腕時計の世界で復刻がブームになって久しい。その多くは“原点回帰”をキーワードとした、ブランドのアイデンティティを振り返る魅力的な作風だ。ヴィンテージの世界で途方もない価格高騰をしていたり、まったく市場に出てこないモデルが復活するのだから、好事家にはたまらない。そんなアーカイブの宝が、掘り尽くせないほど眠っているヴァシュロン・コンスタンタンの「ヒストリーク・トリプルカレンダー1942」が、11月9日のGPHG=ジュネーブ時計グランプリ2018で“リバイバル賞”を受賞した。間違いなく今年の“復刻ナンバーワン”であり、世界的な注目が集まっている。
復刻ナンバーワンに輝いたヴァシュロン・コンスタンタンの歴史的名品
「ヒストリーク・トリプルカレンダー 1942」
ジュネーブ時計グランプリは主催者組織にジュネーブ州、ジュネーブ市、ラ・ショー・ド・フォンの時計博物館、「タイムラボ」の通称で呼ばれるジュネーブ時計・マイクロエンジニアリング研究所と、複合企業グループのエディプレッスが名を連ねる。公益的な色合いが強い上に海外にも門戸を開いており、日本の時計メーカーの受賞実績もある
公平で権威あるその賞で評価されたのは、1942年の「リファレンス4240」をオリジナルとするモデルを蘇らせたものだ。月・曜日を小窓(ギシェ)、日付をポインター式で表示する、トリプルカレンダーまたはコンプリートカレンダーとよばれる機構を、当時の典型的なツートーンのダイヤルと特徴的な数字書体で洒落のめしてみせる。往時のヴァシュロン・コンスタンタンは、どれだけ技術に優れ、粋なデザインに長けていたのか。
1942年のオリジナルに勝る、新型ムーブメント「キャリバー4400QC」
直径40mmのケースには、クロウ(カギ爪)型のラグを配し、3列の溝=トリプル・ゴドロン装飾を彫ったケースバンドと、ディテールが凝っている。もちろん性能は現代レベルにアップデートされていて、シースルーバックから覗く美しい手巻きムーブメントは、65時間ものパワーリザーブを持つ。
1942年といえば第二次世界大戦の真っただ中、スイスは周囲を枢軸国のドイツとイタリア、占領下で親独ヴィシー政権下のフランスに囲まれていた。永世中立国スイスとはいえども攻め込まれてもおかしくない状況下、国を指揮したのがアンリ・ギザン将軍だ。スイスでは少数派のフランス系である将軍は、仏語圏の中心都市であるジュネーブに隣接したヴォー州の出身。ジュネーブの高級時計店が並ぶローヌ通りの湖側を並行する道は“ジェネラル・ギザン河岸”と命名されている。ギザン将軍は、40万人を超える民兵を動員した“ハリネズミ作戦”で、ナチス・ドイツの侵攻を思い留まらせた。
こうして、欧州全体を巻き込んだ戦時下であっても、高級時計の聖地を代表するブランドの工房では心おきなく素敵な腕時計がつくられていた。復刻されたその時計は、ヴァシュロン・コンスタンタンの歴史的名品であるとともに、1942年のヨーロッパとスイスの記憶を象徴する。4分の3世紀を超えてなおも魅力的に映える腕時計は、ジュネーブで喝采を浴びるのに、まさにふさわしい品なのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト