ハイブリッドは今でこそ当たり前のように走っているが、トヨタの初代プリウスが登場したときは、その先進的なスタイリングに誰もが目を見張った。今ならEVだろうが、一方で従来のクルマとあえて違いを明確にしない戦略もある。メルセデス・ベンツはまさにその方向。この秋日本に登場した「EQC」は、一見すると普通のメルセデスSUVに見える。果たして、その中身は?

見た目も乗り味も違和感がない

前後長の長いルーフがスタイリッシュさを感じさせる。
前後長の長いルーフがスタイリッシュさを感じさせる。
車体色を黒にするとブラックパネルグリルが目立たず新奇性は薄れる(写真はAMGパッケージ装着車)。
車体色を黒にするとブラックパネルグリルが目立たず新奇性は薄れる(写真はAMGパッケージ装着車)。

新しい酒は新しい革袋に、ということわざがある。世の電気自動車(EV)を見ていると、たいていはスタイルも斬新だ。もちろん、衝突安全の基準があるので、大きくは変えられないものの、それでも一目見て“いままでと違う!”と思わせるデザインのクルマが多い。

メルセデス・ベンツが2018年秋にストックホルムでお披露目し、19年7月に日本でも発表したピュアEV「EQC」は、世の趨勢の逆張り。新しいクロスオーバーとしか見えないスタイルを採用している。新しい酒をたっぷり入れても破れない古い(言い過ぎ)革袋といってもいだろうか。

見慣れたスタイルとは、すぐれたパッケージを意味している。4,761ミリの全長に対して1,623ミリの全高を持ち、ホイールベースは2,873ミリ。容量80キロワット時のバッテリーを搭載しても、室内空間の余裕はたっぷりある。

東京の路上で「EQC 400 4MATIC」を走らせたときの印象も、驚いたことに、従来の内燃機関(ガソリンやディーゼルエンジン)車と大きく違っていない。電気モーターは最大トルクが急速に立ち上がる特性を持っているので、通常、EVの出足はかなり速い。それに対してEQCはどちらかというと、マイルドにトルクが立ち上がっていく。

もちろん、選択式のドライブモードでスポーツを選べば、よりパワフルな印象になる。そこはコンフォートモードで電力消費量を抑えて走るのか、きびきびとした走りを楽しむか、好みで決めていけばいい。全体としては、内燃機関しか知らないひとが乗っても、違和感はほとんどないはずだ。

メルセデス・ベンツ車に乗り慣れているひとならまったく戸惑わず操作できるコクピット。
メルセデス・ベンツ車に乗り慣れているひとならまったく戸惑わず操作できるコクピット。

きちんと“いいもの感”が味わえる

ローズゴールドを使ったエアアウトレットはEQC専用。
ローズゴールドを使ったエアアウトレットはEQC専用。
荷室は奥行きがあり容量も500リッターあるうえ、後席バックレストは2対1対2の可倒式なので使い勝手がよい。
荷室は奥行きがあり容量も500リッターあるうえ、後席バックレストは2対1対2の可倒式なので使い勝手がよい。

「EVに対して違和感を抱いてほしくない」。メルセデス・ベンツの開発陣は、当初から、このように考えてセッティングを行ってきたと聞く。ブラックパネルと呼ばれるメルセデスのEQシリーズ専用のフロントグリルも、ぎりぎりの斬新さなのだとか。保守的なユーザー向けにクロームの橫バーが設けられた仕様も用意される。デザイナーとしては、ほんとはやりたくなかったようだが。

従来のメルセデス・ベンツ車とかなり近いなと思わされるのは、操縦特性だ。コーナリング時における、車体がじわっというかんじでゆっくりロールしていくのがメルセデス・ベンツ車の専売特許だが、EQCでもその味を追究している。

重いエンジンがなくなるEVでは往々にして、ロールをほとんどさせないスポーティな旋回性能を追究するものだが、EQCのカーブでの姿勢変化は、慣れ親しんだメルセデス・ベンツ車のもの。さきに触れたとおりパワートレインの特性といい、知らないで乗ったら、ガソリンエンジン車と思いこんでも不思議ではない。

モーターは前と後ろに搭載される。通常は前輪駆動で、強く加速するときや、路面状況で4WDが必要なときに後輪にトルクが伝達される。最大トルクは765Nmもあるので、かなり力強いが、駆動力とブレーキの制御によって、コーナリング特性は安定している。バッテリー重量が652キロもあり、車重は2,495キロと重いのだが、大きなトルクのせいもあり重さを意識させないのだ。

インテリアもごくまっとうだ。内燃機関車とほとんど変わらないテーマでまとめられている。知っているひとはEQの象徴ともいえるローズゴールドのメタリックパーツが数個所に配されているのをみつけるだろう。それを除けば、一般的なメルセデス車を運転している感覚だ。

奇矯に流れすぎていないのは、スーツのようだと思った。サビルロウだと、リチャード・ジェイムズが思いついた。仕立てや生地やパターンにちょっとエッジの効いたスーツを手がけるテーラーで、それでも粋なスーツスタイルを提供するという目的を見失っていない。「EQC 400 4MATIC」の価格は1080万円(10パーセントの消費税を含む)と安くはないが、きちんと“いいもの感”が味わえる。EQCもいい出来なのだ。

ホイールベースはメルセデス・ベンツGLCと同一で同じ工場で生産されるがパーツの多くは専用部品だ。
ホイールベースはメルセデス・ベンツGLCと同一で同じ工場で生産されるがパーツの多くは専用部品だ。

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この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。