虚無的で明るい悲哀がにじむ、その落差に驚かされる詩集『キラキラヒカル』

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『キラキラヒカル―入沢康夫自選ライトヴァース集』著=入沢康夫 書肆山田 ¥2,500(税抜)

昨年86歳でこの世を去った詩人・入沢康夫。ある人は恐ろしい詩人だといい、またある人は、寂しい人だという。優しい人だったという人もいるし、神秘的で謎だらけで、ついにわからない人だったという人も。

もちろん、そのように言うだれもが、この詩人の、ふるえ慄くような詩篇を愛読してきた。不在の穴はたとえようもなく巨きい。

だが、死後に刊行されたこの詩集には、「自選ライトヴァース集」という軽やかな副題がついている。

改めてライトヴァースとは何か。重厚な文学作品というよりは、気楽に読める軽妙な作品と、ひとまずは定義してみようか。確かに、たわいもないことを、文字通り軽く歌うという場合もあるだろう。

だが、軽いのはあくまで詩の語り口や形式で、ときには生死にまつわる重いテーマを、軽やかに歌うという場合もある。

本書の詩は、重いものを軽くという後者に思える。軽と重の、思いがけない落差に、虚無的で明るい悲哀がにじむ。

冒頭に置かれた失題詩篇は、鮮烈なデビュー作にして代表作だ。
「心中しようと 二人で来れば/ジャジャンカ ワイワイ」
とにぎやかに始まる。心中という悲劇の決心を、まるで他人事のようにリズミカルに盛り上げる。戯れ歌のようでいて、その中心には、聞き捨てならない切実な声がある。

さてどこまでが虚構なのか。おどけた調子の裏側に、私たちが聞くのは、背筋がひやっとする真実の声。

悲劇や悲しみを振り切る演技力=虚の力を利用して、詩人はときに子供のように、ときに道化のように、明るい虚無の歌を歌う。

「淋しい歌を一つ聞いて下さい」
というリフレインをもつ「聞いて下さい」も、妙に心に沁み入る歌だ。

ある一編に登場する、「黒いこびと」を探してみてほしい。私にはその「こびと」が、次第に作者に思えてくる。

『キラキラヒカル―入沢康夫自選ライトヴァース集』
著=入沢康夫 書肆山田 ¥2,500(税抜)
1931年生まれで松江市出身の詩人、入沢康夫。東京大学でフランス文学を学び、詩作のかたわら論文や翻訳も手がけ、宮沢賢治研究の第一人者としても知られる。当初、詩画集として計画されたという本詩集は、2013年に自選した傑作ライトヴァース集。まるで文学のような、重量感ある読み応えが感じられる。2018年10月に死去。

※本記事は2019年9月7日時点での情報です。

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この記事の執筆者
TEXT :
小池昌代さん 詩人・作家
BY :
『Precious10月号』小学館、2019年
1959年東京生まれ。第一詩集『水の町から歩きだして』以降、詩と散文を書き続ける。主な詩集に『もっとも官能的な部屋』『夜明け十分前』『コルカタ』、主な小説に『弦と響』『厩橋』『黒蜜』『たまもの』、エッセイ集に『詩についての小さなスケッチ』等がある。また、アンソロジーの編著『通勤電車でよむ詩集』『おめでとう』『恋愛詩集』や、『百人一首』現代詩訳の試みと解説をした、池澤夏樹個人編集『日本文学全集02』など。 好きなもの:流木、焼きナス、レモンイエロー、仏像、ピアノ、商店街、アルゼンチン・タンゴ、畳、真珠、尾崎 豊の声、スープ、後ろ姿、天使の髪の毛、夕焼け、「Shall we ダンス?」、鳥の声、いちご、 花よりも木、青みをおびたすべてのもの、ギター、水玉、窓、たまねぎ。
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