フランスで2軒の三つ星レストランを持っている若手シェフ「ヤニック・アレノ」とは?

パリのレストラン「ルドワイヤン(Pavillon Ledoyen)」でミシュラン三つ星を獲得し、続いてスキーリゾート地として有名なクールシュヴェル(Courchevel) にある高級ホテル(Cheval Blanc)内のレストラン「LE 1945」においても、ミシュラン三つ星を獲得。いま世界で最も注目を集める若手シェフが、ヤニック・アレノ氏です。

シェフ、ヤニック・アレノ氏
シェフ、ヤニック・アレノ氏

2017年に新たに三つ星を獲得したのも、フランスで2軒のレストランで三つ星を持っているのも、彼だけです。そんなアレノ氏がドバイの「ワンアンドオンリー・ザ・パーム(One&Only The Palm)」にあるレストラン「STAY by Yannick Alleno」で、ディナーイベント「DINNER WITH A LEGEND」を開催。お話を伺う機会に恵まれました。このイベントの体験報告とともに、ヤニック・アレノ氏のお料理の魅力をお届けします。

長身でハンサムなアレノ氏の流れるようなフランス語についつい、インタビュアーという立場を忘れて聴き入ってしまいそうでした。

One&Only The Palmのプール
One&Only The Palmのプール

ヤニック・アレノ氏への11の質問

--さっそくですが、日本料理でいちばん好きなジャンルは?
私は「鮨」が本当に好きです。好きが高じてこのたび、パリのレストラン「ルドワイヤン」内に鮨カウンターをつくってしまいました。6月4日にオープン予定です。銀座にいた寿司シェフ、岡崎ヤスヒロが握ります。
--日本料理からフランス料理への影響は、なんだと思われますか?
フランス料理は重いソースの解決策を模索していました。そして日本料理の“軽さ”を知りました。そして現在、日本料理の“軽さ”を取り入れて、重いソースから脱けだすことができました。
--フランス料理というと「ソースで食べる」というイメージですが、貴方にとってソースはどれくらい重要ですか?
素材20%、ソース80%といっても過言ではないほど、ソースは大事です。ソースはフランスのDNAです。
--日本料理には「5番目の味覚」と言われる「うま味」がありますが、フランス料理にもこれに当たるものはありますか?
あります。オスマゾー(いろいろなお肉から出る旨み)がそれに当たると思います。
--好きな赤ワインは?
ワインは本当に好きです。ワインは本当に好きです。例えば、グラス一杯のブルゴーニュワインのコルトン・シャルルマーニュには、地理的特徴と気候と歴史が詰まっています! あえて言うならブルゴーニュ、ボルドー、イタリアのグランバン(grand vin)が好きですね。好きが高じて、6ヘクタールのヴィンヤード(ブドウ畑)を、ローヌ地方北部のサンジョゼフ(Saint Joseph)とフランス南東部のクローズ・エルミタージュ(Crozes-Hermitage)に持っています。
--フランス料理と日本料理以外で、興味を持っているお料理はありますか?
イタリア料理です。イタリア料理は魔法です。
--バターとオリーブオイルはどちらが好きですか?
うーむ…。私は今、フランス北西部のブルターニュで、バターをつくっている青年を援助していますが、彼が生み出すバターは本当に素晴らしいですよ。
--10年後には何をしていると思われますか?
イタリアに住んでいるでしょう。イタリアのフィレンツェの近くに家を持っています。
--日本のシェフとフランスのシェフの共通点はなんでしょうか?
飽くなき探究心と情熱だと思います。日本料理とフランス料理のハーモニーで、素晴らしい料理をつくることができますし、どちらのシェフもそれを実行しています。
--もし料理人になっていなかったら、何になっていたと思いますか?
料理人以外は考えてみたこともないし、考えられないですね。
--あなたが過去に影響を受けた偉大なシェフとのエピソードがあれば、教えてください。
ヌーベルキュイジーヌのパイオニア、ジャン・デラヴェイン(Jean Delaveyne)氏との出会いは、今も忘れられない出来事です。私が18歳のとき、とある食の祭典に参加した際、”ブージヴァルの魔法使い”のニックネームで知られていたシェフ、ジャン氏に「おい坊主、このジロール茸の匂いを嗅いでみろ、何の匂いがする?」と声をかけていただいたのです。
18歳の私は、「わからないな〜土の匂い?」と答えたところ、「違う! アプリコット(杏)の匂いだ!」と。もう一度ジロール茸の匂いを嗅いでみたところ、確かに杏の匂いがしたのです。
デラヴィン氏は私に、こう言いました。「おまえは自然が与えてくれるものの匂いの嗅ぎかたを、学ばなければならん。そしてそれを分析するんだ。俺はジロール茸を調理するとき、必ず杏を細かくしたのを入れたバターを入れるんだ」。

シェフ・ヤニック氏は最後の質問のあとに、私を見て悲しそうに言いました。「彼は本も書かずに逝ってしまった!」「また会えたら彼なら私の疑問に答えてくれるかもしれないのに! 1万2千もの質問があるんだ」。

なんて素敵なエピソードでしょう。この心温まるエピソードを胸に、ディナーに臨みました。

ドバイのワンアンドオンリー・ザ・パームでいただいた「ヤニック・アレノ」の三つ星料理

One&Only The Palm, STAYの入り口
One&Only The Palm, STAYの入り口

「ワンアンドオンリー・ザ・パーム」のレストラン「STAY」は、天井が高く白と黒のコントラストが美しく、エレガントでシック。特にライティングが素晴らしい内装になっています。薄暗く落ち着く感じだけれど、お料理にはちゃんとやわらかい光が当たっていて、何をいただいているのかははっきりとわかる、そのバランス感覚が素敵なのです。

当日のイベントで、シェフに通されたのは、左手奥の落ち着く席。中心部からは見えにくい見えにくい席のためか、お料理の合間にちょこちょこお話しに来てくださいました。

One&Only The Palm, STAYのメインフロア
One&Only The Palm, STAYのメインフロア

■1皿目:蜜柑と仔羊肉と雲丹

一緒に乾杯もして、まず最初に出てきたのは、クレメンタイン(フランスのみかん)の中身をくり抜いて外側をカリカリに焼いたものを器にし、中に乳飲み仔牛肉のタルタルを入れたもの。その上に載ったトッピングはな、なんとウニ! 「蜜柑と仔羊肉と雲丹」。なんとも予期せぬ取り合わせです。

お肉はとても淡白な味で、マリネされているため肉の臭みがまったくなく、ウニと一緒に口にいれると、ウニの甘さと仔羊肉タルタルの酸味が調和しているためか、弾力性のある魚?と錯覚してしまうほど。そこに、ほんのり香ってくるマンダリンの芳醇な香り…。

生まれて初めての食感と味の組み合わせで、絶妙の一言に尽きます。この歳になってもまだまだ未知の味を発見できることに、感動いたしました。

■2皿目:ブリオッシュとキャビアと牡蠣

2皿目は、とても薄いカリカリのブリオッシュのような、バターの効いたトーストの上にキャビアを敷いて、下にはミルキーな牡蠣が入れられたお料理。トッピングは、ドバイを意識した「金箔」。三つの食感が違うものが競演する前菜です。キャビアと牡蠣とトースト、別々に味わっても美味なのに、同時にいただく贅沢。舌が歓喜に震えています。

■3皿目:ラングスティーヌ(手長海老)とジロール茸

ラングスティーヌ(手長海老)とジロール茸
ラングスティーヌ(手長海老)とジロール茸

日本ではフレンチの秋の味覚として楽しまれることが増えてきた「ジロール茸(あんず茸)」と、手長海老が組み合わせれた一皿。泡雪のようなムースのようなマイルドなソースが、やわらかくラングスティーヌのプリッとした身を優しく包み込む、上品な味の一品です。かすかに甘酸っぱい杏の香りが口の中に広がります。シェフはきっと、インタビューで話されていた「杏」の入ったバターを使ったに違いありません。

■4皿目:マカロニとフォアグラのペリグーソースがけ

マカロニとフォアグラのペリグーソースがけ
マカロニとフォアグラのペリグーソースがけ

「ペリグーソース」とは、マディーラソースにペリゴール名産のトリュフを加えた、香り高いソースのこと。ペリゴールはフランスの南にある地方で、フォアグラの産地としても有名です。暖かいフォアグラが口の中でトリュフの芳香と交わる喜び。気絶しそうなおいしさでした。

そこにシェフ・ヤニック氏が現れ、特別にすばらしい2005年ものの赤のボルドーワインを開けてくださいました。フォアグラに、極上の赤ワイン! 幸せすぎます。ソムリエはソルテーヌを薦めましたが、私は何と言っても赤ワイン! シェフは「料理でエクスタシィを感じる事ができる」とおっしゃっておられました。さすがフランス人!

■5皿目:和牛のストロガノフ風

和牛のストロガノフ風
和牛のストロガノフ風

脂身の少ない薄切りの和牛が、クリスピーな野菜の上に載せられた一皿。シェフはとても「口に入れたときの食感」を意識しているのだなあと感じられる仕上がり。濃厚なフォアグラのあとですから、あまり霜の降っていない、赤身部分の多い和牛でよかった! イタリアンやフレンチのフルコースで「途中でもうお腹いっぱい」になる日本人女性は非常に多いと思いますが、私も同じです。この辺で「もう助けて〜」というくらい、お腹がいっぱいになっていました。

■デザート:チョコレートとアーティチョークのソルベ

そしてデザートのクランチィチョコレートリーフは、アーティーチョークのソルベの上に載っての登場。

チョコレートとアーティチョークのソルベ
チョコレートとアーティチョークのソルベ

甘さを抑えたサクサクのチョコレートが美味しい。濃いのに甘すぎない。でももうお腹いっぱい、苦しい〜でも幸せ。幸せな苦しさ? これぞシェフのおっしゃるエクスタシィ??

とにかくすべてのお料理が繊細で見て美しく、いただいておいしく、それぞれのお皿が主役を演じられるくらい、甲乙つけがたい素晴らしさでした。そしてソースはもちろん、食感もとても大切にしていると感じました。とろける感じにクリスピーさを合わせたり。温かいものに冷たいもの、塩辛さに甘さをという具合です。

そして、このコースを通じて、シェフ・ヤニック氏のお料理のコンセプトが理解できたような気がします。


シェフ、ヤニック・アレノ氏
シェフ、ヤニック・アレノ氏

20世紀に入り、バーネーズソースが創られた後、20世紀後半がソースの暗黒時代だったとしたら、アレノ氏は21世紀に忽然と現れた「ソースの救世主」かもしれません。おいしくてヘルシーなソースを、真空パックを使ってにじみ出た旨味を取り出す「エクストラクション」という、まったく新しい手法で創り出し、今フランスで最も輝いているシェフ、ヤニック・アレノ氏。これからも未知の領域を切り開いて行ってくれることでしょう。

また、世界各国のお料理の発展についても造詣が深く、人間がさまざまな方法で食材を貯蔵しようと試みるなかで、いろいろな発見があり、食が発展の一途を辿ったこと。醤油の素になるものはローマ人が最初つくり、アイスクリームは中国人が発明し、それがアラブの国を通過した際に、ソルベになった。フィレンツェのメディチ家のバックアップのおかげで、イタリアでの食文化は開花した。中国やロシアにおいては、共産党、独裁政治が食文化の発展を妨げたなど、目から鱗のエピソードも、料理と料理の間にいらっしゃって、お話くださいました。

料理の腕だけでなく、大変な博識家でもあるのです。この先「食の産業化が今まで以上に進み、公害が進んで50年後に果たして今と同じ食材が手に入るだろうか?」と憂いてもいらっしゃいました。

一時間のインタビューの中で最も登場回数が多かったフランス語は「Sublime」。「素晴らしい。輝く」を意味する言葉です。この言葉を貴方にも捧げたい。Sublime Yannick!

ここドバイで世界トップクラスのシェフの料理をいただき、その裏にある心温まるお話を伺えたことに感謝しつつ、夜はふけていきました。

筆者とヤニック・アレノ氏
筆者とヤニック・アレノ氏

ドバイのレストラン「STAY」にアレノ氏が次にいらっしゃるのは今秋、2018年10月頃だそうです。「One&Only The Palm」に宿泊し、「STAY」でシェフ・ヤニック氏がつくった特別メニューを、ご興味を持っていただいた美食家の方には是非、体験していただきたいです!

ちなみに「STAY」がある「One&Only The Palm」と海を挟んで向かいにある姉妹リゾート「One&Only Royal Mirage」には、ボートで行き来することができ、宿泊者はどちらの施設も使うことができます。一粒で二度おいしいホテルなのです。

この魅力に満ちあふれたふたつのホテルについては、次回ご紹介したいと思います。乞うご期待!

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この記事の執筆者
大学卒業後、ルフトハンザドイツ航空、カンタスオーストラリア航空勤務。その後フランス人と結婚し、その赴任先ニューヨーク、パリを経て在ドバイ15年。3人のティーンの母。趣味 生け花、美食、旅行、ピープルウォッチング(魅力的な人々が魅力的な事を魅力的な場所でしているのを見ること)。