ミホコさん(51歳・会社員)の父、ヨシヒコさん(78歳)が入浴中に倒れ、脳卒中で急死したのは今年3月のこと。救急車で運ばれたものの、搬送先の病院で帰らぬ人となりました。

 ヨシヒコさんの突然の死に呆然とする母・キミコさん(75歳)、フランスで暮らしている妹のマユコさん(46歳)に代わって、ミホコさんは、悲しむ間もなく、行政や社会保険、金融機関などの手続きに追われることになったのです。

 なかでも、ミホコさんを悩ませたのが銀行の手続きでした。

銀行や信用金庫などの金融機関は、預金者が亡くなったことを家族から知らされたり、新聞の訃報欄などで預金者が亡くなったこと確認したりすると、相続トラブルを避けるために、口座を凍結します。ヨシヒコさんの口座も、死亡直後に凍結され、ミホコさんは葬儀費用などを引き出すことができませんでした。

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ミホコさん(51歳・会社員)は母・キミコさん(75歳)に代わり、亡くなった父のヨシヒコさん(78歳)の遺産整理をすることに

 民法の改正によって、2019年7月1日に「預貯金の払い戻し制度」が創設され、現在は家庭裁判所の判断を経なくても、相続人全員の戸籍謄本などがあれば、1金融機関あたり最高150万円まで、遺産分割前でも払い戻しを受けることができるようになっています。

でも、ヨシヒコさんが亡くなったのは今年3月で、制度の創設前。たとえ、制度が使えたとしても、葬儀の準備で慌ただしいなかで、預金の払い出しをするために戸籍謄本などを用意することは、できなかったでしょう。

ミホコさんは、自分の預貯金を取り崩して、葬儀費用や僧侶へのお布施、母・キミコさんの当面の生活費を立て替えて急場をしのぎましたが、次に手間取ることになったのが銀行口座の「相続手続き」でした。

ヨシヒコさんは、定年退職後も「孫におこづかいをあげたいから」と、週2回はアルバイトに行き、その給与を都市銀行や地元の信用金庫など、たくさんの銀行に口座を作って少しずつ預け分けていました。

この「孫のために」という優しい気持ちで、あちこちに作られた銀行口座の存在が、ミホコさんを悩ませることになったのです。

【前編】「急死した父の銀行口座が凍結されて、お金がおろせません!」

後編となる本記事では、万一のときに家族を困らせないための銀行口座の管理方法について、前編に引き続き、『身近な人が元気なうちに話しておきたいお金のこと介護のこと』(東洋経済新報社)などの著書がある、社会保険労務士の井戸美枝さんに伺います。

書斎の引き出しからでてきた、たくさんの銀行の通帳

 ヨシヒコさんが急死してから1か月後。ミホコさんが実家で遺品の整理をしていると、書斎の引き出しのなかから、母のキミコさんも知らない、銀行の通帳がいくつも出てきました。表紙には、孫たちの「教育費用」「誕生日のプレゼント用」「孫との海外旅行ために」など、使う目的が書かれていました。

「こんなふうにコツコツお金を貯めていてくれたなんて……。張りつめていた気持ちが緩んで、父が亡くなってから、はじめて泣きました。でも、払い出しのために相続手続きを始めると、その手続きの膨大さに、違った意味で泣きたくなったのです」(ミホコさん)

生活口座に使っていた信用金庫も含めると、ヨシヒコさんは全部で8つの銀行に預け分けをしていました。そのすべてに残高証明の開示・照会請求を行い、相続手続きを行うのは、気の遠くなる作業でした。

「もう! どうしてこんなに細かく預け分けたのって、父を叱りつけたくなりました」(ミホコさん)

 預金していた人が亡くなると、銀行に預けられていたお金は、相続財産として扱われます。銀行は、相続でのトラブルを避けるために口座を凍結し、出入金をはじめとする取引を停止。たとえ、親族でも勝手にお金を引き出すことはできなくなります。

 相続財産が一定額を超えると、残された家族は相続税の申告をしなければいけません。相続税の申告・納税期限は、故人(被相続人)が死亡した日の翌日から、10か月以内。「知らなかった」では済まされず、期限内に申告・納税しないと、延滞税や無申告加算税などのぺナルティーが課されます。

「残された財産が相続税の非課税範囲内なら、税務署への申告は必要ありませんが、残された財産を誰がどのように受け取るのか、どのように分けるのかは、どこの家庭でも決めなければいけないことです。相続財産の正確な金額を把握するために、まずは金融機関に対して、残高証明の開示・照会請求を行う必要があります」(井戸さん)

残高証明の開示・照会請求は、相続人なら誰でもできますが、金融機関が用意している所定の請求書に必要事項を記入し、相続関係が確認できる戸籍謄本などを添える必要がありますし、所定の手数料もかかります。

1通あたりの手数料(個別発行の場合)は、500~1000円程度でも、8つの銀行にお金を預け分けていたヨシヒコさんの場合、預金残高を把握するだけでも、5000円以上の負担になりました。

銀行口座が多い分だけ、相続手続きの手間と費用がかかる!

