創業以来、4WD専業ブランドとして孤高の位置にあるランドローバー。近年はSUV人気の高まりを受けて乗用車的な価値を高めながらも、過酷な状況下における道具としてのたくましさは依然として健在。このたび新型ディフェンダーのイベントが代官山蔦屋書店T-SITEで開催され、メンズプレシャス取材班は来日中の同社キーマン、ジェリー・マクガバン氏に会うことができた。モータリングライターの金子浩久氏がインタビューしたのでお届けしよう。

デザインオフィサーを直撃!

ランドローバー各モデルのデザインを取り仕切る立場にある、ジェリー・マクガバン氏。
ランドローバー各モデルのデザインを取り仕切る立場にある、ジェリー・マクガバン氏。

代官山蔦屋書店T-SITEでは、ランドローバーのチーフ・デザインオフィサーであるジェリー・マクガバン氏にインタビューすることができた。

マクガバン氏とは、これまで欧米の3か所でインタビューをしたことがある。いつも完璧かつ独創的な着こなしをしていて、その美意識の高さに感心させられている。

主張も明確だ。メディアが喜ぶようなリップサービスをしない代わりに、何が美しく、何がランドローバーのクルマに求められるのか、その答えが首尾一貫している。

また、デザインオフィサーというだけあって、単にクルマの造形を云々するだけでなく、つねにデザインというものを自動車メーカーの戦略のひとつとして捉えている。だから、言葉に説得力があるし、仕事の成果もその通りに上がっている。

例えば、初代レンジローバー・イヴォークのメディア試乗会で次のようなやり取りがあった。イヴォークは、レンジローバーブランドが新たに送り出すコンパクトSUVだった。あまりにスタイリッシュで、お家芸の4輪駆動だけでなく前輪駆動版も用意されていた。その点について、「レンジローバーの流儀から外れるのではないか?」との質問に、マクガバン氏は次のように答えた。

「これは新しいレンジローバーなのです。今までに存在していなかったので、以前の基準には当てはまることはありません。今までレンジローバーに興味がなかった人を振り向かせ、販売台数を増やすことができるでしょう」

もう少しストレートな表現だったが、通訳がマイルドなニュアンスに翻訳していたほどだ。

マクガバン氏はクリエイティブな立場にふさわしく、身に付けるものも目を引く。この日の時計はパテック・フィリップだった。
マクガバン氏はクリエイティブな立場にふさわしく、身に付けるものも目を引く。この日の時計はパテック・フィリップだった。

シンプルを突き詰める“リダクショナリズム”

1948年からつくられていたランドローバーが、1990年の改良を経てディフェンダーという名称になった。日本では1997年から2005年にかけて、限定モデルを含めて販売されていた。
1948年からつくられていたランドローバーが、1990年の改良を経てディフェンダーという名称になった。日本では1997年から2005年にかけて、限定モデルを含めて販売されていた。

イヴォークは鮮烈なスタイルをしていたために、登場当初は内外から批判も浴びた。当然、生産にいたるプロセスだって平坦ではなかったはずだ。しかし、マクガバン氏はそうした批判に惑わされることなく初志を貫いたのは、イヴォークがコンセプトカーの「LRX」とほとんど変わらない姿で発表されたことを思い出してみれば頷けることだ。初代イヴォークの年間生産台数は3万台が予定されていたが、その予想を裏切って13万台ものヒット作となったことでマクガバン氏の戦略の正しさは証明された。

新型ディフェンダーのデザインについて、どんなことに最も注力したのか?と聞いてみても、返ってくる答えの主旨は変わらない。

「大切なのは、過去に囚われ過ぎてはいけないということだ。たしかに、先代のディフェンダーは特定のユーザーやファンを持っていた。しかし、新型ディフェンダーは現代を生きる人々が乗るクルマである。過去を振り返ることではなく、モダニティが表現されていなければならない」

つまり、先代ディフェンダーは軍隊や農家などに使われてきた例が目立っているけれども、それはオフロード4輪駆動車が特殊なクルマとして存在していた時代の話だ。オフロード4輪駆動車が一般化され、SUVという言葉も生まれ、顧客の数は数十倍に膨れ上がった。そうした背景を鑑みる必要があるということだ。

