをどのように自分らしく着こなすかが問われます。

EDIT :
下村葉月、遠藤智子(Precious)