昨今、世界中のオークションハウスで異例の高値で取り引きされ、注目を浴びている家具があるのをご存じですか? 20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが構想した「インド・チャンディーガル都市計画」の建築群のために、コルビュジエの盟友で建築家のピエール・ジャンヌレがデザインした一連の家具です。

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展示はモデルルームのようなスタイリングで、家具とアートのある暮らしのイメージがつきやすい空間構成になっている。

そんなピエール・ジャンヌレが手掛けた家具の復刻家具や、写真や工芸品などを展示しているのが、東京・六本木のカルチャースポット・IMA CONCEPT STORE(ICS)で行われている「ピエール・ジャンヌレの家具とアートのある暮らし」展(~12月8日)。

今回ICSで展示されるのは、すべての工程を手仕事で仕上げるインドの工房「ファントム・ハンズ」が、当時のオリジナル図面をもとに、ジャンヌレがデザインした家具を忠実に再現した復刻版で、日本でも取り扱う店舗がまだ数えるほどしかない貴重なプロダクトです。

そもそも、今さらながらピエール・ジャンヌレって何者? 「インド・チャンディーガル都市計画」って何? なぜこんなに高値で取引されているの? とインテリア初心者には聞きたいことが山ほどある本展。これらの疑問を紐解きつつ、その見どころを紹介していきます。

巨匠コルビュジエの影に徹した天才、ピエール・ジャンヌレという男

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ニューヨークで活躍しているフォトグラファー、マーティン・マルダー氏による写真はそのまま部屋に飾りたいお洒落な雰囲気。

ル・コルビュジエに比べ、日本では知名度がいまひとつなピエール・ジャンヌレ。1896年生まれのスイスの建築家で、コルビュジエとは9歳年下の従兄弟にあたります。

コルビュジエと、ジャンヌレと同じく事務所の重要なパートナーだったシャルロット・ペリアンとの3人合作で発表した「LCシリーズ」に代表される家具デザインで知られています。

ですが、コルビュジエの重要なパートナーとして事務所を共同で設立し、のちにペリアンが「ジャンヌレ無くしてコルビュジエは存在せず、コルビュジエのいないジャンヌレはあり得なかった」と語るほど、一心同体に近い強固な結びつきで成り立つ関係だったことはあまり知られていません。

「黒縁メガネに蝶ネクタイ」をトレードマークに、積極的に自分を売り出していたコルビュジエに対し、シャイで内向的で地味だったとされるジャンヌレ。独学で建築を学んだコルビュジエを技術面で裏から支えたともいわれるジャンヌレは、影の天才として建築史に多大なる貢献をもたらした偉大な存在だったといえます。

コルビュジエの都市構想が実現した唯一の街・チャンディーガル

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チャンディーガルの高等裁判所。

インド北部に位置し、世界に点在するル・コルビュジエの世界遺産を含む作品が多数残る街、チャンディーガル。

1947年、イギリスからのインド・パキスタン分離独立の際、新たに建設された都市計画で、「世界に類を見ない芸術的な都市をつくる」としたインド首相のコンセプトのもと建設計画が始動し、その設計を依頼されたのがル・コルビュジエでした。

コルビュジエは事務所をあげて首都機能から建築、家具に至るまでの開発を一任し、結果的にチャンディーガルはコルビュジエが唯一、都市構想を実現した街となりました。

2016年7月、チャンディーガルはル・コルビュジエの建築作品における「チャンディーガルのキャピトル・コンプレックス」として世界文化遺産に登録され、コルビュジエの意匠があちこちに残るモダン建築の街をひと目みようと、世界中から建築ファンが訪れています。

歴史に埋もれたピエール・ジャンヌレの家具

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ピエール・ジャンヌレの家具がたどった数奇な運命とは……? photograph : Martien Mulder 

「チャンディーガル都市計画」については、コルビュジエがフィーチャーされがちですが、実際に現地で指揮をふるったのはむしろジャンヌレで、実際にジャンヌレは14年もの間インドに滞在し、都市開発の実現に向けて重要な役割を果たしています。

その功績を示すもののひとつが、建築に共鳴するかたちでデザインされた「チャンディーガル都市計画」のための家具で、ジャンヌレの名とともに歴史の影に埋もれていた唯一無二の作品なのです。

今、ピエール・ジャンヌレの家具が世界中で人気な理由

一般的に家具は工業製品として販売用に生産されるのが大方ですが、「チャンディーガル都市計画」のための家具は、純粋に都市計画の建物のためだけにデザインされたため、市場に出回った形跡は確認されていません。

