多くのビジネスパーソンが在宅でのリモートワークを経験した、コロナ禍。都会で仕事をして暮らしていた人たちにとっては、働き方や生き方を考え直す機会にもなったのではないでしょうか。

20代のときから「どうやったら人は面白く働けるか?」を追求してきた柳澤大輔さん。好きだった街・鎌倉にカヤックを移転し、満員電車に乗らずに通勤できるように職場近くに住む「職住近接」を実践してきました。

働く場所や住む場所にとらわれず、個人が自由に選べる時代が来る――20年以上前から柳澤さんが抱いていた思いを集約した新刊『リビング・シフト』が発売されたのは、奇しくも、新型コロナウイルスの影響が広がり始めた3月。その提案や実践例は、アフターコロナの社会につながると注目されています。

これからの時代に向けて、幸せに働いて生きるための心得やものの見方をうかがいました。

柳澤大輔さん。カヤックが運営する『まちの社員食堂』にて
柳澤大輔さん。カヤックが運営する『まちの社員食堂』にて
柳澤大輔さん
面白法人カヤック 代表取締役CEO
(やなさわ だいすけ)1974年香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、1998年、学生時代の友人と共に面白法人カヤックを設立。鎌倉に本社を構え、オリジナリティのあるコンテンツを発信。ゲーム、アプリ、インターネットサービス、イベント、不動産など多様な事業を手掛ける。2014年に東証マザーズに上場。「面白法人」というキャッチコピーの名のもと新しい会社のスタイルに挑戦し、ユニークな人事制度やワークスタイルで知られる。地域コミュニティの活性化を目指し、地方創生にも従事。TOW社外取締役、クックパッド社外取締役。オンラインサロン「地域資本主義サロン」主宰。
カヤック公式サイト

人に触発されてこそ、新しいものを生み出せる

鎌倉駅近くにある、カヤックの研究開発棟。窓の視覚効果で7階に見せながら実は、開放感あふれる3階建て。遊び心のある設計は、SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠さん・吉田愛さん
鎌倉駅近くにある、カヤックの研究開発棟。窓の視覚効果で7階に見せながら実は、開放感あふれる3階建て。遊び心のある設計は、SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠さん・吉田愛さん(写真提供:カヤック)
――カヤックでは、2003年から「旅する支社」というリモートワークを導入されていますよね。これは、数か月世界の好きな場所でオフィス兼住居を借りて働くという制度。いち早くリモートワークの利点を実感されていたと思いますが、あらためて今の働き方の変化をどのように受け止めていらっしゃいますか?

今って、「リモート最高!」とか「もう出勤したくない」という流れがありますよね。これは単にリモートワークだからいいというわけではなくて、働く人たちが「満員電車での通勤」、「職場の人間関係」、「窮屈な時間ルール」の非人道的な側面に気づいたということだと思います。

僕たちの場合はもともと「職住近接」を掲げていて、鎌倉本社への通勤と言っても、徒歩か自転車、ローカル電車の江ノ電がほとんど。「だれと働くか」を重視して価値観の近い職種に絞って採用しているし、タイムカードは使いません。「旅する支社」を経験し、移動することでクリエイティビティを発揮できるという実感もあります。ただ、初めて数か月フルリモートにしてみたところ、やっぱりみんなが何をやってるかわからないという課題が見えてきました。

タスクはこなせるからプロジェクトは完結する。でも、ビジョンに向かって何か新しいものが生まれる感覚がない。全員がやりたいことを主体的に生み出すときには、目の前で何か面白いことをやっている人がいて触発されるということが大いにあります。フルリモートでも事業は成り立つけど、今のカヤックはつくれないし、採用基準も評価基準も変えないといけないとわかりましたね。

――まさに今、リーダーとして組織のあり方を試行錯誤されている人も多いと思います。

経営者としては、フルリモートの組織をイメージするきっかけをもらいました。もしゼロから会社をつくるとしたら、完全プロジェクト制にして、チームビルディングのための合宿を月1で行います。そこで日常に抜け落ちているチームワークを補って、あとは数字でしっかり管理する。指標が明確で仲間もできるから、働いている人は幸せなんじゃないかと。

ただ、会社として「これを目指すぞ」というときにまとまらない難しさはありますね。「時価総額いくらを目指す」と言っても、うちのような企業文化ではピンとこないだろうし、かといって「世の中をよくする社会貢献」と言っても、一緒にいるからこそ生まれる同調圧力で盛り上がるという作用が希薄になる。人の価値観が多様化する中で、プロジェクトベースの組織がフルリモートで成長し続けるには、工夫が必要だと思います。

