季節の移ろいの早さを実感する今日この頃。北海道はもう雪が舞う頃だ。そのすべてを見聞するにはあまりにも広い北の大地を、まだ暖かさが残る時期に自動車ライターの佐藤篤司氏が旅した。フィアット500Xと共に。今から同じ光景を味わうのは難しいが、来年の旅の計画のヒントになれば幸いだ。

たったひとつのきっかけがドライブプランをより豊かに

農業王国とも言われる十勝平野をフィアット500Xと共にドライブ。
農業王国とも言われる十勝平野をフィアット500Xと共にドライブ。

半年ほど前のこと、新千歳空港で羽田へ向かう便を待つ間、ANAのラウンジで時間を過ごすことにした。まるで雲間を抜けるような不思議な感覚に陥りそうなラウンジの入り口を抜けて進むと、今度は木目の美しい木材と和紙など日本的な材料をふんだんに使ったラウンジが出迎えてくれた。この一連の演出は北海道の豊かな自然と、そこで得るであろう旅情感を表現するには十分な力を持っていた。

これまでにあまり経験したことのない穏やかなそのラウンジの雰囲気が気になり、調べてみると、「隈研吾建築都市設計事務所」が手掛けていることが分かった。

コンセプトは“一期一会”。例え訪れる場所は同じでも、二度と同じ旅の形はない。だからこそ一度の出合い、一度の経験がその旅にとって重要な意味を持つ。ラウンジの、そこここには北海道を訪れた旅行者に、一度きりの忘れがたい印象を抱いて貰うためのしつらえが多く施されていた。

北海道にある木材などの自然素材を建築デザインに生かし、心地いい旅の余韻に浸れる空間デザインを創り出していたのだ。そして隈研吾氏は、このラウンジの他にも北海道の旅を印象的なものにするプロジェクトを残していることも分かった。

それは、のどかな十勝地方の南部にある大樹町(たいじゅちょう)で隈研吾氏が監修した、「MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)」と言うホテルだ。失礼ながら最初は、著名な建築家が関わったデザイナーズホテルのひとつだろう程度に考えていた。

ところが約5万6000坪もの広大なホテルの敷地には、隈研吾氏が手掛けた“実験住宅”が数棟建つのみ。「地球に泊まり、風土を味わう」というコンセプトとは、果たしてどんな経験を味わうことになるのか? まさに一度きりの強烈な経験がそこにはあるはずだし、なによりも大人の好奇心を刺激するには十分過ぎるほどのインパクトを持っていた。

旅の相棒はイタリアンSUVで

通称「ワイン城」。醸造所やビンテージワインの並ぶ地下熟成室は一見の価値あり。
通称「ワイン城」。ヨーロッパのお城風の建物が池田町を見下ろす丘の上に建つ。
2020年の2020年4月下旬にかけ改修工事に伴うワイン城の休館及び臨時営業中
2020年の2020年4月下旬にかけて、ワイン城の改修工事で見学などはお休み。隣接のワイン工場やC倉庫などその他の施設は通常どおり見学可能。※詳細は要問い合わせ。
ワイン工場やC倉庫などその他の施設は通常どおり見学可能。
醸造所の地下熟成室にはビンテージワインなど貴重なワインが並び、一見の価値あり。

ワイン城を背に帯広方面へと十勝川沿いのルートを西に向かった。途中のなだらかな丘陵地帯には葡萄畑が広がっていた。北海道の道と言えば直線が続く、単調な道のりばかりと思うかもしれないが、このルートは適度にカーブもあり、500Xのレスポンスのいい走りと、しなやかなサスペンションが生み出す、ゆったりとした乗り味のお陰で退屈とは無縁のドライブを楽しみながら、次のポイントを目指すことが出来た。

青春の甘き思い出に浸る

十勝川沿いの丘陵地帯に広がる葡萄畑。
十勝川沿いの丘陵地帯に広がる葡萄畑。

次なる目的地は廃線になった旧国鉄・広尾線の「愛国駅跡」。1973年にテレビ番組で同じ広尾線にある「幸福駅」が紹介されたのをきっかけに、縁起のいい「愛国駅」も注目された。そして「愛の国から幸福へ」の切符は一大ブームを巻き起こし、しばらく続いたのである。当然のようにそのブームを知る世代として何度となく北の地を目指したのだが、当時学生の身分では、愛国駅にも幸福駅にもたどり着くことは出来なかった。

旧国鉄・広尾線の「愛国駅跡」はいまも綺麗に管理され、「恋人たちの聖地」として訪れる人も多いという。
旧国鉄・広尾線の愛国駅跡はいまも綺麗に管理され、「恋人たちの聖地」として訪れる人も多いという。
数多く製造された名機、9600型の姿も拝める。住所:北海道帯広市愛国町基線39-40
数多く製造された名機、9600型の姿も拝める。住所:北海道帯広市愛国町基線39-40

