12気筒エンジンという、もうそれだけで心が高ぶる心臓を持つ、フェラーリ「812 スーパーファスト」。モータースポーツのダイナミックな世界とつながった、この世界有数のカーブランドを象徴するフラッグシップは、乗る者すべてに甘い言葉をささやく。美しいスタイリングと荘厳なサウンドで……。

フェラーリにとっての12気筒とは

古典的なプロポーションながら、空力効果を発揮するディテールがアグレッシブな雰囲気を醸し出す。
古典的なプロポーションながら、空力効果を発揮するディテールがアグレッシブな雰囲気を醸し出す。
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横から見ると、ノーズの長さがよくわかる。
横から見ると、ノーズの長さがよくわかる。

フェラーリにとって“最強”を謳うのであれば12気筒エンジンは不可欠。そんな意見に誰も異論は無いはずである。1947年の「125S」に始まり、「250GT」、「365GT」、「250GTO」、「512BB」、日本人カーデザイナー、奥山清行氏による「エンツォ・フェラーリ」、「550マラネロ」などなど、それぞれの時代を象徴するモデルとして、必ず12気筒エンジンがラインアップされ、世界中で羨望の的になってきた。フェラーリにとって12気筒エンジンは、ブランドのDNAを継承するために必要不可欠な存在である。

そして現在、その役割を担っているのが、2017年に登場した「812 スーパーファスト」(以下、「812」)である。フェラーリ史上初めて800馬力を実現した、6.5リッターのV型12気筒エンジン搭載モデル。その名は800馬力の8と12気筒の12を合わせ812とし、さらに最強最速のFR(フロントエンジン/リアドライブ)であることから、スーパーファストと名乗っている。ターボ付きでもなく、最新のモーターアシストもない自然吸気エンジンで。

フェラーリはエンジンルームも美しい。キャビン寄りの奥まった位置にあるのがお分かりだろうか。
フェラーリはエンジンルームも美しい。キャビン寄りの奥まった位置にあるのがお分かりだろうか。

GT的素養も備えたパッケージング

風を切りながら抜けのいいサウンドを聴く気持ち良さは、フェラーリ最大の魅力。
風を切りながら抜けのいいサウンドを聴く気持ち良さは、フェラーリ最大の魅力。

スポーツカーの頂点にあるフェラーリ。王道の姿がそこにあるのかもしれないが、決して今風ではない。どんな一流ブランドでも、時代とのすりあわせや歩み寄りが求められる状況であるが、それでも12気筒自然吸気のFRを象徴として守り抜いている姿には、王者としての風格すら感じるのである。0~100km/hの加速はわずか2.9秒で、メーカーにいわせれば「走りに徹し、一般道でもサーキットでも胸のすくようなドライビングを楽しめる設計」となっている。まぁ、いわれなくても分かりますよ、と突っ込みたくなるのだが、ならずとも走りのパフォーマンスに何ら不安や不足を抱かないのはさすがにフェラーリの神通力である。

それにしても、長めのノーズに、フロントミッドシップ(車体の中心寄りに重量のあるエンジンを搭載する方式)のV12エンジンが収まるFRとしてのたたずまい。ボディサイドのエッジの多さには“空力の技”の様なものを読み取ることができるが、全体のフォルムはやはり美しい。ミッドにはミッドの美しさもあるが、やはりGTを標榜するなら、このロングノーズ、ショートデッキのFRデザインが収まりはいいと思う。

室内はまず、相変わらず体にピタリとくるシートの心地よさに感動させられる。サーキットでも存分に、といっている割にはガチガチのバケットシートではなく、むしろコンフォートといえるほどの快適さである。さらに、シート後方にはフラットなラゲッジスペースが確保されていることを確認したところで、「コイツはGTとしても使えるヤツなんだ」と改めて確認することになる。ちなみにリアハッチを開ければ、スーパースポーツには十分なほど実用的なトランクも用意されている。