生産性を目的にしない

カヤックの会議棟・イベントスペース。現在のオフィス内は、新型コロナ対策のため、3密を避けるスペースや導線を取り入れた『NO密オフィス』に改装。感染への不安を軽減しながら社員のチームワークを維持できるよう、分散出勤を推奨
カヤックの会議棟・イベントスペース。現在のオフィス内は、新型コロナ対策のため、3密を避けるスペースや導線を取り入れた『NO密オフィス』に改装。感染への不安を軽減しながら社員のチームワークを維持できるよう、分散出勤を推奨(写真提供:カヤック)
――柳澤さんの新刊『リビング・シフト』を読んで、時間あたりの作業量ではなく、一見ムダに見える時間があっても優れたアイデアを生む…という生産性の考え方が素敵だなと思いました。

もともと、生産性を上げるということをあまり考えたことがないんです。それよりも、「どうやったら働く人が気持ちいいか」を軸にしていて。となれば、売上利益を上げた方がいいなということも含んでいるし、労働時間が短いほうがいいことも明らかです。でも、それ自体が目的ではなく、あくまで目的は「幸せ」。生産性が高くても、やりたくないことをやるのは違うと思っています。

――アイデアを練る、そのアイデアを表現するためにプログラミングする…といった仕事は、「楽しくてずっとやってしまう」「気づいたら夜中だった」、ということもありますよね。

そうそう、 労働時間が長くて生産性が低いともとれるけれども、趣味だったら夢中になれるくらい楽しいということになりますよね。「幸せ」が達成目標なら、常にアイデアを出しているのが幸せという人にとっては、何時間も仕事している状態が「生産性が高い」ということ。何に対する生産性なのか、その指標によって成果は変わってしまう。

世の中には指標化されてないものがいくらでもあると思って生きてきました。たとえば、不動産の路線価というのは国が定めた価値。でも数字に表せない土地の魅力ってある。さまざまな要素があって、最終的に価格に価値が集約されている…という理屈もわかるんだけれど、その土地の持つパワーが変な開発をすることで下がってしまうこともあります。数字では見えない、計りきれない価値がたくさんあると思います。

偉い人はいないけど、すごい人はいる

社長として多忙な日々の中でも、現場にいることを大事にしている柳澤大輔さん
社長として多忙な日々の中でも、現場にいることを大事にしている柳澤大輔さん

 

――数字で計れないものを目ざしていく時に、メンバーの方をどのようにモチベートされているのでしょうか? 各個人の力を引き出す秘訣はありますか?

それが、カヤックの場合は、身体全体で直感的にとらえるということ。暗黙知というか、以心伝心的なものになりがちですね。

――直感…対面じゃないと難しくなってしまいそうです。

そうなんです。一緒にいることで一体化していくというか。人間には「なんとなくいいよね」という感覚って、ありますよね。鎌倉がなぜいいのかを言語化すると、海と山があって神社仏閣があって…となる。でもそうじゃない、「なんかいいよね」という世界観で伝わることを軸にモチベートしています。

そのためには、あえて曖昧な言語を使う。Googleはかつて、「Don’t be evil(邪悪にならない)」という行動規範を掲げていました。会社をやっていく上では、全く悪いことをしないというのは無理がある。何が正しいのか悪いのか、立場を変えて見ると変わりますから。でも「邪悪なことはするな」と言うと、なんとなくみんなまとまる。曖昧な言葉に対する感覚値の共有と、身体的な共感でモチベートするということを、かろうじてやってきました。

あるのは、面白法人として面白がって働こう、世の中を面白くしよう、というゆるっとした規範。その中で各自が何をやるかについては、ルールはありません。

――以前、柳澤さんのトークイベントに参加して印象的だったのが、「社長だけど、社内で通りすがりに挨拶されない」とおっしゃっていて。一方で、ブレスト(ブレインストーミング)形式の会議となると、皆さん活発に発言される。いい意味でのゆるさがクリエイティブの源なのかなと感じました。

各自勝手なことばかりやっていて、僕自身、挨拶されなくても気にしないですしね。もうひとつ大事にしているのが、「偉い人はいないけど、すごい人はいる」ということ。社長や経営陣の肩書きがあっても、同じプロジェクトで関わらないとすごさはわからないし、偉いとも思ってないんじゃないでしょうか。すごさがわかれば、挨拶してくれるかもしれない(笑)。

――個性豊かな面々を束ねるには、すごい人であり続けないといけないんですね。

やっぱり、現場にいなきゃダメなんですよ。今でもブレストに参加したり、顧客対応をしたり、年に何回かは企画書も書きます。社長日記を書くのもひとつの現場仕事かな。プレーヤーとして何かやり続けているとか、リーダーになっても変わり続ける姿勢とか、それ以外では人を動かせないと思っています。

