今村楯夫さんと山口淳さんの共著『ヘミングウェイの流儀』(日本経済新聞出版社)によると、「アフリカへの熱狂的な憧れが欧米の富裕層の間に広まったのは、1930年代のこと」。そして、この層に向け「アメリカ版狩猟上着としてニューヨークの高級アウトドア&スポーツ用品店アバクロンビー&フィッチが考案」したサファリジャケットは「ウィリス&ガイガーが独自開発した高密度生地ブッシュ・ポプリンの登場」で、さらに進化を遂げたそうです。

日常的なエレガンスを体現した、新しい服サファリジャケットの衝撃

一枚のスカーフで大人のサファリルックをイヴ・サンローラン自らが体現!

’69年、自らが提唱した「サファリルック」の体現者として、ロンドンのショップの前に立つサンローラン氏。サファリのイメージを覆くつがえしたこの着こなしが当時の伊達男たちに与えた影響は、絶大だった!写真:Topfoto/アフロ
’69年、自らが提唱した「サファリルック」の体現者として、ロンドンのショップの前に立つサンローラン氏。サファリのイメージを覆くつがえしたこの着こなしが当時の伊達男たちに与えた影響は、絶大だった!写真:Topfoto/アフロ

富裕層のために考案されたサファリジャケットを、ファッションの表舞台にはじめて登場させたのはイヴ・サンローラン。それは1968年春夏オートクチュールのウイメンズ・コレクションでした。イヴは、ヴァカンスで訪れた北アフリカのモロッコでサファリジャケットを発見、それをショウのためにデザインしたと、アリス・ローソーンは自著『イヴ・サンローラン喝采と孤独の間で』(深井晃子監訳、日之出出版)に紹介しています。また同書には、「北アフリカはヨーロッパの知的階級層にとってロマンティックな響きを」もち「一九世紀のボヘミアンたちの安息の地であり、ギュスターヴ・フロベールやウジェーヌ・ドラクロアからアンドレ・ジッドやアンリ・マチスまで、作家や画家たちの発想の源となってきた」とあります。芸術家がそうであったように、イヴの創作にもまた北アフリカの影響があらわれます。その象徴がサファリジャケットです。

1960年代末から70年末にかけてのイヴは、もっとも才能を開花させ、そしてもっとも時代とたたかっていました。コレクションを五月革命で機動隊とぶつかったフランスの学生たちへ捧げたり、プレタポルテのブティック、リヴ・ゴーシュをつぎつぎとオープンさせたりと、じぶんとおなじ若い世代を支持し、かれらへ向けてアシッド、ボヘミアン、ヒッピーといったキイワードのファッションを発表します。それらは、それまでのオールドマネーの顧客や保守的な一部のジャーナリストを失望させるくらいに過激なものでした。急進派として、あたらしいエレガンスを探求するイヴにとってサファリジャケットは、その象徴的なアイテムだったはずです。

はじめてのメンズ・プレタポルテの店は1969年にオープン。じぶんのゴージャスなヒッピースタイルをもとにメンズコレクションをつくりました。とうぜん「ギャバジンのサファリスーツ」もラインナップ。このときイヴが提示したのは、フォーマルとインフォーマルのはざまを自由に行き交い、日常的なエレガンスを表現するあたらしい男性服のスタイルです。それは、それまでの男性服の概念を、もっといえば社会通念を覆すくらいの衝撃でした。時代と格闘していたイヴをおもえば、いや、だからこそサファリジャケットはエレガントに着こなすのがただしいんです。

イヴ・サンローラン
「モードの帝王」と呼ばれた、フランス史上最大のデザイナー。1936~2008年アルジェリア生まれ。21歳でクリスチャン・ディオールの後継者に抜擢された天才デザイナー。’61年には‘イヴ・サンローラン’を立ち上げ、「サファリルック」「パンツスーツ」など、時代のアイコンとなるスタイルを発表。’60年代以降レディスファッションに一大変革をもたらした、まさにファッションの革命家だ。
※2011年春号取材時の情報です。
この記事の執筆者
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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