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銀行口座が多い分だけ、相続手続きの手間と費用がかかります

相続財産が把握できて、無事に相続人全員による遺産分割協議が終われば、預金の相続手続きができますが、次のような書類が必要になります。

●相続手続きに必要な書類(遺産分割協議をした場合)

・相続人全員の署名・押印のある相続届(金融機関に備えられている書類)
・故人(被相続人)の出生から死亡までの連続する戸籍謄本の原本
・相続人全員の戸籍謄本(戸籍抄本)の原本
・相続人全員の印鑑登録証明の原本
・手続きする人の実印
・相続人全員の署名・押印のある遺産分割協議書
・故人の通帳やキャッシュカード

 相続届は、金融機関に対して預金の相続を依頼するための書類ですが、これには相続人全員の署名と押印が必要です。県外などで、離れて暮らす兄弟などがいる場合は、郵送などで書類を回して、全員の署名、押印を集めなければいけません。

 法定相続人を正確に把握するために、故人(被相続人)の戸籍謄本は、生まれてから亡くなるまでの連続した戸籍が必要になります。戸籍は、転籍や法改正、婚姻など、その都度、新しく作られます。抹消された情報は新しい戸籍には記載されません。

たとえば、過去に離婚しており、前の配偶者との間に子どもがいたとしても、その記録は新しい戸籍には記載されません。でも、その子どもは法定相続人として認められており、財産を受け継ぐ権利があります。

「死亡時の戸籍だけでは、法定相続人全員の確認がとれないので、除籍謄本(婚姻や死亡などで戸籍からすべての世帯員が除かれたことを証明するもの)や、改製原戸籍謄本(法改正によて様式が改められる前の戸籍)など、故人の一生分の戸籍を遡って取得する必要があるのです」(井戸さん)

想定外の法定相続人が見つかった場合は、その人を無視して相続手続きを進めることはできません。連絡をとって、相続について話し合い、合意を得る必要があります。

戸籍をたどった結果、ヨシヒコさんの法定相続人は、妻のキミコさん、長女のミホコさん、次女のマユコさんと確定されました。その点では、胸をなでおろしたミホコさんでしたが、戸籍謄本は原本で用意しなければならず、コピーでは受け付けてもらえません。

また、戸籍の有効期限は、発行日から6か月~1年以内など(金融機関によって異なる)と決まっていることが多いです。

戸籍に発行には、1通あたり450~750円の手数料がかかります。銀行で相続手続きをするときに、戸籍謄本の返却を希望すれば、あとで返してもらえますが、複数の銀行の手続きを同時に進めるためには、その分だけ戸籍謄本も用意しなければなりません。

「それぞれの銀行への残高証明の開示・照会請求、戸籍謄本の用意で、その分、時間もお金も費やすことになりました。さらに困ったのが、フランスで暮らしている、妹のマユコとのやりとりでした」(ミホコさん)

ある程度の年齢になったら、銀行口座は1~2つに集約する

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海外暮らしの方の相続税の手続きはさらに煩雑に・・・

 相続人が海外で暮らしている場合、相続のための手続きを進めるには、現地の大使館員や公証人の面前で相続届に署名し、サイン証明というものを受ける必要があります。また、本人確認のための在留証明書も添付する必要があります。

 フランス人の夫と結婚し、パリの和食店で働いているマユコさんは、ヨシヒコさんの葬儀のために一時帰国したものの、滞在していたのは1週間ほど。子どもたちをフランスに残していたため、「相続のことは、お姉ちゃんに任せるから」と、すぐに戻ってしまったのです。

「こちらから相続届の用紙をフランスに送って、向こうで書き込んでもらい、サイン証明をもらって、送り返してもらったため、とても時間がかかりました。なんとか1回で書類が集められたからよかったものの、記入ミスがあったり、書類に不備があったりしたらと思うと、冷や汗が出ます」(ミホコさん)

孫を思って、よかれと思って始めたヨシヒコさんの預金の預け分けは、相続手続きをするうえでは、反対に子どもたちを困らせることになってしまったのは、皮肉なことです。

こうした手間をできるだけ減らすためにも、井戸さんは「ある程度の年齢になったら、元気なうちに銀行や証券会社など金融機関の口座は、1~2つに集約して、使わない口座は解約したほうがいい」と言います。

