長時間の舞踏会シーンがあってこそ、絶望が強く感じられる

井上 『山猫』(※1)が公開された1963年は、フェデリコ・フェリーニ(※2)監督の『8 1/2』(※3)や、アラン・ドロン(※4)とジャン・ギャバン(※5)が共演した『地下室のメロディー』(※6)、アルフレッド・ヒッチコック(※7)監督の『鳥』(※8)、ジョン・スタージェス(※9)監督の『大脱走』(※10)など名作が多く生まれた年。その中で『山猫』がこの年のカンヌのパルム・ドールに輝きました。

『ARTS』のオーナーバーテンダー、井上大輔氏
『ARTS』のオーナーバーテンダー、井上大輔氏

井上 『山猫』だけには他の映画には感じない、意志がありました。ルキノ・ヴィスコンティ(※11)監督が持つ美意識や美学が『バー・ラジオのカクテルブック』(※12)に感じた世界観に似ているのです。だから僕はバート・ランカスター(※13)がヴィスコンティの映画に出るたび、いつも勝手に尾崎さんのことを思っていたんです。

尾崎 古い映画の内容はほとんど忘れていますが、思い返してみて『山猫』の時は貴族だから、とりわけ気難しい役柄ですよね。

サリーナ公爵を演じるバート・ランカスター
サリーナ公爵を演じるバート・ランカスター

井上 この間『山猫』をもう一度見たんですけれども、尾崎さんはサリーナ公爵のように気難しい感じではありませんね。初めに見た時のバート・ランカスターのイメージが、ずっと尾崎さんと重なるんです。

尾崎 バート・ランカスターは、年をとるごとによくなっていきますね。ヴィスコンティ本人は、どうだったんでしょうね。私は以前は気難しかったと、今はそう思い当たります。

井上 すごくこだわりが強い人だったらしいです。

尾崎 そうじゃないと、あの映画は撮れないですよ。教養というものが基本に在って、そして深く見詰めた結果だと思います。

井上 『山猫』は後半の一時間、ずっと踊っているだけです。

バート・ランカスター演じるサリーナ公爵と、クラウディア・カルディナーレ演じるアンジェリカがワルツを踊るシーン
バート・ランカスター演じるサリーナ公爵と、クラウディア・カルディナーレ演じるアンジェリカがワルツを踊るシーン

井上 みんな退屈だと言うけれども、あの一時間の退屈さが、最後のシーンでサリーナ公爵が「おお、星よ。変わらざる星よ。はかなきうつし世を遠く離れ、なんじの永遠の時間に、我を迎えるのは、いつの日か?」(※14)と言う、あの絶望感につながる、と。無駄が一切ないって思いました。

『山猫』はバート・ランカスターの品位があってこそ

尾崎 アラン・ドロンは、ヴィスコンティの作品には1回しか出てないでしょう?

井上 アラン・ドロンは2回です。『山猫』の前に、『若者のすべて』(※15)にも出ています。『山猫』でも、みんなアラン・ドロンがすてきだと言いますけれども、僕はバート・ランカスターにしか目がいかないんです。あれは、もうほんとにバート・ランカスターのための映画。それぐらい品位があって。アラン・ドロンのイケイケな感じがよく出ているのは、すごくいいキャスティングだと思うんですが。

タンクレディを演じるアラン・ドロンと、アンジェリカを演じるクラウディア・カルディナーレ
タンクレディを演じるアラン・ドロンと、アンジェリカを演じるクラウディア・カルディナーレ

尾崎 みんなが上品だったら、ね。ああいう不良っぽいキャラクターも必要なわけです。若い時のアラン・ドロンは本当にハンサムですね。私は美形ではないけれども、男ならアラン・ドロンのつもりで生きていかなきゃいけないですよ。クラウディア・カルディナーレ(※16)もきれいでした。

井上 すてきです。『山猫』を見てから好きになりました。『山猫』はバランスがすごくいいなと思います。

井上氏が『山猫』に『バー・ラジオ』を感じるところとは?

井上 名店と呼ばれるお店はありますが、『バー・ラジオ』ほど、美意識と美学を感じさせるお店はないと思います。尾崎さんはバー業界に明確な美学をもたらした人ですが、劇中でのアラン・ドロン演じるタンクレディの台詞「現状維持を願うなら、変化が必要です」(※17)に、僕はバー業界の今後を考えさせられました。そして、美学は大事だとも言っているようにも思います。

『バー・ラジオ』のバーテンダー、尾崎浩司氏
『バー・ラジオ』のバーテンダー、尾崎浩司氏

井上 劇中の最後、サリーナ公爵が言った「我々は山猫であった、獅子だった、山犬や羊どもが取って代わる。そして山猫も獅子も、また山犬や羊すらも、自らを地の塩と信じ続ける」(※18)から、尾崎さんは獅子で、間違いなく土地の塩だと感じました。尾崎さんは唯一無二で、僕らはずっと倣ってきましたが、僕は山猫にすらなれていません。これからも僕のバート・ランカスターとしてい続けてください。

