ダンディ車寅次郎の鞄の中に入っていたモノ|「風のように、フーテンの寅」

旅に持ち出せる荷物なんてたかがしれている。だれもが等しく茶色いくたびれたスーツケースがひとつ。あとは生身の体とインテリジェンス……。

『男はつらいよ』フーテンの寅次郎は1969年から’95年まで26年にわたって旅を続け、出会いと別れを48回繰り返した。ダンディの定義が「身なりや巧みな言葉使いを重視しながらも無頓着を装いながら伊達に徹するストイックな態度、精神」なのならば、文字どおり寅さんほどのダンディで伊達男な旅人はまずほかでは見つからないであろう。

一見自己主張が強そうな寅さん。しかしマドンナに対してはいつも聞き役に徹している。緊張をほぐし、笑いを挟みながら、ゆっくりとゆっくりとマドンナたちの心の奥底へと入り込み彼女らの悩みの解決に全力を尽くす。その無垢な努力はいつしか恋と名を変え、成就の頂に向かって突き進む。

ココまでは極めてダンディな寅さん。しかしゴール直前でその歩みは止まる。フーテンである自分ではマドンナを本当に幸せにはできない、相手の幸せを願うなら自分は去らねばならないという、ダンディを自覚する男が決して持ち出してはいけない感情、「コンプレックス」がとうとう最後に顔を出してしまう。すべてはくずれ去り、そしてまた寅次郎は旅に出る。これが高度経済成長期からバブルまで、日本のお正月の永遠のルーティーンであった。

最初にも述べたが、旅人の特徴はやはり携帯できるものが限られているということ。身なりで伊達を気どりたくても物理的に限界があるのだ。となれば、寅さんに倣うところによる、残された自己表現ツールは「言葉」と「立ち居振る舞い」しかない。旅人はこのふたつを心に携え、さすらい続けるのだ。

確かに歴代伝説の旅する伊達男たちは、最高の笑顔と心に沁み入る言葉を数多く残している。しかしわれらが寅次郎はもうひとつ、伊達男必須のアイテムを持っている。

ソレに関してさくらは第11作『寅次郎 忘れな草』で言及している。「お兄ちゃんはね、テレビもステレオも家も何にも持っていないけど、一番大切な物を持っているのよ。それはね、〇〇よ!!」

寅次郎、旅の唯一の荷物、あの茶革の鞄の中には、きっとその○○がぎっしり詰まっているに違いない……。あの聡明なさくらがそう言うんだから間違いない……。(文・ファッションデザイナー小林 学)

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2018年夏号より
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