「チャンディーガル都市計画」のための家具がほかのヴィンテージ家具と一線を画すのは、ピエール・ジャンヌレが中心となって、インドの建築家やデザイナー、複数の現地の工房等のチームによるプロジェクトであり、それらは誰でも自由に複製することを目的としたオープンソースなデザインであったという事です。

また、「チャンディーガル都市計画」のための家具は、インドで古くから流通していたチーク材やラタンを使い、インドの伝統的な手工芸の技術を採用しています。

現地の素材や職人技を活かした工芸家具としての価値が高く、一見同じデザインであっても完全に同一なものは存在せず、ひとつひとつが極めてオリジナル性の強い家具となっており、そこが「チャンディーガル都市計画」のための家具の希少性が高い所以でもあります。

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V字脚が特徴的なジャンヌレの椅子。硬くて水に強いチーク材は手に入りづらい高級木材。 photograph : Martien Mulder 

実は、ジャンヌレの家具が注目され始めたのはここ十年あまりの話で、今でこそオークションで数十万~数百万、時には数千万円の高値がつくほどの評価をされていますが、それまでは価値がきちんと見出されておらず、スクラップ扱いされ、多くが廃棄の一途をたどっていました。

現在では国もその価値に気づき、インド政府は輸出を制限し、国の文化財として保存を進めています。

職人の手作業で現代に蘇ったピエール・ジャンヌレの家具

ようやく再評価され始めた、ジャンヌレが残したモダンデザインとインドの伝統工芸を、未来に継承すべく立ち上がったのが、インド各地から腕のいい職人が集まる工房「ファントム・ハンズ」です。

ファントム・ハンズは、2015年から「チャンディーガル都市計画」のための家具を復刻するプロジェクト「プロジェクト・チャンディガール」を始動し、オリジナルの図面に沿って、築100年以上の建物に使われていたチーク古材を再利用しながら、100%手作業という当時に限りなく近い方法で忠実にジャンヌレの家具を再現しています。

長きにわたりインドの近代建築の発展に寄与し、没後は本人の意思で遺灰がチャンディーガルのスクナ湖に撒かれたほど、チャンディーガルにすべてを投じたジャンヌレ。ジャンヌレがデザインした家具は、まるで彼の生きざまを投影したかのようにまっすぐで美しく、空間に置くだけで凛とした空気を感じることができます。

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半世紀以上前の家具ながら、いまでもそのデザインは新鮮で、現代作家の工芸作品との相性も抜群。

家具が気軽に使い捨てできる消耗品ではないからこそ、スタンダードなデザインで、かつ、つくり手の顔が浮かぶサステイナブルなものを選ぶ。そんな暮らしの新たな視点を本展で掘り起こしてみるのはいかがですか。

アートを暮らしに取り入れるコツは?インテリアのプロに聞いてみた

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アートのある暮らしに憧れはあるけれど、コツがあったら知りたい!

アートのある暮らしに興味はあるけれど、その取り入れ方がわからない……そんな風に感じている方も多いのではないでしょうか。

「そういった相談はけっこう多いんです」と語るのは、本展を主宰する会社・五割一分の沖田桂さん。沖田さんに、アートを暮らしに取り入れるコツを教えてもらいました。

「もしアートへの関心よりも、インテリアの観点からアートを飾られたいとしたら、抽象的な作品から壁を埋めてみることから始めてみられてはいかがでしょうか。家具はプロダクト(工業製品)になることがほどんどだと思いますので、アートや手工芸のファブリックやオブジェ、ヴィンテージ品などをミックスすることで、空間に深みが出てきます」(沖田さん)

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例えばハタノワタルさんの作品(中央奥)など、素材感のある抽象的な作品など、空間に溶け込みやすいものを選ぶと永くインテリアの一部としてつきあえるのではないでしょか」(沖田さん)
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「グリーン・アート・照明」これらがミックスされることで、よりインテリアに奥行きが出ます」(沖田さん)

ピエール・ジャンヌレの復刻家具とあわせて、ファントム・ハンズの家具や現代作家の手工芸品、ヴィンテージ品の展示のみならず販売も行っている本展。ぜひ六本木に足を運んで、暮らしをより豊かにする自分だけのお気に入りを見つけてみてくださいね。

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この記事の執筆者
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WRITING :
石川聡子