ブロードウェイの劇場には昔から、ミュージカルやプレイのような演劇だけでなく、様々な種類のパフォーマンスがかかってきた。そもそも、今のようなストーリーのあるミュージカルのスタイルが確立する以前には、ヴォードヴィルやバーレスクといったバラエティに富んだ芸が次々に披露される“ショー”がメインだった時代もある。フランク・シナトラやジュディ・ガーランドといった人気歌手が歴史に残るコンサートを開いたりもしてきた。

 その伝統は今も受け継がれていて、1シーズンに何本かはそうした“ショー”が期間限定で登場する。その新しい形のひとつが、昨年トニー賞特別賞を受賞したブルース・スプリングスティーンの『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』だったわけだが、この秋は、そんな舞台がほぼ同時に2本登場。1本が9月13日にプレヴューを開始した『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』(freestyle love supreme)、もう1本が10月4日にプレヴュー開始の『デイヴィッド・バーンのアメリカン・ユートピア』(David Byrne's American Utopia)だ。

『ハミルトン』人脈による自由自在ラップ・パフォーマンス

 『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』は、その名の通りのフリースタイル・ラップ・パフォーマンス。今年の1月から3月にかけてのオフ公演がソールドアウトになってのブロードウェイ進出だ。人気の理由は、メガ・ヒットとなったラップ・ミュージカル『ハミルトン』(Hamilton)の主要スタッフ2人、リン=マニュエル・ミランダ(作曲・作詞・編曲・脚本)とトーマス・カイル(演出)が関わっているからで、今回はミランダとカイルの構成・プロデュース、そして再びカイルが演出を担当している。ちなみに、原案・構成は、ミランダ同様ゲストでラップに参加することもあるアンソニー・ヴェネジアーレ。

『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』のプレイビルと観客がキーワードを書き込む紙片 筆者撮影
『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』のプレイビルと観客がキーワードを書き込む紙片 筆者撮影
『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』上演中のブース劇場 筆者撮影
『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』上演中のブース劇場 筆者撮影

 パフォーマンスのスタイルは、言ってみれば寄席の大喜利。出演者の呼びかけに応じて観客から出てくるキーワードを使って即興でラップをする。これが基本。それを深めていく、と言うか、複雑にしていくことで盛り上げていく。最初は単純なキーワードで始まり、会場の雰囲気が温まってくると客席にいる誰かの体験談を採り上げ、最終的には1人を舞台に上げて当日の行動をつぶさに聞いて、それを再構築してみせるという風にエスカレートする。

 そんな中、スリリングなのは、開演前に観客が紙片に書き込んでおいたキーワードに対応するパフォーマンス。キーワードが次々にバケツから取り出され、それに即座に反応して途切れることなくラップしていく。中盤の見せ場だ。

 音楽はキーボードが2人にヒューマンビートボックスが1人。彼らの臨機応変/当意即妙な対応も見どころのひとつ。基本、ラッパーは3人だが、前述のミランダ、ヴェネジアーレを含めて、『ハミルトン』人脈を中心にゲスト出演者が日替わりで控えている。誰が出てくるかはその日のお楽しみだ。

※1月5日までの期間限定公演。

パーカッション主体の繊細にして力強いライヴ

キャプション左
『アメリカン・ユートピア』のポスター 筆者撮影
キャプション右
『デイヴィッド・バーンのアメリカン・ユートピア』上演中のハドソン劇場 筆者撮影

 トーキング・ヘッズのフロント・マンとして知られるデイヴィッド・バーンは、2013年『ヒア・ライズ・ラヴ』(Here Lies Love)、2017年『ジャンヌ・ダルク~火中へ』(Joan Of Arc: Into The Fire)と、近年オフで意欲的なミュージカルを発表してきた。が、今回の『デイヴィッド・バーンのアメリカン・ユートピア』(David Byrne's American Utopia)は、そうした舞台ではなく、話題を呼んだ1983年暮れのトーキング・ヘッズのライヴ(翌1984年に映画化)『ストップ・メイキング・センス』(Stop Making Sense)のような、演劇的な演出・振付による音楽パフォーマンスだ。

 天井から垂れ下がる細いリボンの簾(すだれ)が舞台の左右後方を正方形に囲い込み、その簾をかき分けて出入りするメンバーは、バーンを含めて12人。その半数がパーカッショニストというのが音楽的な特徴で、終盤には、ほぼ全員がパーカッショニストと化す。その他の楽器はギター2、ベース1、キーボード1。そして楽器を持たないヴォーカリストが2。全ての楽器は抱えられ、演奏者の立ち位置は固定せず、動き回る(振付アニー=B・パーソン)。その流れ流されるような動きは、出自が様々なメンバーを「我々は移民だ」と紹介するバーンのアナウンスと呼応しているように見える。スーツを着ていながら全員が裸足なのも、その印象を強くする。

 『アメリカン・ユートピア』というのはバーンの最新アルバムのタイトルだが、ユートピアの文字が逆さまになっているのが象徴的なように、現状の様々な矛盾を描き出す。そして、それを解決していくのは柔軟な思想と人と人との結びつきだということを音楽的に主張している。そんな風に感じさせる繊細にして力強いライヴだ。

 期間限定公演だが、当初の予定より延長されて2月16日までとなった。

上演日時および劇場は、Playbillでご覧ください。『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』(http://www.playbill.com/production/freestyle-love-supremebooth-theatre)/『デイヴィッド・バーンのアメリカン・ユートピア』(http://www.playbill.com/production/david-byrnes-american-utopiahudson-theatre-2019-2020)。

『フリースタイル・ラヴ・スプリーム』の公式サイトはこちら(https://freestylelovesupreme.com/

『デイヴィッド・バーンのアメリカン・ユートピア』の公式サイトはこちら(https://americanutopiabroadway.com/

※「アルバム『アメリカン・ユートピア』より」 

この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」