国際都市で、複数のビジネスと子育てを自分らしく楽しむための秘訣とは?

ニューヨーク州のグリニッジビレッジに暮らす、古野 佐和子さん。

ロンドンでの設計事務所勤務時代に立ち上げた、スタイリッシュなヘルメットのブランド「Sawako」のファウンダーです。同ブランドを国際展開するまでに育てあげ、この夏から人気の自転車ブランド「tokyobike(トーキョーバイク)」と組んで、キッズラインが日本に凱旋上陸を果たしました。

趣味_1
「Sawako」のヘルメット

最近になって、一時は離れていた建築の仕事にも復帰している彼女は、2008年にインド、パキスタンの血を引くイギリス人のご主人と国際結婚、ふたりの娘さんの母親でもあります。

東京、ロンドン、ニューヨークと複数の国際都市を行き来しながら、起業家・デザイナー・建築家・妻・母として暮らす生活圏内で起こった「Black lives matter(ブラック・ライブズ・マター)」にコロナ禍。さまざまな変化に古野さんは、どのように対応していったのでしょうか?

「キャリア編」と「ライフスタイル編」の2回に分けて、古野さんへのインタビューを通してそのヒントを探ります。第1回の本記事は、キャリア編。古野さんが現在の仕事に至るまでの経緯とともに、ニューヨークならではの考え方の違いや、意外な共通点もお楽しみください。

古野 佐和子さん
建築家・デザイナー
(ふるの さわこ)東京生まれ。ニューヨーク・グリニッジビレッジ在住。日常生活の中で自転車をお洒落に楽しみたい女性に向けて企画されたヘルメットブランド「Sawako」のファウンダー。ロンドンの設計事務所勤務後、国際結婚。現在はふたりの娘さんの母親でもあります。https://www.sawako.com/

「かぶりたいヘルメットがない!」ことが起業のきっかけに

趣味_2
シックでスタイリッシュだから被りたくなる! ファッションとしてのヘルメットという位置づけで人気を博す「Sawako」のヘルメット

日本の大学に在学中、日本の海外向け住宅開発のコンセプトが現地の文化を反映していないものが多かったことに疑問をもち、イギリスのオックスフォードにある大学院に建築文化人類学を学びに渡ったという古野さん。

「当初は2年くらいの修士コースを終えたら、勉強したことを日本に還元するためにも帰国するつもりでいました。

ですが、ロンドンにはイギリス人だけでなくスーダンやインドネシアなどからも優秀な人材が集まっており、その多民族社会という環境にとても衝撃を受け、不思議と自分にしっくりきていたのでロンドンの建築事務所で働き口を見つけ、滞在を延ばすことに。

建築士の仕事は楽しかったのですが、お給料はそんなによくはありませんでした(笑)。だからというわけではないのですが、環境のことを考える仕事でもあったので、私も含め自転車通勤をする同僚が多かったのです」

そんな生活が、古野さんを「ヘルメットづくり」に目覚めさせます。

「ヨーロッパは自転車がライフスタイルや交通機関の一環として定着しています。ロンドンでも自転車用のレーンが整備されてはいるのですが、車道を走る部分も多く、何度かヒヤっとする瞬間を経験しました。

安全のためにもヘルメットの必要性を感じて探し始めたところ、当時はスポーツ系のヘルメットしかお店には並んでいなくて。正直、ファッションを楽しんでいるひとりの女性として被りたいと思うデザインではありませんでした。『それなら自分でつくってみよう!』と試作に取りかかったのが始まりですね」

趣味_3
手仕事で仕上げるラグジュアリーなヘルメット
趣味_4
工場にて、右から2番目が古野さん。

「安全基準をパスするためにも、しっかりと工場でつくってもらうには、『最低ロットは100個から』という条件が。そこで、自分用以外の99個を売るべく、勉強してウェブサイトを立ち上げました。

そのサイトが、新しいブランドを発見する人気サイトに掲載されるやいなや問い合わせが殺到したので、起業することを決心したのです。

勤め先である建築事務所の上司が理解ある人だったので、仕事を辞めることなく、並行して取り組むことができました。だんだんと雑誌にも出る機会が増え、建築の仕事のお客さんに『雑誌に載っていたのを見たよ!』なんて言われることもありました」

趣味_5
多くのメディアに取り上げられている「Sawako」。 キャサリン妃の妹、ピッパ・ミドルトンもご愛用中

母のがん治療に、義父の死、結婚、妊娠、出産……。続く変化のなかでの「選択」

思いがけずふたつの仕事を手がけることになった古野さん。しかし、順調に思えたキャリアにも大きな分岐点が訪れます。

「建築士とブランドの運営で忙しくしていた折、東京に住む母がすい臓がんにかかり、日本との往復が始まりました。その間に義父の死や義母の病気、結婚、妊娠、母の死、出産と色々なことが続いたので、私自身いっぱいいっぱいになってしまい……。

建築は資格があるのでいつか戻れると思うけれど、ヘルメットブランドは自分が辞めたらここでストップしてしまうと考え、育児と自分のビジネスに数年没頭することにしました」

趣味_6
ロンドンでも大きな公園が多いエリアに住んでいた、ゆったりとした子育て時代。写真は娘さん

さらなるチャレンジを求め、家族でニューヨークへ移住

古野さんが自身の仕事を「Sawako」ひとつに絞ると決めたあと、家族でロンドンからニューヨークへ引っ越すという、もうひとつの大きな転機を迎えました。

「自営業の夫と、ロンドンでの心地よい暮らしのまま老後を迎えるという『想像ができすぎてつまらない未来』よりも、新しい挑戦をしようと、家族でニューヨークに渡ることにしました。結婚後の数年の忙しい最中に、義両親、両親ともに病気で亡くしたことも、私たち家族の背中を押した要因のひとつかもしれません。

親を亡くしたことで、生きている時間をどう過ごしたいか真剣に考えるきっかけになったとも言えます。悲しみとともに、ある種の身軽さをもって動けたという面もありました。

2、3年ニューヨークで頑張って、夫のビジネスの支部を立ち上げたらロンドンに帰るつもりでしたが、ニューヨークのエネルギーに魅了された私たちはすでに7年以上この町に住んでいます(笑)」

趣味_7
シェアバイク文化が追い風に。こちらはニューヨークのシティーバイク。

「ニューヨークもちょうどシティーバイクというシェア自転車のシステムが普及して自転車増えてきているときでしたので、私のビジネスもその波にのってアメリカで広がっていきました。

有名デパートブルーミングデールでイベントをやってもらったときは、『これはビジネスをやってきたいいマイルストーンだな』と思いましたね」

趣味_8
ブルーミングデールのディスプレイの前で

しなやかに心の声に従って、行動した結果としてのネクストキャリア

現在は、「Sawako」ヘルメットのオーナーとして、ブランドの商品開発、マーケティングを含めた多方面のマネージメントをしている古野さん。ほかのブランドとのコラボもありますが、やはり自分のブランドなのでさまざまな決断を、自分ですることがほとんどだそう。

「それと平行して、日本の建築や土地開発の企業が海外に前例視察するときのコーディネーターを、ここ数年で始めました。やはり日本と海外を結びつけるお仕事は楽しくて、最初は気楽に単発で引き受けたお仕事ですが、レギュラー化しています。

このお仕事のおかげで、素晴らしい建築を見たり、デザイナーさんたちの熱意に触れたりしているうちに、建築が懐かしくなっていました。そんな折に、友人からの紹介でニューヨークでの住宅建設のお仕事が入ってきて。

私はイギリスで建築士の免許をとっているので、アメリカの仕組みをまだまだ学ぶ部分もあるし、アメリカは単位がインチ、フィートとイギリスとは違うので心配もありましたが、とりあえず飛び込んでみて、情報のアンテナを伸ばしているうちにだんだんとペースがつかめてきているところです」

開発に3年を要したキッズヘルメットが、日本へ凱旋上陸

世界各国で話題を集めた「Sawako」のヘルメット。そして2020年夏、日本での発売がスタートすることになりました。新たに誕生したキッズヘルメットのラインが、人気自転車ブランド「トーキョーバイク」のショップにて展開されています。

「マンハッタンで子育てをしている際、子ども用のヘルメットにも意外とスタイリッシュなものがないことに気づき、キッズ用の商品開発に取り組むことになります。

ところが、安全基準のテストにパスするのは思ったより難しく、3年もかかりました。途中でくじけそうになったときも、アイデアを世の中に出すまでのプロセスを見せるのは、子どもたちにとってもすごくよい教育だと思い、最後まで諦めずに続けてきました。

その結果、今回こうしてキッズヘルメットを市場に出すことができるようになったのです。憧れのブランド、トーキョーバイクさんに日本市場を任せられることになり、本当に光栄です」

趣味_9
大人顔負けにスタイリッシュな「Sawako」のキッズラインのビジュアル
趣味_10
日本では、「トーキョーバイク」にてキッズヘルメットの取り扱いが始まったばかり

働く女性を応援してくれるサービスが充実したニューヨーク

ニューヨークならではの「働く環境」や、女性を取り巻く社会の状況についても教えていただきました。

「ニューヨークはフルタイムで働いているお母さんが多く、シッターさんシステムも、家政婦サービスもわりと手軽にお願いできます。仕事をしていない方も、自分のメンテナンスをすごく重視していて、特にワークアウトの文化は、ロンドンと比べてもずっと盛んです。そのため罪悪感なくヘルプを頼む家族が多いです。

そして、ママ友だちの間でも、働くことを心から応援しあう文化があります。フルタイムだろうと、パートタイムだろうと、主婦であろうと、お互いの選択を尊重して応援するのは、個人主義社会の恩恵かもしれません。

