宝塚歌劇団・月組のトップスターとして活躍し、2016年に退団。現在は女優、アーティストとして活動する龍 真咲さん。宝塚時代には、男役でありながら名作『風と共に去りぬ』のスカーレットを魅力的に演じて話題となりました。

そしてこの夏、作家の林真理子さんが同作のリメーク版『私はスカーレット』の連載を、文芸誌『きらら』(小学館刊)で開始することが話題になっています。これを記念して、龍 真咲さんのスペシャルインタビューが実現! 運命を変えた『風と共に去りぬ』の思い出から、キャリアへの思いまでお話をうかがいました。

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『風と共に去りぬ』が拓いた、宝塚への道

龍 真咲さん
龍 真咲さん
――龍さんがタカラジェンヌを目指したきっかけは、小学生のときに観劇された宝塚の『風と共に去りぬ』だったとか。
はい。子供だったので話の筋はよく理解していなかったのですが、とにかく華やかでかっこよくて、しかも男性に見える人まで全員女性で。驚きと疑問がいっぱいで、帰りの電車では「もう私ここに入る!」と母に宣言していたみたいです。
――いつかは、ご自身で演じたいと思っていたのでしょうか?
いえいえ! 実際に宝塚に入ったらやるべきことが本当にたくさんあって、追われるように過ぎていく毎日で。下級生のときは自分から「あれがやりたい」と思うこともほとんどなかったですね。
――『風と共に去りぬ』は今なお愛される80年以上前の作品。主人公のスカーレットは、女性が淑女であることを求められた保守的な時代に、野心を抱えた奔放な女性として描かれています。スカーレットを演じられて、龍さんは彼女のどんなところに魅力を感じましたか?
ひとりの女性としてどう生き抜くか、というスタイルを貫いていく人。自信に満ちていて、自分自身とタラの土地にかける思いの強さが表れているんだなと思います。でも、「明日は明日の風が吹く」なんて、なかなか言えない言葉ですよね。ほかの人々が無理だろうと思うことを成し遂げていきますが、実際は、南北戦争を経験してたくさんのものを失い、極限に追い込まれながら決断の連続だった。彼女の選択は自由で現代的に見えても、生き様というのはその過酷な状況に直面したからこそ出るんだろうなと。
――作中で多くの女性が家庭を支える役割を担う中、スカーレットは現代で言うキャリアウーマンですよね。
すごく強引ですよね。他の人が綿花畑で農作業をしているのに、それを屋敷の中から眺めているような人ですから(笑)。ただ、あの時代にお金を貸す事業を始めたのは画期的だし、刑務所から人を引っ張ってきて働き手にしたり、すごい発想だなと。法律も整っていない時代、戦争でゼロからつくっていなかなければいけないときに、人間が発するエネルギーの強さを感じました。
――既存の枠にとらわれないという部分では、龍さんと通じるところはありますか?
宝塚時代に実感したのは、枠をつくってしまうとがんじがらめになって飛び出せないということ。でも、役や作品によっては、世界が広がりすぎると突き詰めることができなくなってしまうんですね。既存の枠ではなく、自分なりに設定した枠を大切にしていた時期もあります。でも、考えに考え抜いてつくり込む時期は、去年までで終わりかな。今は、つくり込んでしまうと嘘をついている感じになってしまうというか。自然体で気持ちよくいられる状況を大事にしたいなと考えています。

人生はセカンドキャリアでは終わらない

――以前はつくり込んでいた…というのは、やはり宝塚のトップスターという立場があったからなのでしょうか。
そうですね。自分の方向性を確立するためでもあったのですが、ベースとなる誓いをもつというか。
――その時期を経て、セカンドキャリアに進まれたのですね。働く女性からは、30代後半から40代にかけて、20年近く仕事をしてきたけど「このままでいいのか」「別の道があるんじゃないか」と考えて迷う…という声も聞きます。
私も最近考えることがあります。人生100年時代、あと数十年で平均寿命が100歳以上になるという説もありますよね。そんなに生きるのかな、って(笑)。でもだとすると、セカンドキャリア、セカンドライフを考えているだけでは足りない。私の周りで30代半ばの人たちに話を聞くと、15年くらい勤めて、ここからは定年超えくらいまでにできること、またその次にできること…と人生プランを立てている人が多いんです。だれしも第1の切り替えは大きく見がちだと思うんですが、長い人生でまだまだ切り替えの時期はやって来る。あまり身構えるより、その先を見据えていたほうがいいんだろうなとすごく思うんですね。
今思うと私の場合は、「宝塚で何が何でもトップスターになりたい」というところを目標にやってきたわけではありませんでしたが、ありがたいことに、その立場にいさせていただいて今があります。ただ、宝塚ですべてが完成するわけでなく、むしろ辞めると同時にリセットされるというか。私にとっては宝塚での経験は、自分自身のベースや、幼いころからの人格を形成してくれたというほうが大きいです。

休んだら、死んでしまう気がしていた

「年中舞台に立っていた生活から、急にお休みがある日常になって、最初は何していいかわかりませんでした」
「年中舞台に立っていた生活から、急にお休みがある日常になって、最初は何していいかわかりませんでした」
――卒業してからの変化は、どのように感じていらっしゃいますか?
たとえるなら…「戦場に行って帰ってきた」みたいなところがあるんです。退団してやっと母国に帰って来たような。今の時代、学校のかけっこでも順位をつけなかったりする中で、宝塚は常に人と比較される明らかな競争社会です。しっかりとした上下関係もあり、精神も体力も鍛えられて戦ってきた。これから何かをやっていく大事な基盤をつくってもらった感覚です。最近、やっと社会が見え始めた感じですね。
年中舞台に立っていた生活から、急にお休みがある日常になって、最初は何していいかわかりませんでした。休んだら死んでしまうような気がしていて。サメやマグロみたいに(笑)。タカラジェンヌって辞めた瞬間に、体調を崩す人が多いとも聞いていて…。疲れがどっと出てしまったり、生活リズムも急に変わったり、体を動かさなくなるので。ありがたいことにそれはないので、ちゃんとバランスを保てているのかなとは思うのですが。やはりずっと分刻みで生きていたので、「ゆっくりするってなんだっけ?」って(笑)。最近ようやくひとり何もしないで一日家にいる…ということができるようになってきました。足踏みする時間もきっと大切なんですよね。
――辞めてから挑戦してみたことは?
笑われるかもしれないのですが、電車に乗ることが苦手だったので、電車に乗ってみたり、バスを乗り継いでみたり、ひとりで旅に出かけたり。宝塚時代は自宅と劇場の往復という日々で、周りの景色を見て季節を感じることもなくて。当たり前のことなんですが、時間がなくて人任せにしていた部分を自分でやって、それが新鮮で楽しいです。バリバリ働き続けている同世代の女性の方って、毎朝早くから通勤して忙しくしていても、習い事や学びの時間もちゃんとつくっていて、尊敬しますね。
――これまで、龍さんが影響を受けた人や言葉をうかがってみたいです。
宝塚版『風と共に去りぬ』の演出家の方が、舞台というものをどういうふうに心得るか、いつも心に留めておいてほしいと言われたことがあります。「一歩出たら自信をもつけれど、袖に入ったら毎日反省しなさい。それの繰り返しだ」と。それはグッと突き刺さったというか、今でも大切にしています。忙しさにかまけて忘れてしまいそうな瞬間がある。でも、それができなくなったら終わりだなと。

宝塚という「戦場」で強くなれた

――アーティストでもビジネスの世界でも、「トップというものは孤独」という言葉を聞くことがあります。龍さんは、いかがでしたか?
私自身は、あまり孤独は感じなかったんです。というのも、ずっと月組で組替えもなかったので、上の人も下の人も私のいいところも悪いところも知ってくれていて。ある意味、周りに甘えられた部分があるんじゃないかと。たとえば、何かを相談するというときも、その時点ではすでに答えは決まっていたような気がします。決断の背中を押してもらうために相談するというか。新しいことに挑戦するときって、リスクはあまり見ないようにしようとするけれど、客観的に見てくださる人には、事前に「こうしようと思っている」と伝えることもありましたね。
ただ、自分をしっかりもって、芯がないとタカラジェンヌではいられない気がするので、タカラジェンヌに出会ったら、みなさん要注意です(笑)。けっこう強いです。
――(笑)。強いからこそ、私たちは惹きつけられるんじゃないでしょうか。
みんな、お掃除などの下積みから始めて、日常では立つ姿勢やお辞儀の角度も決まっている。規律もしっかりしていますし、協調性も鍛えられます。現代の軍隊といってもおかしくないような環境。でも、そうでないときっと100年以上も続かないと思いますね。
――Precious.jpを読んでくださっている女性の方の中には、管理職の方も多くいます。強くいなくては…と思うと日ごろは気軽にグチも弱音も吐けず、世代間ギャップも悩ましいところです。
宝塚の組にも、管理職がいるんです。負担がすごく大きいので、トップより大変なんじゃないかなと思うくらい。人に対して意見や指導することって、褒めるよりもすごくエネルギーを使うから、正直言いたくないですよね。それでも、困難なことに目をつむるのではなく、立ち向かえる体制ってすごく大事だと思います。
私たちの世代はいわゆる「お局様」と言われる立場になってきていますよね。宝塚にいたときは、30代も20代も、そして10代も一緒にいるので、そこで何かを伝えるには言葉じゃなくて、姿勢だなと思っていました。会社や組織の中では、みなさんが新世代にどう対応しているのか気になります。私も教えていただきたいですね。
昔だと「先輩の背中を見て育つ」が正しい近道だと思っていたけど、私が学生時代よりは、今は本当にいろいろな情報源があって、その中でどれだけ余計な考えを切り捨てられるかが大事だと聞いたことがあって。若い人には、何を捨てて何を得られるのか、先に判断しないと生きるのが難しい世の中なのかな…と思ったりもしています。