情報は自分で取りにいくより、潮目を見る

鎌倉の街に点在するカヤックのオフィス。路地裏に隠れた入口を発見! ほかに、古民家を利用したミーティングスペースや、ピクニック気分で仕事や打ち合わせができるガーデンオフィスも。各オフィスを歩いて行き来するのもいいリフレッシュになるのだとか
鎌倉の街に点在するカヤックのオフィス。路地裏に隠れた入口を発見! ほかに、古民家を利用したミーティングスペースや、ピクニック気分で仕事や打ち合わせができるガーデンオフィスも。各オフィスを歩いて行き来するのもいいリフレッシュになるのだとか
――カヤックの事業はゲーム、イベント、ブランディング、地方創生、不動産、ウエディング…とかなり幅広いと思うのですが、お忙しい中でどうやって情報収集をされているのでしょう?

意識的に情報収集はしてないんです。自分から定期的にニュースを見ることはないし、フォローしてウォッチしている人もいない。ただ、遮断しているわけではなく、自然に入ってくる情報でトレンドを見ているというか。

――情報って、自分で取りにいくと信じたいものしか見なくなってしまう側面はあるかもしれません。

そうですね。だから、「潮目がどこで変わるか」を見たい。僕はマーケターでもあるのですが、世の中の情報を調べてマーケティングしている感覚ではないんですね。自分の耳や目に入ってくるレベルになって初めて、キャズムを超えた(マジョリティに普及し始めた)と認識しています。アーリーアダプターが関心を寄せるマニアックなものを見つけるのではなく、普通の感覚で入ってくるものこそ一般的に知られているレベルだろう、と。

――一線で働いていると、いち早く世の中の動きを知らなくてはと、情報過多になってしまうことも少なくないと思います。

僕は新しいことは何も知らないと思いますよ(笑)。30代になるまでは漫画ばかり読んで、まったく本を読んでなかったんです。日経ビジネスオンラインで10年近く連載していたので、当時は月に30冊ぐらい読んでいましたが、今は10冊ぐらいでしょうか。ビジネス書も小説もある程度は型があるので、パターンがよめてしまう。映画は全般見てきたのですが、最近の配信サービスで見るなら、ドキュメンタリーとか史実に基づいたものが好きですね。

「住みたい場所」に住む時代が来た

取材場所の『まちの社員食堂』は、カヤック社員だけではなく、鎌倉で働く人たちが気軽に食事できるようにとの思いでスタート。IT企業の枠を超え、地域活性にも取り組む
取材場所の『まちの社員食堂』は、カヤック社員だけではなく、鎌倉で働く人たちが気軽に食事できるようにとの思いでスタート。IT企業の枠を超え、地域活性にも取り組む
――都心に住むPrecious世代からは、「外出自粛期間中は、ネットで湘南エリアや地方の物件を探していた」という声を何度か聞きました。実際、地方への移住を促進するカヤックのサービス「SMOUT」(※)を通じて、移住を検討している人も増えているそうですが、柳澤さんは20年近く鎌倉に住んでいらっしゃって、コロナ禍で新たに感じた魅力はありましたか?

東京は多様な魅力をもつ大都市ですが、どこでも働ける環境が整ってくると、優位性は薄れていきますよね。自分が住みたい場所に住む時代が来た、と感じています。住みたいと思える条件のひとつとして、食文化の充実があると思っています。昨年話題になったランキングでは、最も快いと感じることを聞かれて、日本人だけ「美味しいものを食べる」が1位だった。これは日本特有なのかもしれません。

食で幸せを感じるって、美味しいお店があるというだけでなく、豊かな食材が手に入るという点もある。鎌倉は地元の野菜をつかってBBQをしたり、家に招くホームパーティ文化があって、こだわりの食材も手に入る。自粛中も地元向けのお店は、ガイドラインを守りながらいろいろと工夫して営業されていて、ローカルの強さを感じましたね。地産地消ができるか、ここから出なくても楽しめるかどうか、街の強さがわかる期間でもあったと思います。

『まちの社員食堂』では、週替わりで地元の人気店が料理を提供。名店の味もリーズナブルに堪能できる。
『まちの社員食堂』では、週替わりで地元の人気店が料理を提供。名店の味もリーズナブルに堪能できる。
――コロナ禍を経て、プライベートでは何か変化はありましたか?