※1 イタリア王国誕生の夜明け、シチリアを統治するサリーナ侯爵の滅びゆく美学を描いた一大巨編。アラン・ドロンをはじめ、バート・ランカスター、クラウディア・カルディナーレなど豪華キャストに加え、撮影に36日間をかけたといわれる大舞踏会シーンなど、伝説のエピソードに彩られた映像の世界遺産とも呼べる作品。
※2 1920年、イタリア生まれ。映画監督、脚本家。アカデミー賞外国語映画賞を4度受賞。代表作に『カリビアの夜』、『甘い生活』『インテルビスタ』など。1993年没。
※3 フェデリコ・フェリーニ最大の代表作。温泉地に逗留している43歳の映画監督。新作の撮影を控えているのだが、冷え切った妻との関係など、公私ともども悩みが多い。彼の脳裏には、幼少時の記憶やまだ見ぬ夢の美少女の幻影が現れては消える。
※4 1935年、フランス生まれ。俳優。『女が事件にからむ時』でデビュー。1960年『太陽がいっぱい』で世界的にその名を知られる。2017年に俳優を引退する意向を示した。
※5 1904年、フランス生まれ、俳優。1930年『メフィスト』で映画デビュー。その後、巨匠たちの名作で主役を務める。第二次世界大戦中はハリウッド映画にも出演したフランスを代表する名優の一人。1976年没。
※6  アンリ・ヴェルヌイユ監督によるフランス映画。刑期を終え出所した老ギャングのシャルルは青年・フランシスと周到な計画を立て、カジノの現金を強奪するクライムアクション。
※7 1899年、イギリス生まれ。映画監督、映画プロデューサー。イギリスで活動を開始し、ハリウッドに進出する。サスペンス映画の神様とも呼ばれる。1980年没。
※8 突然、鳥の大群が人間を襲うという恐怖を描いたパニック・サスペンスの傑作。
※9 1910年、アメリカ生まれ。映画監督。従軍中の第二次世界大戦中にドキュメンタリー映画などを数多く制作。映画監督として1946年にデビュー。1992年没。
※10   第二次大戦下のドイツ。捕虜の脱走に頭を悩ますドイツ軍は、脱走不可能な収容所を作った。連合軍の兵士たちは、収容されるやいなや脱走を敢行するも失敗。だが将兵たちは知恵を絞り、計250人の集団脱走を計画する。
※11 1906年生まれ。イタリアの映画監督。1942年『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でデビューし、芸術性の高い作品を残す。1976年没。
※12 1982年に柴田書店より刊行された尾崎氏によるカクテルブック。レシピを美しいグラスに注いだカクテルとともに紹介。その美意識の高さは後進のバーテンダーに多大な影響を与える。
※13 1913年、アメリカ生まれ。・映画俳優。1946年、映画俳優デビュー。アクション映画から、ヴィスコンティ監督作品をはじめとする芸術性の高い映画にも数多く出演した。1994年没。
※14 時代の趨勢と自身の老いを自覚したサリーナ公爵が『山猫』の最終シーンでつぶやいた台詞。
※15 ヴィスコンティによる1960年の作品。ミラノの貧しい一家を支える、兄弟の愛と挫折と栄光を描く。アラン・ドロン主演。
※16 1938年、チュニジア生まれ。美人コンテストで優勝したことで映画界入り。ヴィスコンティの作品は『山猫』のほか、『熊座の淡き星影』、『家族の肖像』にも出演。
※17 伝統を守るサリーナ公爵に向かい、イタリア統一運動を推進する軍に合流するために、サリーナ公爵の甥のタンクレディが放った台詞。
※18 滅びゆく貴族社会を憂い、サリーナ公爵がつぶやいた台詞。

『山猫 4K修復版』

イタリアの至宝ルキノ・ヴィスコンティの不朽の名作『山猫 4K修復版』を、初めて35mmプリントとデジタルで同時上映することが決定。プリントとデジタルの同時上映は初の試みとなり、日本では最後の劇場公開となる。ヴィスコンティの命日である3月17日(日)より、東京都写真美術館を皮切りに全国順次公開。

監督:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレほか
配給:クレストインターナショナル
公式サイト:www.crest-inter.co.jp
公式Facebook:www.facebook.com/IlGattopardo0317

尾崎浩司さん
『バー・ラジオ』マスター・華道小原流教授
1944年生まれ。1972年『バー・ラジオ』、1986年『セカンド・ラジオ』、1998年『サード・ラジオ』をオープン。茶道の美意識を基に、独学でバーテンダーとしての現在のスタイルを作り上げる。現在は『サード・ラジオ』を改め『バー・ラジオ』の1店を営業中で、尾崎氏は月に10日ほど店に立っている。華道小原流教授。
井上大輔さん
バー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー
南青山3丁目にあるバー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー。尾崎氏を思慕するバーテンダーの一人。尾崎氏の美意識を追求する姿勢を敬愛し、自らもバーとはおいしい酒を嗜む文化・芸術の実験的空間と捉え、店名を『ARTS』とする。
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎
COOPERATION :
ARTS
TAGS: