香港ですでに始まっている、自粛解除後の「新しい生活様式」とは?

日本と同じ「緩い自粛」を続けて、コロナ禍の自粛生活が解除になった香港。香港に長く暮らしている現役CAの中村沙希さんに、香港で実施されている「新しい生活様式」について、また、フライトがなくなってから3か月が経過した現在の心境や今後について、お話を伺いました。

香港のコロナ政策は、日本と同様「自粛」を促す方針

自粛中の香港の繁華街、尖沙咀(チムサーチョイ)の様子
自粛中の香港の繁華街、尖沙咀(チムサーチョイ)の様子

自粛期間中はレストランも営業していたが、外食する人は激減

「香港政府は、欧米のロックダウンとは違い、日本と同じように『うがい、手洗いの徹底』『リモートワークの推奨』『なるべく自宅から出ない』など、あくまでも自粛を促す方針を取ってきました。

レストランも普段通り営業していたり、時短で営業していたり、またはテイクアウェイだけにしているお店もありました。ただ、レストラン内のソーシャルディスタンスについてはとても厳しく、隣の席との間隔は1.5メートル以上開けること、4人以上が同じテーブルにつかないこと、などが義務付けられ、違反していると警察が取り締まっているなどのニュースを聞いていました。ですので、みなさん自宅で食事をすることが多かったようです。

レストランに入るときには、検温の徹底、マスクの着用、ハンドジェルの使用。マスクは食事中だけ外して、食べ終わったらすぐマスクをつける。

この自粛期間中に、私の誕生日を主人がレストランでお祝いしてくれたのですが、圧倒的に外で食べる人が少なかったので、そのおかげで、普段なら予約が取れないようなお店の予約が取れてしまうほどでした。人がレストランからいなくなっていましたね。飲食産業はかなり打撃を受けていました」

香港政府から支給されたマスク
香港政府から支給されたマスク

23日間感染者ゼロになり、自粛解除に。その後は状況が安定している

「23日間連続で感染者ゼロになり、5月8日に規制が緩和されて自粛解除になったのですが、5月12日にまた感染者が2名出ました。その後は感染者は少数出ているようですが、ほとんどが海外から戻ってきた方、または海外からの帰国者との濃厚接触者だったようです。海外からの渡航は基本禁止されていますが、香港の人(香港IDを持っている人)は入国できるからです」

香港での新規感染者数の推移 自粛解除後に少数の感染者が確認されているが、ほとんどが海外からの帰国者
香港での新規感染者数の推移 自粛解除後に少数の感染者が確認されているが、ほとんどが海外からの帰国者

香港で感染者が激減した理由は、GPS付きのブレスレット

「早い段階で、湖北省から来た人は14日間の隔離が義務付けられ、2月初旬から自分では取り外しのできないブレスレットの装着が義務付けられました。それでも違反者が出たため、外出すると警察が駆け付けられるよう、途中からブレスレットがGPS付きに。近所のスーパーへの移動であっても、自宅から動くと捕まるような厳しさがありました。

その後、湖北省だけでなく、中国全土から入ってきた人は14日間の隔離を強いられるようになりました。

香港はいつも観光客でごった返しているのですが、やはり、街から人が消えましたね。尖沙咀(チムサーチョイ)、銅鑼湾(コーズウェイベイ)、中湾(セントラル)などに人気がなく、「ここは本当に香港?」という感じでした。

ここ数年はインバウンドや中国本土の人が多かったので、そういう人たちが入ってこられなくなって町がガラガラでした。デパートや高級ブランドの店舗なども、平時と変わらず営業を続けていましたが、人はいませんでしたね」

平時には観光客で溢れている高級ブランドのお店などは開いていたものの、街には人がまばらになった
平時には観光客で溢れている高級ブランドのお店などは開いていたものの、街には人がまばらになった

解除後、一気にビーチや山に人だかりができた

「現在の香港の気候は平均28度くらいで、街中は仕事の人も多いです。リモートワークの指示も解除されました。解除後は、週末などはビーチが大混雑したり、山登りをする人が多くいたりと人が密集してますが、だからといってクラスターが発生したという話はありません。もう解除されてから2週間以上経っていますが、大丈夫なようですね」

自粛解除後に人が密になったビーチの様子
自粛解除後に人が密になったビーチの様子

新しい生活様式で意識していること

「外を歩いている人はほぼ、100%マスクをつけていますし、マスクをつけてないと白い眼でみられる雰囲気があります。2日に一度くらい行く買い物の際も手袋をつけたり、完全に元の生活に戻ってはいません。

ただ、自粛解除後はレストランに8人まで集まって会食できるようになって、友達と会うことができるようになりました。

移動手段は、バス、電車、フェリーなどですが、普通に乗っています。一時はガラガラでしたが、リモートワークも解除され、出勤も再開したので普通に混んでいます。皆さんがマスクをつけて、自己衛生を徹底しているので、恐怖感などはないですね。

