外出禁止のロンドンからレポート【その1:人の心がひとつになる瞬間】

はじめまして、2017年よりロンドン在住の、エディター&ライターのAsukaと申します。新型コロナウイルスが世界中を混乱と恐怖の渦に巻き込み続けていますが、残念ながらその猛威が弱まる兆しは、今のところ見えてきません。

日本でも緊急事態宣言が出され、不要不急の外出がしづらくなったと聞くので、家で過ごす時間が一日のほぼ全てを占めることになるでしょう。ここイギリスでは一足早くその生活に入っているため、Wi-Fiを通して世界中から届く惨状や警告に怯えつつも、うんざりしてきたところです。

しかしこんな苦境の中だからこそ現れる、人間のやわらかさを感じる瞬間があります。そういう瞬間を目にすると、試練というものはあるべくしてあるのだ、と思わずにはいられません。

特に私が住んでいるロンドンはさまざまな人種の人々が混在しているため、文化的な背景の違いから、美徳とする考えや表現の方法などに、なかなか共通点が見つからないことも多くあります。それでも、人は心をひとつにできるのだと確かに実感する瞬間に、私は幾度も出合ってきました。

善意が生んだ底知れないパワー。「寄付の品々であふれた学校の階段」

スーパーの棚からトイレットペーパーやパスタが消え始めたころ、娘の学校から一通のレターが届きました。その内容は、「地区の高齢者が入手できず、困っているもののリストを作りました。もしおうちにストックがあるものがあれば、学校の内階段に置いてもらえませんか?」というものでした。

それを読んで私は「いくら寄附が日常的な行為として根付いている国とはいえ、誰もが少しでも多く買い足そうと長いスーパーの列に並んでいるこの時期に、寄附する奇特な人がいるのかな」と思いました。ところが、各家庭が持ち寄った日用品で、またたく間にその階段は埋め尽くされてしまったのです。

ロンドンで暮らす中で、私はいつも、この「小さな善意」が集まるスピードに感心してしまいます。その速度は、「そんなことしたって問題の根本的な解決にならない」といった類の反論や、私が考えたような言い訳が表面化する間もないほどなのです。

今、自分ができる精一杯のことをまずはやってみる、これは簡単なようでいて、とても難しいこと。損得や最大効果を考えてしまう癖がついていると、なかなかできないことですが、その雑念を振り払い、自分ではない誰かのためにそれを実現してる人たちがここでは決して少数派ではありません。

持ち寄られた物であふれかえる階段を見つめていたら、心の中に、自省とともにあたたかい何かがすうっと流れ込んできました。

一時はマーケットの棚からすべてが消えた
一時はマーケットの棚からすべてが消えた

夜空のムコウに「ありがとう」が鳴り響いた

ある夜、人々のそんな「善意体質」を象徴するような出来事が起こりました。発端は、その日の数週間前から、あらゆるSNSで拡散された1つの画像です。そこで呼びかけられていたのは、最前線でウイルスと闘う医療関係者に感謝を届けたいという主旨で、あるアクションをみんなでしよう、というもの。

高い感染リスクを冒しながら、人々の命に向き合っている彼らにも、もちろん家族がいます。家族への感染を考えれば、危険極まりない職場へ出かけていくのは毎日どれほどの勇気がいることだろう、と常々感じていた私は、その呼びかけをみて、即座に、ぜひ参加したいと思いました。

ですが、その参加方法を一瞥して、思わず画像を二度見してしまいました。

SNSで拡散された画像

「3月26日夜8時、ドアから一歩外に出て、拍手をして下さい」

ただ、それだけだったのです。正直、最初に頭に浮かんだのは「うちの周りに病院なんてないし」ということでした。

しかし、すぐにそういうことではないのだ、と私は思い直しました。なんてこの国らしい、まさに「今、みんなができる最大のこと」なのだろう、と。

とはいえ、言ってみればあまりに他愛のないことだし、異なる人種や宗教の人間がひとつの考えに賛同するなんてまず難しいのではないか、と半信半疑のままに、友人たちに画像を撒きながら当日を迎えました。

当日の夜はかなり冷え込みが厳しく、10分前からお風呂上りの子供たちと外に出てスタンバろうとする夫を、風邪を引くからと家に押し戻したほどでした。

そしてついに8時を迎えたその瞬間、パラパラと拍手が鳴り始めたのを皮切りに、口笛やら歓声が入り交じって、その感謝の音は夜空に大きく高らかに、広がっていったのです。

それはさながらロイヤルオペラハウスのバレエ終幕後のようでもあり、人間の活動が減ったことにより澄んだ空気が、さらに音をすみずみまで響かせているように感じられました。

拍手をする人々
小さな呼びかけが大きなうねりに
シャーロット王女, ジョージ王子, ルイ王子も参加
シャーロット王女, ジョージ王子, ルイ王子も参加

この出来事は各メディアでも大きく取り上げられ、第二回は医療従事者だけではなく、Key Workers(スーパーマーケットの従業員や物流全般、ごみ収集業者など生活を支えてくれる人々を指します。ちなみに各学校は閉鎖中の今も彼らの子供だけは受け入れています)全員に向けて、またもや夜空に歓声と拍手が響きました。

今後しばらくは、この拍手が木曜日の恒例となっていくそうです。

今回の新型コロナ騒動が、WHOの初期声明では「PandemicではなくInfodemic(誤った情報の伝播)が起きている」と表現されたように、どこでも誰とでもつながれる、インターネットがもたらす弊害は数えきれません。ですが、そのただの電波によって、人々の心が一瞬にして結びつくこともあるのです。

そして、そのときに生み出されるパワーは、まるで奇跡のように人々を隔てるすべてを圧倒します。夜空に拍手喝采が鳴り響く瞬間を目撃した私は、そう実感しました。

今、私たちができる最大のアクションは、大切な人たち、またはどこかの誰かを守るため家に留まることなのでしょう。エリザベス女王の言葉「We will meet again」を信じて。

次の記事では、また違う視点で、ロンドンでの暮らしをお伝えできればと思います。

この記事の執筆者
ブライダル誌の編集部を経て、2012年フリーランスへ転向。ブライダル・育児系の記事をメインに活動し、2017年からロンドン在住。息子と娘の学校生活を通し価値観の革命に襲われる毎日。
PHOTO :
AFLO、Asuka(ス―パーの写真)