特に最近の女性差別問題、「Me Too」ムーブメントもあり、長いこと男性主導で続いてきた社会で女性主導の企業は、特にサポートされてきています。

私もコロナ直前までは、女性のみのコワーキングスペース「Wing Soho」に属して仕事をしていました。

優しい雰囲気の素敵なインテリアにブロー・ドライできるお化粧室、シャワールームやカフェなどもついているうえ、ほかのコワーキングスペースよりも安いという奇跡的な場所です。そのうえ、小さいお子さんがいる人には託児所もついているんです!」

便利な点が多くある一方、古野さんが苦労しているというのが、「シッター文化」についてだそう。

「日本と違って安全ではないので、子どもたちは10歳までは大人なしで外に行けないことがとても不便に感じます。地下鉄などを乗るときは10歳を超えていてもシッターさんをつけて送ったりする家庭が多いですね。

シッターさんに育てられている感じの子が多いのも事実。家族みたいに真剣に子育てしてくれるすばらしいシッターさんもいるのですが、残念ながら仕事と割り切っている人もちらほら見られます。

そしてそういう割り切った態度の大人に対して、見下したような態度をとる子どももいたりするのは、日本で育った私としては正直癇に障るときもあります(苦笑)」

コロナで外部サポートが閉じた今、母親業と仕事の両立の大変さを再実感

世界的に多大な影響を及ぼしている新型コロナウイルス。ニューヨークの状況も数多く報道されていますが、実際に暮らしている古野さんが感じている生活の変化とはどのようなものでしょうか?

「コロナ危機になってから素敵なコワーキングスペースも閉まり、家からの仕事になりました。もともと我が家の育児は、アメリカで自分のビジネスを立ち上げている夫よりも私の方がほとんどやってきました。

それでもシッターさんや家政婦さんをパートタイムで雇うことでバランスをとりながら仕事ができていましたが、そういう外からのヘルプがなくなって、主婦というのはいかに大変な仕事か、そしてその上で仕事をすることがどれほど難しいのかという事実を、再度実感しています。

我が家だけでなく私の友人の共働き家庭でも、旦那さんのほうのお給料が多い場合、オンライン教育など慣れない学校とのやり取りは、結局ママ同士でやることが多く、女性の方が仕事を妥協しなくてはいけない現実があると聞きます。

歴史を見ても、パンデミックが起こるたびに、女性の社会進出が後退するという事実があるそうです」

趣味_11
撮影のスタイリングをする佐和子さん

ラグジュアリーなヘルメットを手に、颯爽と仕事をする。そんな女性が増えてほしいという願い

最後に、古野さんが「Sawako」のヘルメットに託している想いをうかがいました。

「ミーティングに参加するときに手にしている持ち物って、さりげなく自分のアイデンティティを語ってくれているものですよね。

実はコロナ禍が起こってから、自転車をエクササイズや通勤に使う人が増えてきたおかげで、『Sawako』自体は、今までよりも倍以上の売り上げになっています。

自転車通勤は、健康にも環境にも優しく、そういったことにも配慮できる女性だということを、ラグジュアリーなヘルメットでさりげなくアピールしていただければ嬉しいです」


いかがでしたでしょうか? 女性用のヘルメットのラインは、まだ日本でのパートナーを探し中とのこと。パワフルなニューヨークや、歴史あるロンドンの街並みを彩るラグジュアリーなヘルメットを試してみたくなりました。

インタビューを通して気づいたのは、古野さんの「自分の心に向き合う真摯な姿勢」と「行動力」の両輪が、彼女をパワフルに突き動かしている源だということでした。

変化を受け入れ、優先順位をつけて選択して動く「行動力」、選択できなかったほうの選択肢も「タイミングを待ち再び動く」。その姿勢は控えめでありながらも、しなやかで賢く、野に咲く花のような強さを感じました。

明日公開する【後編】では、コロナ禍中に起こった人種差別に対する抗議デモ(「ブラック・ライブズ・マター」)についてなど、ニューヨークに暮らす古野さんの生活についてご紹介します。

関連記事

この記事の執筆者
イデーに5年間(1997年~2002年)所属し、定番家具の開発や「東京デザイナーズブロック2001」の実行委員長、ロンドン・ミラノ・NYで発表されたブランド「SPUTNIK」の立ち上げに関わる。 2012年より「Design life with kids interior workshop」主宰。モンテッソーリ教育の視点を取り入れた、自身デザインの、“時計の読めない子が読みたくなる”アナログ時計『fun pun clock(ふんぷんクロック)』が、グッドデザイン賞2017を受賞。現在は、フリーランスのデザイナー・インテリアエディターとして「豊かな暮らし」について、プロダクトやコーディネート、ライティングを通して情報発信をしている。
公式サイト:YOKODOBASHI.COM