自分のベクトルだけで世界を見ない

「自分はできるだけわかりやすくいたいし、ナチュラルでいられたらと思います」
「自分はできるだけわかりやすくいたいし、ナチュラルでいられたらと思います」
――今、初めての現場でお仕事される機会が増えていると思いますが、コミュニケーションで気をつけていらっしゃることはありますか?
正直、芸能界って本音がわからないですよね(笑)。その中で、自分はできるだけわかりやすくいたいし、ナチュラルでいられたらと思います。わざとつくり込んでいくのはやめようと。素直すぎてもよくないと言われますが、いいのか悪いのかはこれから研究していきます。
――もしかすると、龍さんに対して「宝塚のトップスターだ!」と構える方もいるかもしれませんね。
それはありますね。すごいと讃えてくださることはもちろんありがたいのですが、自分にとってはもう過去なんですね。新しいことをしようとしているので、感謝はしているけれど、イメージにとらわれないようにしています。
特殊な世界にいたので、自分のベクトルだけで物事を見ていると世の中から疎外されてしまうんじゃないかなと。今公演中のミュージカル『1789-バスティーユの恋人たち-』では、大勢の人と組みながらカンパニーでミュージカルをつくっていますが、いろんな人がいて十人十色の感性がぶつかりあって、それが魅力になって相乗効果を生み出すんだなとすごく感じます。同じ目標に向かっていけたら、個性がバラバラでも絶対うまくいくんだと確信できましたし、自分とは違う人たちの思考を、気軽に受け止められるようになったかな。
宝塚を卒業してからは、この『1789』のために頑張ってきました。体当たりでつくっていく中で、技術的には「これで本当に舞台に上がれるのかな」と、どうレッスンしてどう役の心を育てていいのか、答えの出ない時期もありましたね。でも、それを自分がひとまず納得するところまでもってこれた過程は、自信や次のステップにつながる。素直に自分自身を受け止めたいなと思っています。
――8月11日には、ローマ・イタリア管弦楽団とのコラボコンサートも予定されていますね。
オーケストラのよさが生きる楽曲を準備しています。お客様に感動して興奮するような感覚を味わっていただきたいですね。私も宝塚時代の公演は毎回オーケストラと一緒だったので、久しぶりにその躍動感を感じて心を震わせられるのが、楽しみでもあります。
歌の活動は自分がやりたいと思っても、「聴きたい」と思ってくださる方がいないと、成立しないお仕事。そう思っていただけるように、一回一回ファンの方とのレスポンスをし合うことを意識して、積み重ねていきたいです。
――最後に、これから挑戦してみたいことはありますか?
私は明確に何か目標をもってやっていくタイプではなくて、人のご縁でつながってきました。先輩方が進むような王道では生きていけない気がするので、自分なりの道を見つけていきたいですね。
変な近道をして獣に出遭うよりは、遠回りでも自分の信じる道を一歩ずつ着実に踏みしめて行くほうが、自分の性に合っているんだなと感じています。

■出演作品紹介

『1789 -バスティーユの恋人たち-』
福岡公演
フランス革命に翻弄(ほんろう)される男女の姿を描いたミュージカル。龍さんが、強くしなやかなマリー・アントワネットをWキャストで演じる。
公演期間:2018年7月3日(火)〜7月30日(月) 場所:博多座
Photo by Leslie Kee
帝国劇場『1789 -バスティーユの恋人たち-』
Kalafina“Wakana”・龍 真咲シンフォニーコンサート
with ローマ・イタリア管弦楽団
本場のフルオーケストラが奏でる迫力のライブ!
日時:2018年8月11日(土・祝) 開場15:00 開演16:00 場所:東京オペラシティ コンサートホール 全席指定、¥8,500(税込)
Photo by Leslie Kee
龍 真咲オフィシャルサイト
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
PHOTO :
浅野 剛
WRITING :
佐藤久美子