「私は、2016年に母を見送りましたが、まだ母が元気だった頃に一緒に銀行を回って、口座を解約する手続きを手伝いました。母は7つの銀行を使っていたのですが、口座をひとつに絞って、その口座で年金の受け取りや公共料金の引き落としなどが、すべてできるようにしたのです。銀行口座を整理していたおかげで、相続の手続きはスムーズにできました」(井戸さん)

預金者の死亡後に銀行口座の相続手続きするためには、戸籍謄本や印鑑登録証明書などが必要になりますが、生前に本人が口座を解約するなら、そうした書類は必要ありません。ただし、認知症になると口座の解約も難しくなるので、銀行口座は元気なうちから整理を始めておくようにしたいもの。

 普通預金しかないと思っていても、昔つくった定期預金があったり、別の支店にも口座があったりすることはよくあることです。でも、家族が、その預金の存在を知らないと、相続手続きもできません。

その結果、あとから相続税の申告漏れを指摘されたり、修正申告が必要になったりする可能性もあります。本人が自ら、生前に口座閉鎖の手続きをしておけば、預金の見逃しも防ぐことができます。

遺言執行者を決めておくと、相続手続きが簡略化できる

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遺言執行者を生前に決めておく

また、今回のケースのように、相続人の誰かが海外で暮らしているような場合は、家族の一人を「遺言執行者」を決めておくのも、ひとつの手段です。

遺言執行者は、相続人全員に代わって遺言書の内容を実行する人です。遺言書で指定しておくのが一般的ですが、指定がなくても、家庭裁判所で選任してもらうことも可能です。相続の手続きの多くは、相続人全員の署名や押印が必要になりますが、遺言執行者がいれば、単独で手続きを進められるものもあり、銀行の相続手続きもそのひとつです。

ミホコさんのように、妹がフランスで暮らしているといった場合も、事前に遺言執行者を決めておけば、わざわざ大使館などでサイン証明書をもらったりしなくても、相続手続きを進めることができるようになります。

また、「法定相続情報証明制度」を利用すれば、相続の手続きを簡略化できます。2017年5月に導入されたばかりで、まだなじみがありませんが、戸籍関係の書類をそろえて法務局に申請し、事前に認証文のついた法定相続情報一覧図の交付を受けておく、というもの。

これがあると、銀行や不動産など各種相続手続きをするときに、戸籍関係の書類一式の代わりに使えるので、その都度、戸籍謄本を取り直すといった手間を省くことができるのです。

相続手続きのほかに、銀行関連の手続きとして、早めに済ませておきたいのが、電気やガス、水道、電話など公共料金の名義書き換えです。口座が凍結されると、出入金だけではなく、公共料金やクレジットカードの自動引き落とし、給与や年金などの振込などが一切できなくなります。

 公共料金は、ほとんどの人が銀行からの自動引落やクレジットカード決済にしているはずですが、引き落としができないと、電気やガス、水道などのライフラインがストップされてしまい、生活するのもままならなくなるからです。

自動引落にしていた口座の名義人が亡くなったあと、同じ家で暮らしている配偶者や子どもなどがいる場合は、早めに名義変更をしておきましょう。

身近な人が亡くなると、残された家族は、葬儀の手配だけではなく、死亡届の提出、年金や健康保険の資格喪失、相続税の申告など、山のようにやらなければいけないことがあります。

親子でお金の話をするのは、なんとなく気が引けるものですが、相続手続きをスムーズに行うためには、財産がどのくらいあるのか、負債はないのかといったことを、親の生前から把握して、心構えをもっておく必要があります。

 そのためにも、親が元気なうちに、相続の問題も親子で話し合っておくことが大切です。そして、問題がわかったら、親の希望を汲み取りながら、親ができないことは、子どもも積極的に手伝うようにしたいものです。

井戸美枝さん
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー
(いど みえ)公的年金をはじめとする社会保険に精通し、厚生労働省の社会保障審議会企業年金部会の委員も務める。新聞や雑誌、ネットサイトでの連載、またテレビやラジオ出演、講演などを通じて社会保険制度や資産運用、ライフプランについてアドバイスしている。「難しいことでもわかりやすく」がモットー。『大図解 届け出だけでもらえるお金』(プレジデント社)、『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる!』(集英社)、「身近な人が元気なうちに話しておきたいお金のこと介護のこと」(東洋経済新報社)など著書多数。

■大好評マネー連載!「今さら聞けないお金のお話」

Precious.jpでは、大人の女性が素敵な時間と空間を過ごすための元となる、お金とうまく付き合う方法を、税やお金に詳しいエディター・早川幸子さんがていねいに解説しています。こちらのページにこれまでの記事がまとまっています。是非、ご覧ください。

この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。