現役を貫くだけでなく、70歳を過ぎてもなお第一線で活躍し続けるキャリアたち。それぞれの分野の第一人者でもある4人にお伺いしました。本記事では生命誌研究家・中村桂子さんにお話を伺います。

中村 桂子さん(84歳)
生命誌研究家
(なかむら けいこ)理学博士、「JT生命誌研究館」名誉館長。生き物の歴史を読み解き、人間も自然の一部である観点から「生命誌」を創出。

ヒトが生き物として生きていく楽しさ。人間の感性と科学者の知識、両方を使って考えたい

「この世のすべての生き物は、38億年前に誕生したたったひとつの祖先から始まり、人間もその一員です」

中村さんは38億年という長い命の歴史を読み解き、自然の一部である人間がいかに生きるかを問う「生命誌」という新しい研究を行っている。本格的に始めたのは50代になってからだった。

「当時は55歳が定年だったころ。みなさんが引退を考える年に、私はようやく自立のスタートを切りました。もともと奥手なこともありますが(笑)、恩師はじめ周りには素敵な大人がいつもいて、私は安心して研究に没頭していればよかったんです。ですが、導き手の恩師が亡くなり、自分でやるしかない、今この研究をしなければと無我夢中で始めました」

中村さんが名誉館長を務める大阪にある「JT生命誌研究館」は、難しい科学の世界をだれにでもわかるように展示し生命誌の世界観を見せている。

著書多数。『あそぶ 12歳の生命誌』(藤原書店)、『「ふつうのおんなの子」のちから』(集英社クリエイティブ)、『科学者が人間であること』(岩波新書)。
著書多数。『あそぶ 12歳の生命誌』(藤原書店)、『「ふつうのおんなの子」のちから』(集英社クリエイティブ)、『科学者が人間であること』(岩波新書)。

「楽譜は音楽家が演奏して聴き手に伝わるように、科学の論文も、専門家だけでなく皆が理解するためにはそれを表現する必要がある。研究館は表現の場。来館者は『ここに来るとほっとする』という人が多く、そのことがとてもうれしいです」

今年5月からは、東京に事務所を構え少しゆっくり仕事をすると言う。

「残念ながら今の社会は、ますます生き物として生きることが難しいと感じます。手がかからない、思いどおりになるといった機械的なことに傾倒しすぎると、生き物としての自然な姿から離れてしまいます。時間や手間がかかっても、そこに想定外のおもしろさ、楽しみがあることを伝えたい」

東京大学大学院生物化学科時代の中村さん。初めての学会で発表する姿が初々しい。
東京大学大学院生物化学科時代の中村さん。初めての学会で発表する姿が初々しい。

中村さんの仕事年表

●24歳 東京大学理学部化学科卒業。その後、東京大学大学院生物化学科修了。

●28歳 国立予防衛生研究所研究員。

●35歳 三菱化成生命科学研究所に入所(のち人間・自然研究部長)、日本における「生命科学」創出に関わる。しかし生物を分子の機械と捉え、構造と機能の解明に終始する「生命科学」に疑問をもつようになる。

●57歳 生き物の歴史と関係を読み解く「生命誌」を創出、その構想を「JT生命誌研究館」として実現。副館長に就任。早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。

●66歳 「JT生命誌研究館」館長に。

PHOTO :
望月みちか
WRITING :
大庭典子
EDIT&WRITING :
喜多容子(Precious)