サウジアラビアといえば、イスラム諸国の中でも、最も厳格な規律が、根づいている国だ。車の運転や、男性が出席するコンサート、サッカー観戦も、やっと2018年から認められている。

女性の権利という点においては、先進諸国とは大きな時差のある国である。外出時には、身体のラインを隠す「アバヤ」を身につけ、一夫多妻制もまだ生きている。

際立ったセンスを武器に時代を牽引!プリンセス ディーナ・アルハニ・アブドゥルアズィーズとは?

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プリンセス、ディーナ・アルハニ・アブドゥルアズィーズ

自己表現にも神経を払うその国で、世界有数のファッショニスタが意気軒昂と存在するというのも、多様化が進む現代ならではの在り方だろう。

プリンセス ディーナ・アルハニ・アブドゥルアズィーズが、その人だ(以下ディーナ妃)。2016年の「世界のファッション界のリーダー500人(business of fashion)」にも選ばれている。

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世界を股にかけて活躍するディーナ妃

アラビア版『VOGUE』の初代編集長にして、自らも首都リアドとドバイにブティックを3件経営するビジネスウーマンであり、自らバイイングにも出向く活発さだ。ショートカットでトップファッションを颯爽と身にまとい、コレクション会場のフロントローの常連でもある。

美人ニューヨーカーがプリンスに見初められた、そのきっかけから結婚まで

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誰もが羨む才色兼備なディーナ妃

ディーナ妃は、サウジアラビア人だが、一般の出身でカリフォルニアに生まれ、8歳までそこで暮らし、その後ニューヨークのアッパーウエストサイドに住んでいた。愛読書のひとつはアメリカ版『VOGUE』で、ニューヨーカーと呼んで良いほど、自由な気風の中で育っている。父親は著名な経済学者で、カリフォルアで教鞭をとっていた。

プリンセスになったのは、王族のスルタン・ビン・ファハド・ビン・ナッセル・ビン・アブトゥルアズィーズに見初められ、王家に嫁いできたからである。

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自由な精神の持ち主であるディーナ妃の、個性際立つファッションスタイルにも注目が集まる

王子がディーナを見初めたのは、ロンドンの「ハロッズ」デパート。家族と誕生ケーキを買いに行ったディーナを、寿司を食べに行っていた王子が一目惚れ。父親は「独立心の強い娘に育てた」と玉の輿に反対したというが(普通は王族側が一般人との結婚には難色を示すというのに、ディーナの場合は逆。先進的な父親が男性に従属する制度が残っているサウジアラビアの王室入りに賛成せず)、王子の熱心さに屈して、結婚を認めたという。

ディーナ23歳、王子26歳で結婚。リヤドにある宮殿で新婚生活をスタートし、ふたりの間には、現在17歳の長女と15歳の双子の男子がいる。

プリンセスであり母。そしてキャリアウーマンへと飛躍

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自らの意思を貫く、真剣な眼差しが美しいディーナ妃

子供の頃からファッションが大好きだったディーナは、子育てが一段落した時にファッションの仕事をしたいと考え、なんとリアドにある百貨店にインターンとして働きたいと申し出たのだ。もちろん丁重に断られる。

その話を父親にしたところ、自立した職業を望むディーナ妃に賛成し、それなら「自分でオーナーになれば」と開店資金を出資。2006年にディーナ妃の経営による会員制ブティック「D’NA」がリヤドに誕生した。

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「カルバン クライン」のコレクション会場にて
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「エンポリオ アルマーニ」のコレクション会場にて

ディーナ妃のブティックは、そのユニークな品ぞろえでたちまち上流社会の女性たちの心を掴んだ。

ありきたりのハイブランドではなく、「マルニ」や「アクネ」「ハイダー・アッカーマン」「ジェイソン・ウー」など、これまでサウジアラビアの女性たちが知らなかった個性豊かなブランドをそろえ、ディーナ妃のセンスの良さと、見識眼の高さが発揮された。

実は美意識が高いサウジアラビア人女性たち

ところで、因習的なアバヤに身を包んでいるサウジアラビアの女性たちだが、実にお洒落に関心が高いというのはご存知だろうか?

オートクチュールの顧客はアラブ人顧客がなんと約75%を占め、湾岸戦争のおり、アラブ人顧客が服を買いに行けなくなって、何件ものメゾンが倒産しかけたという。中国人やロシア人の上顧客が昨今話題になるが、遥かその前から、アラブの女性たちがパリのクチュールを支えていたのだ。

ディーナ妃も、日常では隠せざるを得ない、サウジアラビア女性の秘めたお洒落心に目をつけた。ブティック「D’NA」が開催する社交パーティーは、戒律で女性しか参加できないのを逆手にとった、興奮に満ちたフェスティバルであった。

黒いアバヤをまとった上顧客たちが会場に集まったところで、ドアが閉じられる。すると女性たちは、一斉にアバヤを脱ぎ捨てる。現れるのは、最新のオートクチュールで身を包んだ最高級のファッションの女性たち。まるで映画のワンシーンのようなゴージャスな光景が繰り広げられ、女性たちは自由に自分の個性を語りあい、披露しあい、外では包み隠していたものを発散し合っているそうだ。

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色鮮やかなスタイルも自分らしく着こなす

ディーナ妃が編集長に起用されたのは、プリンセスとしての名誉職ではなく、ディーナ妃がアラブの女性たちが欲しているものと、保守的な社会とのバランス取りを見極められるのではないか、という判断が働いたからと言われている。

そしてディーナ妃自身も、アラビア版『VOGUE』を通して、「西洋と中東をつなぐ架け橋」として、男性の従属物として見られがちなサウジの女性イメージを、世界に向かって変えてゆくことに、意欲を燃やした。

突然の辞任。その後は…?

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

I think the beautiful thing about there being international Vogue's is that, as a fashion community, we are able to celebrate, and share with the world, different cultures. Being half-Palestinian, it means the world to me to be on the first-ever cover(s) of @voguearabia, and I hope that this magazine will show another layer of the fashion industry's desire to continue to accept, celebrate, and incorporate all people & customs and make everyone feel like they have fashion images and moments they can relate to... & learn and grow in doing so. ❤ Thank you @deenathe1st for your vision and for having me on this cover... by the incredible @inezandvinoodh - so much love.

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2017年3月、満を辞してイスラム圏に進出したアラビア版『VOGUE』は、しかし、発表された創刊号でつまずくことになる。表紙はファッションモデルのジジ・ハディッド。ジュエリーを縫い取った絢爛豪華なヒジャブをまとった顔のアップの表紙を載せたインスタグラムが炎上(上写真)。

「イスラム教の信者でもないのに、ヒジャブをかぶる」「ファッション表現にヒジャブを使う」のはおかしいとの反発の意見が、特に西欧諸国から大半を占め、宗教と文化、衣服が一体となったイスラム圏でのファッション表現の難しさが、改めて浮き彫りになった。結果、ディーナ妃は2号を手がけただけで退任。

プリンセスになって、初めてキャリアを構築し始めたディーナ妃にとって、意気込んでスタートした編集職はまさに適任であっただけに、残念な結末であった。

だが、生まれ持ったポジティブな精神は、この挫折によって、叩かれて鋭さを増す刀鍛冶のように磨き上げられてゆくだろう。

未来を見据え、知性とエネルギーに満ちた生き方は、次は一体何をやってくれるのかと、楽しみにさえなってくる。中東きってのファッションアイコンは、次回のコレクション会場でも、多くのパパラッチに囲まれ、洗練された着こなしを眩いばかりに見せてくれるに違いない。

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この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
藤岡篤子
EDIT :
石原あや乃