ニューヨーク演劇関連情報サイト「プレイビル」に、今年の春先、秒単位のカウントダウン動画を入れ込んだ広告が現れた。ロンドンで当たっているティナ・ターナーの伝記的ミュージカル『ティナ』(Tina: The Tina Turner Musical)のブロードウェイ版チケット売り出しの告知で、発売開始日の6月7日まで連日登場するという、かなり派手な宣伝になっていた。気になって仕方がなく、ブロードウェイにやって来る前にロンドンまで観にきた。すっかりノセられた形だ。

 ウェスト・エンドでの公演はオルドウィッチ劇場で昨年3月にプレヴュー開始、4月に正式オープンしている。今年のオリヴィエ賞では、ミュージカル作品賞は逃したものの、主演男優賞を獲得。開演後1年を過ぎた今でもディスカウント・チケットは出ていないようで、人気は高い。今ではビヨンセのアイドルとしても知られるソウル・クイーンの1人、ティナ・ターナー。幕が上がる前から隣のカップルは鼻歌まじりでノリノリだ。

正攻法の語り口が吉と出るか凶と出るか

ティナ・ターナー 写真:Getty Images

 が、なかなかノリノリにならないのが『ティナ』の舞台だ。

 メインの脚本家カトリ・ホールがストレート・プレイ畑の人だからかもしれないが、ショウ場面よりもドラマに重きが置かれている感じ。かなりシリアスだ。

 強権的な父親の元を母親が妹だけを連れて去る、という少女時代から始まって、アイク・ターナーと出会い好きな歌の道に入るも父親の二重写しのように強権的なアイクの下で続く屈辱的な日々、アイクから逃れても付いて回る金銭的な問題、過去の自分のイメージからの脱け出すことの困難……と、苦闘に次ぐ苦闘が重苦しいほどに描かれる。

 そうした内容は、女性アーティストを描いた先行作の『サマー』(ドナ・サマー)や『ザ・シェール・ショウ』(シェール)も同様だったが、それらの作品には語り口に工夫があり、苦いドラマと音楽的高揚とのバランスがうまくとれていた。

 ここで、『ティナ』の語り口を、伝記的ミュージカルの先行作と比較しながら説明すると……。

 前述のように、『サマー』や『ザ・シェール・ショウ』のように世代の違う3人の主人公が登場して、時代を俯瞰しながら話が進む作りではない。あるいは、ザ・フォー・シーズンズの『ジャージー・ボーイズ』やザ・テンプテーションズの『エイント・トゥー・プラウド』のように、主人公が観客に語りかける作りでもない。

 狂言回し不在のまま、起こった出来事を時系列で見せていくという、いわば正攻法。そういう意味ではエミリオ&グロリア・エステファンの『オン・ユア・フィート!』の作りに最も近いかもしれない。導入部で少女時代の主人公が登場して歌の才能の萌芽を見せた後に、成長した主人公が登場するのも『オン・ユア・フィート!』と似ている。

 ちなみに、キャロル・キングの『ビューティフル』は、1971年の時点からキャロル自身が人生を振り返るという設定。実は『ティナ』も、再起を期したライヴに向かう直前のティナが導入部で描かれるのだが、『ビューティフル』のような観客への語りかけがないので、効果が上がってない。

 先行作との類似を嫌っての、そういう正攻法の語り口かもしれない。が、それがブロードウェイの観客に通用するかどうか。ここが最大の問題だろう。結局、『オン・ユア・フィート!』は2年もたなかったし。

 ちなみに、2000年代になってから増えた伝記的ミュージカルの内、ブロードウェイで成功したと言えるのは、2005年から11年以上続いた後オフに移って続演中の『ジャージー・ボーイズ』と、2013年にプレヴューを開始して今も続く『ビューティフル』の2作だけ。『エイント・トゥー・プラウド』が、どうやらそれに続く気配だが、ほとんどの作品が脆くも消えていった。2018/2019シーズンに登場した『ザ・シェール・ショウ』も、トニー賞で主演女優賞を獲ったにもかかわらず、この夏で終わることを発表したばかりだ。

役者の力とブロードウェイに向けてのテコ入れに期待!

 とはいえ、世代を超えて知られるヒット曲も多いティナ・ターナー。迫力のある演奏シーンで乗り切っていくかもしれない。

 ティナを演じるのは、ハーレムのアポロ劇場からスタートした『ドリームガールズ』の2009年版リヴァイヴァルで頭角を現したエイドリアン・ウォーレン。2012年の『ブリング・イット・オン!』、2016年の『シャッフル・アロング』に次いでのブロードウェイへの登場だ。すでに『ティナ』ブロードウェイ版に向けて準備中のようで、残念ながらウェスト・エンドの舞台からは降りていたが、彼女ならと思わせる魅力のある人。期待がかかる。

 アイク・ターナー役はまだ発表されていないが、オリヴィエ賞を獲ったウェスト・エンド版のオリジナル・キャスト、コブナ・ホールドブルック=スミスがやって来るのか、それともアメリカの人気と実力を併せ持つ誰かを連れてくるのか、ここも楽しみ。

 いずれにしても、ブロードウェイ入りにあたっては、それなりのテコ入れを図るはず。それは、この作品に限ったことではなく、ロンドンとニューヨークの客の違いをプロデューサーは嫌と言うほどわかっているはずだから。

 演出は『マンマ・ミーア!』のフィリダ・ロイド。ティナ・ターナー本人もミュージック・プロデューサーとしてスタッフに名前を連ねている。

 アップグレードされた『ティナ』に出会える秋を楽しみに待ちたい。

上演日時および劇場は、Playbill(http://www.playbill.com/production/tina-the-tina-turner-musical-2019-2020)でご覧ください。
『ティナ』の公式サイトはこちら(https://tinaonbroadway.com/

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この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」