「ザ・マナーハウス」があるカッスルクームはロンドンから西へ約100マイル、車で2時間ほどドライブすると到着する中世の小さな集落だ。このあたりはコッツウォルズと呼ばれる丘陵地帯でかつては羊毛業で栄えた街が多く点在する。

チッピング・カムデン、バイブリー、ボートン・オン・ザ・ウオーターといった街は地元産のライムストーンで作られており、美しい街並みは500年ほど前に完成したものだ。レイコックの修道院は映画「ハリー・ポッター」にも登場するのでその名前を耳にしたことも多いかと思う。

最も美しい「ザ・マナーハウス」

「ザ・マナーハウス」のインテリアは17世紀ジャコビアン様式で統一されている。
「ザ・マナーハウス」のインテリアは17世紀ジャコビアン様式で統一されている。

さて、コッツウォルズ地方でも最も西に位置するカッスルクームは、車で走れば3分で通り抜けてしまうほどの小さな集落だが、町には電柱も一本もなく、中世そのものの姿をとどめている貴重な空間だ。

この町にあるのはパブ兼レストランが数件と教会、そして郵便局といったぐらいなのだが、多くの旅人が訪れるのはイギリスのマナーハウスの中でも最も美しいといわれる「ザ・マナーハウス」があるからだ。

メインバー「ザ・フルグラス・バー」夕暮れ時にはビールやジントニック、食後にはウイスキー片手にくつろぐ紳士達の社交場。
メインバー「ザ・フルグラス・バー」夕暮れ時にはビールやジントニック、食後にはウイスキー片手にくつろぐ紳士達の社交場。

ゆるやかな坂道を車でおりてゆくとやがて右手に重厚な門が見えてくる。これが「ザ・マナーハウス・アンド・ゴルフ・クラブ」の正門なのだが、門をくぐってから母屋に着くまでがまた長い。

途中池や林を抜けてようやくその姿が見えてくるのだが敷地内に入ってから5分ほどは走っただろうか。車をおりて見上げてみると蔦がからまるそのファサードからはかつての荘園領主の権勢が伺える、なんとも威厳に満ちた佇まいだった。

「ザ・マナーハウス」が作られたのは14世紀半ばのことだ。それ以前のイギリスでは荘園を守る要塞的マナーハウスが多くつられていたが、羊毛業で栄えたコッツウォルズは平和を繁栄し、より快適性を求めるマナーハウスが作られるようになった。

その代表例がこの「ザ・マナーハウス」なのだ。中世の頃はカッスルクームの領主である男爵家が所有していたが当時の建物は1664年の火事で消失。

現在目にするのはオーク材を多用したジャコビアン様式で、ロビーなどにはその重厚な雰囲気が残っている。第二次世界大戦後男爵家がこの館を売却すると、まもなく歴史的建造物はホテルとして生まれ変わったのだ。

「ミューズ・コテージ」のスタンダード・ルーム。カッスルクームの一般住宅と同じ石造りでタイムスリップしたかのような気分が味わえる。
「ミューズ・コテージ」のスタンダード・ルーム。カッスルクームの一般住宅と同じ石造りでタイムスリップしたかのような気分が味わえる。

さて、この「ザ・マナーハウス・アンド・ゴルフ・クラブ」は東京ドーム32個分という広大な敷地内に18ホールのゴルフコースを所有し、週末にはロンドンからゴルフを楽しみにくる紳士が集まる。

メイン・ダイニング「バイブルック」は現在ミシュラン1つ星で洗練された料理を提供。また、午後にはアフタヌーティも楽しめるので正統的イギリスの味に触れたい人にはこちらもいいかもしれない。

ホテルは現在全48室あるが、今回泊まったのは母屋ではなく「ミューズ・コテージ」と呼ばれる離れにある一室。その外観は石造りでカッスルクームの街並みに溶け込み、デパンダンスとはいえ重厚なクイーンサイズのベッドや上質なリネンは長旅の疲れを癒してくれそうだった。

この夜はメインバー「ザ・フルグラス・バー」でジントニックを一杯飲んでチーズをつまんだあとすぐに寝てしまったが、この旅のハイライトは翌朝ルームサービスで食べるイングリッシュ・ブレックファーストだった。

17世紀のマナーハウスで味わう英国式朝食

昨夜の雨が残る庭園を見ながらのイングリッシュ・ブレックファースト。量より質、というスタイルでシンプルながらも忘れられない味。
昨夜の雨が残る庭園を見ながらのイングリッシュ・ブレックファースト。量より質、というスタイルでシンプルながらも忘れられない味。

朝8時、ノックされたドアを開けると燕尾服に身を包んだバトラーが、サービスワゴンを押しながらにこやかな朝の挨拶をしてくれた。イギリスのマナーハウスではこうしたサービスも見どころのひとつだ。

窓辺のテーブルに料理やテーポットをひとつずつ丁寧にセッティングしてくれると「よいご朝食」と再度笑顔で部屋を出て行った。

朝食のリクエストは前日すでにしておいた通りだ。目玉焼きが2つにベーコン、ブラックプディング、焼きトマト。ポットにたっぷりのイングリッシュ・ブレックファースト・ティーと香ばしい焼きたてのクロワッサン。そして上質なバター。

イギリスで美味しい食事を食べたければ朝食を3回食べるといい、とはよく言われてきたジョークだが、庭に咲くバラを見ながら食べる「ザ・マナーハウス」の朝食は、それはそれは素晴らしかった。

アフタヌーンティももちろんいいけれど、この朝食のためにもう一度泊まりたい、そう思わせる忘れられない旅の味だ。

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この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。