1泊程度の旅道具なら難なく積める、十分な容量な荷室を備える。
1泊程度の旅道具なら難なく積める、十分な容量な荷室を備える。

強烈なトルクを存分に楽しむ

スマートなデザインのシート。それでもホールド性はしっかりしていて、体形を問わずフィットする。
スマートなデザインのシート。それでもホールド性はしっかりしていて、体形を問わずフィットする。

走り出すと、使いやすさの良さに少しばかり面食らう。自慢のV12エンジンの目覚めは、さすがに雄叫びが周囲を揺るがすのだが、すぐにアイドリングは落ち着き、低重音が心地よく響いてくる。走り出してみてその乗りやすさに少しばかり驚かされる。後輪操舵システムや電子制御デフ、シャープな切れ味の電動パワーステアリングなどの技術が、市街地でも快適に走ることを許してくれる。もはや街中でむやみに流れをリードしようとか、存在を主張しようとアクセルを煽ったりする気にすらならない。とても平和な「812」の一面を観ることができた。

しかし、高速に乗り、ワインディングを駆け抜けると、“らしさ”がどんどんとこちらに迫ってくる。アクセルをググッと踏み込み、追い越し体制に入れば、いい古された表現だが、官能的なサウンドを響かせながら一気にパスしていく。首都高速のトンネルに入れば、それほど必要なくともシフトダウンして、そのエグゾーストと、12気筒ならではのスムーズにして強烈なトルク感を楽しんでいる自分がいるのである。いつもながらフェラーリは、いや「812」はドライバーに潜んでいる攻撃性と、大人としての抑制を絶妙なバランスで引き出してくれるのだ。

覚悟して開けたいパンドラの箱

タコメーターを中央に配した、スポーツカーらしいレイアウト。右の説明書きが表示された部分は、カーナビのモニターでもある。
タコメーターを中央に配した、スポーツカーらしいレイアウト。右の説明書きが表示された部分は、カーナビのモニターでもある。
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少しぐらいやる気になっても、もちろん安心して乗っていることができるのだが、フェラーリは昔から、過信も許さない。少しばかり調子になっているとスポーツカーとしての厳しさを垣間見せ、ヒヤッとさせる技を心得ているのである。本当に甘く見てはいけない。それを思い知らされたのは、ステアリングホイールに装備され、5つの走行モードをワンタッチで選択、切り替え可能な「マネッティーノ」を試したときである。日常的にはスポーツでも十分であり、ふさわしいパフォーマンスを見せてくれ、速いことは美しいことだと、すぐに適正変換できるのである。ジェントリーに接すれば乗りやすい極上のGTとしての優しい顔を見せてくれ、ほとんど裏切られることはないだろうといいたいのだ。

だが、目の前に別世界へと誘うスイッチがあるとすれば、どうするか?「レース」とか「CSTオフ(全電子制御停止)」を試したくなるのは必然だ。だがそこは、あらゆるリスクを背負うことが求められる、別次元の領域。少しくらいの腕自慢でも安易に分け入ってはいけないような気もするし、個人的にも公道上で試すことを、あまりおすすめしたくない。

だが一方で、最後の12気筒とも噂されるエンジンの真実の姿を見るために、「マネッティーノ」に触れてみたくなる気持ちは十分に理解できる。速さの先にある、さらなる美しさとは果たしてどんな世界なのか? どうしても知りたくなるから、なんとも悩ましい、まさにパンドラの箱なのである。

【フェラーリ「812 スーパーファスト」】
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,657×1,971×1,276mm
車重:1,630kg
駆動方式:FR
トランスミッション:7速F1 DCT
V型12気筒DOHC 6,496cc
最高出力:588kw(800cv/8,500rpm)
最大トルク:718Nm/7,000rpm
価格:¥41,280,000〜(税込)

問い合わせ先

フェラーリ


 
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この記事の執筆者
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで「いかに乗り物のある生活を楽しむか」をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。