家庭的には新たな関係性ができました。大学生の子供がふたりいるのですが、一緒に話す機会もできましたし、コロナ禍がなければこの年代とずっと一緒にいるということもなかったなと。あとは料理を以前よりつくるようになりましたね。

――素敵ですね!でも、家族とはいえずっと一緒にいると、衝突したりしませんか?

それもまた進化だと思います。今までなかったことを経験できたな、と。

※『SMOUT』…サイト上でスキルや希望を登録すると、地域から移住のスカウトメールが届く。さまざまな地域のプロジェクトを検索でき、地域とつながる移住関連のオンラインイベントも開催。https://smout.jp/

ものの見方が自由になれば、どんなことが起きても楽しめる

世の中に「つくる人を増やす」ことで、社会に貢献することを経営理念としている柳澤大輔さん。地域に根ざした仕事を生み続けている。鎌倉でのお気に入りスポットは、建長寺。ひとりで、家族で、折々に訪れるのだそう
世の中に「つくる人を増やす」ことで、社会に貢献することを経営理念としている柳澤大輔さん。地域に根ざした仕事を生み続けている。鎌倉でのお気に入りスポットは、建長寺。ひとりで、家族で、折々に訪れるのだそう

 

――コロナ禍をきっかけに、これからの社会や暮らしのあり方を考え直した人も多いと思います。柳澤さんには未来はどのように見えていますか?

まだ幸せのためにできることはある。確実に未来は良くなっていくと思っています。今回のコロナ禍で子供たちに聞かれたんですよ。「パパが40年以上生きてきた中で、昔のほうが良かったと思えることって何がある?」と。考えたら、ひとつもないんですよね。人間がつくった仕組みやルールに関しては、相対的に見れば人道的になってきていて、おかしな方向には行っていない。反動でひずみも出てくるけど、3歩進んで2歩下がって前進している。

企業の例をあげるなら、Netflix は一定期間サービスを利用していない会員に継続を確認して、意思表示がなければお金を取らないことを発表しましたが、「騙されるほうが悪い」というようなことは倫理的になくなってきています。SDGsの取り組みも進んでいる。ただし、その速度が地球環境の傷みに対して間に合うのかどうかはわからないのですが。これまでGDPの増大だけを追ってきた影響が出ているのは確かなので。

――幸せのためにできること…という観点で思い当たるのが、カヤックでは「アイデアいっぱいの人は深刻化しない」をキーワードに、特にブレストを大事にされていますよね。ブレストで幸福度も上がるのでしょうか?

人は行き詰まっているとき、「もう打つ手がない」と思っているもの。でも、ブレストをするとものの見方が自由になるので、どんなことが起きても楽しめるようになっていきます。チームでやれば、みんなと仲良くなって幸せになれる。さらに今後、仕事がプロジェクト単位になっていくと、自分ひとりのトレーニングが重要になります。

個人的な対策としては、眼球運動も取り入れています。「EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)」というトラウマ治療の研究にも活用されているとか。なんだか調子が悪いとか、ちょっとネガティブなときに眼を動かしてから物事を考えると、フラットになりますね。脳が元気になる体感値があります。

――では最後に、柳澤さんご自身にとっての豊かさを教えてください。

継続と変化、でしょうか。何かをしつこくずっと続けていくことで自信になる。でも、変化していないとつまらなくて、意外性はあったほうがいい。その両方を味わい尽くして生きられたらいいですね。

 
リビング・シフト-面白法人カヤックが考える未来-
「働く」も「住む」も、もっと自由に面白く
どこでも働ける時代が到来し、若者を中心に東京から地方への流れが加速している今。「東京一極集中」から、「東京も選択肢のうちのひとつ」に。企業ではなく、「人」を中心とした生き方への思考の変化は、これまでの価値観をガラッと変えるパラダイム・シフトになりつつある。柳澤さんは、この大きな時代の流れを「リビング・シフト」と位置づけ、働き方・生き方・経済などがどのように変わってきたのかを考察。新しい時代に向けて、アタマを柔らかくしてくれるさまざまな事例と生き方のヒントが詰まっている。
『リビング・シフト』(KADOKAWA)
この記事の執筆者
1980年兵庫県神戸市出身。津田塾大学国際関係学科卒業後、2003年リクルートメディアコミュニケーションズ(現・リクルートコミュニケーションズ)入社。結婚情報誌のディレクターを経て、2010年独立。編集、ライターとして活動。インタビューをメインに、生き方、働き方、恋愛、結婚、映画、本、旅など幅広いテーマを担当。2008年より東京から鎌倉へ移り住む。ふたりと一匹(柴犬)暮らし。
PHOTO :
佐藤岳彦