バチカン市国名物のあの衛兵たちは、実は約100名超の全員がスイス人である。この話をすると、結構なミリタリー・マニアでも驚いてくれるので楽しい。かつてのスイス傭兵の勇敢さは欧州の常識であり、現代でも法王を守るのはスイス衛兵以外にありえない。そんなミリタリーを知り尽くしたスイスにある時計ブランドの中で、各国軍に認められたブランパンのミリタリー・ウォッチ歴はひときわ光る。そのブランパンの“空のミリタリー・ウォッチ”「エアコマンド」が、1950年代のルーツに遡って再定義された。発表されたのは5月のスイス、“Time to Move”だ。その場には、時計師の白衣を着た社長兼CEOマーク A.ハイエックが現れて、小生らに嬉々として新作を説明してくれた。

現代のプロフェッショナルにも愛されるミリタリー由来のデザイン

右が1950年代製造のオリジナル。ミリタリー・アヴィエーションの普遍的な魅力を見せるデザインテイストの封印を解き、最新のマテリアルと技術、性能で磨き上げたのが新作の「エアコマンド」だ。
右が1950年代製造のオリジナル。ミリタリー・アヴィエーションの普遍的な魅力を見せるデザインテイストの封印を解き、最新のマテリアルと技術、性能で磨き上げたのが新作の「エアコマンド」だ。

 1950年代、ブランパンはフランス海軍向けに開発したダイバーズウォッチ「フィフティ ファゾムズ」を、アメリカ海軍にも供給しはじめた。続いてプロトタイプが製作されたのが、エアフォース向けのクロノグラフである。これが、新作「エアコマンド」の直接のルーツだ。

1950年代のルーツに遡り再定義されたブランパンの新作「エアコマンド」

黒フェイスに黒ベゼルと、「フィフティ ファゾムズ」にも通じるミリタリー由来のデザインコードを採る、フライバック クロノグラフ。ベゼルの逆ならび数字が空軍向けの出自を語る。●自動巻き ●ステンレススティール ●ケース径42.5mm ●パワーリザーブ50時間 ●カーフ革ストラップ ●防水30m  ¥1,940,000 ※税抜価格、世界限定500本
黒フェイスに黒ベゼルと、「フィフティ ファゾムズ」にも通じるミリタリー由来のデザインコードを採る、フライバック クロノグラフ。ベゼルの逆ならび数字が空軍向けの出自を語る。●自動巻き ●ステンレススティール ●ケース径42.5mm ●パワーリザーブ50時間 ●カーフ革ストラップ ●防水30m  ¥1,940,000 ※税抜価格、世界限定500本

 ベゼルの数字が降順に並んでいるのは、燃料に依存する残りフライト時間のカウントダウンのためだ。ブラックのフェイス、細身の回転ベゼル、オレンジがかった色調の夜光が施された時分針とアラビア数字インデックス。スタイルにはオールディーズな香りが立ちのぼる。

オリジナルを忠実に再現したピストン型のプッシュピース

ヒストリックな雰囲気を醸し出すピストン型のプッシュピースは、オリジナルを忠実に継承したもの。細身のベゼルとあいまって、本物のヴィンテージルックを完成させるディテール。
ヒストリックな雰囲気を醸し出すピストン型のプッシュピースは、オリジナルを忠実に継承したもの。細身のベゼルとあいまって、本物のヴィンテージルックを完成させるディテール。

プロペラをモチーフにしたケースバックがたまらなく憎い!

搭載されたムーブメント「キャリバーF388B」は毎秒10振動の高性能ハイビート機。針飛びの少ない垂直クラッチと、高級クロノグラフの証であるコラムホイールを装備したフライバック クロノグラフに、プロペラモチーフのレッドゴールド製ローターは楽しい趣向。
搭載されたムーブメント「キャリバーF388B」は毎秒10振動の高性能ハイビート機。針飛びの少ない垂直クラッチと、高級クロノグラフの証であるコラムホイールを装備したフライバック クロノグラフに、プロペラモチーフのレッドゴールド製ローターは楽しい趣向。

 一方で、60年分の進化を忍ばせているのが心憎い。毎秒10振動のハイビートを刻む、フライバック クロノグラフの最上級ムーブメントを搭載し、ボックス型クリスタルのサファイヤケースバックから覗かせるその高速ムーブメントには、プロペラ型をモチーフとするローターを装備。出来すぎたシリアスさを、小粋なウィットが和らげる。

 周囲を強国に囲まれた小国は、永世中立の“武装中立国”として独立を守ってきた。かつてスイス政府が全家庭に配布した有事マニュアルの邦訳「民間防衛」を、久しぶりに書棚から探しだしたのだが、小生がいま読んでもきりきりと身がひきしまる。ブランパン「エアコマンド」は、そんな国で本気でつくられた、ミリタリー・アビエーション・クロノグラフである。カーフ革ストラップがこの上なく似合うのは、スタイルの全てに嘘も外連(けれん)もないからだ。本物にだけ備わるオーラのようなものが、こうした腕時計にだけは宿るのである。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。