そうこうしているうちに1987年2月、広尾線が廃線になるのだが、その後も観光地として管理され、旧国鉄当時のまま保存されているプラットホーム跡と9600型蒸気機関車などが現在でも綺麗な状態で残されている。

あの70年代のブームを知らない人たちにも、「2人で行きたい恋人の聖地No.1」とされ、プロポーズにふさわしい場所として選定されていると言う。初めて訪れた愛国駅跡の駐車場は、平日にもかかわらずクルマが常に数台止まっている状態だったことに少しばかり驚き、そして色褪せていないことにそこはかとない嬉しさを感じながら、ランチポイントへと向かった。

愛国から帯広広尾自動車道を一気に南下し、向かったのが更別IC。少し荒れた路面、うねりの連続する一般路の路面でも、500Xのしなやかな足はやわらかく衝撃を吸収していたのだが、高速道路に乗り入れると、新しい表情を見せた。

軽やかにレスポンスよく回転を上昇させ、巡航速度になると前後の揺れを絶妙に制御しながらフラットな状況を維持する。北海道のゆとりある交通環境の中でも、ひとクラス上の乗り心地をしっかりと感じながらクルージングを楽しんだ。

途中には旧幸福駅跡のあるICもあったが、今回は時間の都合で通り過ぎてしまった。次の旅の楽しみとして取っておこう。

十勝地方は小麦の生産量日本一を誇っている。それだけに地元の小麦を使ったパスタやピッツァを提供する店は多い。そんな中から筆者が目指したのは「ピッツェリアTuka」。

本場イタリアにも負けないピッツァに出会う

ログハウス風の「ピッツェリア Tuka」。
ログハウス風の「ピッツェリア Tuka」。

風味豊かな小麦はもちろんのこと、ログハウス風の店舗は「さらべつチーズ工房」の敷地内にあり、上質なチーズをふんだんに使った本格的な石窯で焼いたピッツァを楽しむことができる。

濃厚で深い味わいが特長という、さらべつチーズ工房の4種のチーズをたっぷりと楽しめるポイントとして人気スポットになっている。

案の定、店舗の前の駐車エリアは満車状態。何とかスペースを見つけて500Xのコンパクトなボディを滑り込ませ、店内に入った。

まさに人気店だけあり、ランチの時間帯を過ぎていてもほぼ満席だったが、これまた幸運にしてカンター席に案内された。とは言え、案内してくれたのは店主で厨房にも立つ塚本洋平さんだ。よく見るとお店のスタッフが塚本さん以外、見当たらない。

そう、たった一人で客を案内し、オーダーを受けてから、一枚ずつ丁寧に手作りし、石窯で焼き上げるのである。

本格的な石窯で店主の塚本さんが驚くほど手際よく焼き上げていく。
本格的な石窯で店主の塚本さんが驚くほど手際よく焼き上げていく。
マルゲリータ(1000円)。
マルゲリータ(1000円)。
チーズにこだわった「さらべつチーズ(右・1300円)」。「さらべつチーズ工房」で作られたモッツァレラ、ゴーダチーズ、本格的ブルーチーズ、そしてウォッシュタイプの4種のチーズをピッツァで楽しむとだけでなく、お土産としても買うことが出来る。
チーズにこだわった「さらべつチーズ(右・1300円)」。「さらべつチーズ工房」で作られたモッツァレラ、ゴーダチーズ、本格的ブルーチーズ、そしてウォッシュタイプの4種のチーズをピッツァで楽しむとだけでなく、お土産としても買うことが出来る。

そんな状況だから、料理が出てくるまでにはかなりの時間を要すると覚悟した。ところが次の瞬間、その手際の良さ、鮮やかなピザ作りの技に目が釘付けになった。あっと言う間に出来上がったピザを次々と石窯に入れ、絶妙な焼き上がりを見極めて取り出し、客にサーブする。

我々がオーダーした「マルゲリータ」と、シンプルだがチーズにこだわった「さらべつチーズ」が目の前に出てくるまで、10分少々しかかからなかったのだ。一枚ずつ丁寧に手作りされたピザは、25cmサイズでボリュームもたっぷり。これだけの上質な素材を使用したピッツァをリーズナブルな価格で味わえるのも嬉しい。

少し遅めのランチを絶品のピザで済ませたところで、さらに南下して、今回の旅の大きな楽しみである「MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)」へと向かった。相変わらず500Xは、軽やかに北の大地をゆったりと駆け抜けていった。

問い合わせ先

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  • ピッツェリアTuka(ピッツェリアツカ) TEL:0155-52-5575
  • 住所/北海道更別村字更別北1線95-20
  • 営業時間/12:00~20:00(材料がなくなり次第終了)
    定休日/木曜(ほかに不定休あり)

この記事の執筆者
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで「いかに乗り物のある生活を楽しむか」をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
PHOTO :
尾形和美