マスクと消毒液は、自粛期間中と変わらず、外出時には必ず持ち歩きます。食事の前に手を拭くアルコールのタオルみたいなものも持って行きます。

自宅では除菌ウエットタオルでドアノブを拭いたり、テーブルを拭いたりと、コロナ禍前とは、そういった面での意識が変わりました。

今は多くの感染者が出ていない状況ですが、コロナと共存していく意識が皆の中にあるのだと思います」

 

日常生活は取り戻しつつあるものの、フライトは戻らない

人が消えた香港国際空港のターミナル
人が消えた香港国際空港のターミナル

3月頭からすべてのフライトがキャンセルという現実

「日常生活は取り戻しつつありますが、仕事は全く元に戻りません。3月頭に羽田に飛んでから、すべてのフライトがキャンセルになりました。

フライトのキャンセルが出始めたのが2月末くらいからで、予定されていた3月のフライトも最初の1本以外はすべてキャンセルになりました。CAは1月末くらいからフライト中にマスクを付けていました。当時は任意でしたが、現在は飛行機の中にいるCAもお客様も必ずマスク着用となりました。全フライトの3%くらいしか飛んでいないのですが。

ほとんどのCAの仕事がない状態です。4月に関しては、会社から3週間の無給休暇を取るように言われました。8割くらいは無給休暇を取ったようです。給与カットと同じことですから、生活が大変な人は取らない、という感じでした。

5月には有給休暇を前倒しで消化。休みを消化した人の中で、たまに仕事が入る人もいます。逆にコロナが怖くてフライトが入っても自ら休む人もいます。

ほかのオプションとしては、平時にも取れる「無給休暇」を申請して、長期で休んでいる人もいます。多くの国からCAが集まっている会社なので、自国に戻っている人も多いです。社内も本当に混乱しているのだと思います」

行先を失った飛行機がズラッと駐機されている
行先を失った飛行機がズラッと駐機されている

次のフライトの予定は無し、6月もフライトはゼロ

「6月のスケジュールが出ましたが、私のフライト予定は無いです。フライトはほとんどまだ再開できないようです。

平時では基本給以外に、フライト手当や現地滞在手当などもあります。そういったものが入ってこないので、周りの友人などは家から出ず、自炊などをしてお金を使わない生活をしているように思います。ありがたいことに、外国人CAは住宅手当は会社から支給されているので、家賃の心配がないのは安心です。

今後の不安は、いつ元のフライト生活に戻れるのか、またフライトができる日が来るのかですね。

いつ今の状態が終わるかわからないので、経営破綻などが無かったとしても、元のフライト生活に戻れるのかな?と。リストラの噂も聞きますし、何が起こるかわからないですね。元の通りの生活に戻れるのか、また、外国人CAは住宅手当が出ている分、そのまま雇用を継続してもらえるのか?など、心配もあります」

出発ゲートからも人影がなくなり、閑散としてしまった
出発ゲートからも人影がなくなり、閑散としてしまった

過去の経験から、「どこでも生きていける」という自信があるから何があっても大丈夫

「でも、同時に前向きな思いもあります。

正直、今回のコロナの有無に限らず、私は20年以上飛んでいるので、もういつやめても悔いはないという気持ちもあります。もちろん続けられるのがベストですが、もし『会社のために辞めてください』といわれても、それは仕方がないかなと思うのです。

香港にいる理由がなくなったら、夫婦ともに他の国へ行くという選択もできますし、どこでも生きていけると思うので、それも面白いしチャンスかもしれないと考えたりします。

万が一辞めるとなったら、気にかかるのは周りにいる友達ですね…。20年以上、この香港で人間関係を築いてきたので、そこから離れることになれば正直さみしいと思います。

もし、フライトが戻って来たらまた飛びたい気持ちももちろんあります。SARSも経験して、今回のコロナ。20年以上も飛んでいると、色々ありますね。

世界中を飛び回るのが当たり前の生活だったので、CAは皆、また世界中を飛び回りたいのではないでしょうか。でも、おかげさまで私も、香港にいる周りの友人も元気で健康に過ごしています。時間はかかるかもしれないですが、またフライトに戻れる日が来ることを願っています」

この記事の執筆者
新卒で外資系エアラインに入社、CAとして約10年間乗務。メルボルン、香港、N.Yなどで海外生活を送り、帰国後に某雑誌編集部で編集者として勤務。2016年からフリーのエディター兼ライターとして活動を始め、現在は、新聞、雑誌で執筆。Precious.jpでは、主にインタビュー記事を担当。
PHOTO :
R.Tanaka