ランドローバーに限らず、先代ディフェンダーのような特殊なクルマの場合、その愛好家たちの声は強く聞こえてしまうものだし、造る方もその声を信頼の証と捉えて、思考が停滞してしまうことがある。その陥穽(かんせい)に自ら嵌ってしまってはならないというのである。

具体的な手法としては、造形要素を吟味し、不要なものを削ぎ落としてシンプルにすることを徹底した。

「レンジローバーやヴェラールなどでも、シンプルを突き詰める“リダクショナリズム”を徹底したが、ディフェンダーでもそれを行った」

初代の面影を残しつつも、まったく新しい時代のディフェンダーを目指した。
初代の面影を残しつつも、まったく新しい時代のディフェンダーを目指した。

今後のランドローバーデザインの方向性は?

近年のランドローバーモデルは、どれもアグレッシブで洗練されている。こちらはシンプルな面でモダンなスタイリングを表現した、レンジローバー・ヴェラール。
近年のランドローバーデザインを象徴する、レンジローバー・ヴェラール。シンプルな面でモダンなスタイリングを表現した。
3列シートのディスカバリー。昔はカジュアルなレンジローバーという立ち位置だったが、今ではすっかりプレミアムSUVに。
3列シートのディスカバリー。昔よりはプレミアムが増しているものの、このブランドの中では比較的オーソドックスなスタイリングだ。
今年、2世代目が導入されたレンジローバー・イヴォーク。
今年、2世代目が導入されたレンジローバー・イヴォーク。

レンジローバーやイヴォーク、ヴェラール、そして新型ディフェンダーのようにシンプルを突き詰めたクルマがある一方で、ランドローバーにはディスカバリーやディスカバリー・スポーツのような、やや一般的とも言えるデザインが施されたクルマたちも存在している。

それでも、他メーカーのクルマに較べれば十分にリダクショナリズムは徹底されているが、明らかにデザインの方向性は異なっている。ランドローバーのクルマたちのデザインは、今後、どちらかの方向に収斂していくのか?

「ディスカバリーは7人乗れるから、自ずとデザインの方向性は違ってくる。レンジローバーやヴェラールなどと同じデザインで良いことはない。難しさを感じている」

マクガバン氏は明言を避けたが、ディスカバリーやディスカバリー・スポーツのデザインにも、今後に何らかの変化がもたらされるのかもしれない。

実物を確かめることはできなかったが、新型ディフェンダーにはランドローバーの新しいドライバー・インターフェイス「Pivi」も搭載されている。

また、ホイールベースやドア枚数によって複数のグレードが設定されるのとともに、4つのバージョンが用意され、170点もの専用アクセサリーも選べるのは楽しみだ。日本仕様の3ドアモデルが480万円台からというのもうれしい設定だ。

マクガバン氏へのインタビューは、いつもクルマだけにとどまらず、建築やインテリアデザイン、ファッションや時計などが引き合いに出されるから面白いし、説得力も違ってくる。

以前に、ジュネーブ自動車ショー会場でインタビューした時は、スリーピーススーツのベストの襟が丸味を帯びた独特の形をしていたため、どこのブランドのものか訊ねたら、サヴィルロウのヘンリー・プールでヴィスポークしたものだった。代官山T-SITEで着用していた腕時計はパテック・フィリップの「ノーチラス・トラベルタイムクロノグラフ」だった。いかにも彼が選びそうな時計で、とても良く似合っていた。

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この記事の執筆者
1961年東京生まれ。新車の試乗のみならず、一台のクルマに乗り続けることで得られる心の豊かさ、旅を共にすることの素晴らしさを情感溢れる文章で伝える。ファッションへの造詣も深い。主な著書に「ユーラシア横断1万5000km 練馬ナンバーで目指した西の果て」、「10年10万kmストーリー」などがある。
PHOTO :
小倉雄一郎
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JAGUAR LAND ROVER LIMITED