ミシュランスターを獲得!「伝統の継承」と「革新」に挑戦する7代目女将

「お茶・書・お花・英語、そして人と話すこと。好きなことを仕事にして自分自身が楽しんでいます」──。公私混同の人生を送っていると苦笑しながらも、お客様の反応が何よりもうれしいと語ってくれた、京都・東山にある料亭「京大和」の7代目女将であり、代表取締役の阪口順子(さかぐちじゅんこ)さん。

2019年10月にはリニューアルオープンに合わせ、敷地内に「パーク ハイアット  京都」が開業、京の老舗料亭の「伝統と革新」にしなやかに挑戦してきました。

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京都の老舗料亭「京大和」7代目女将、代表取締役の阪口順子さん

幼いときから、「京大和」の発祥となった、実家が経営する「北乃大和屋」(現在は閉店)に出入りし、美味しいものに触れ、その世界を自分の道として漠然と意識していたと言う阪口さん。成城大学の短大を卒業後、同店に入社し経験を積み、20代最後の年に米国・プロヴィデンスのジョンソン&ウェールズ大学ホスピタリティー学部レストランマネージメント学科に留学。レストラン経営を学びました。

帰国後は、若女将として5年ほどキャリアを積んだのち、2017年に「京大和」の7代目女将に着任。2021年度版ミシュランガイドで、「京大和」は一つ星を獲得しました。

それでは早速、「パーク ハイアット 京都」を敷地内に招き、新たな一歩を踏み出した「京大和」の阪口さんに伺った、キャリアに関するエトセトラをご覧ください。

「京大和」7代目女将・代表取締役 阪口順子さんへ10の質問

──Q1:最初に就いた仕事は?

「大阪・梅田で生まれ育ち、姉と兄が東京に住んでいたので、追いかけるように東京の短大に進学しました。卒業後はすぐに実家である『北乃大和屋』のグランヴィア大阪内の支店(現在は閉店)で働き始めました。

その後、20代が終わる前に何かしたい!というのが当時の私のなかにありまして、米国留学を決意。大学ではしっかり本業を勉強すべくホスピタリティマネジメント学部を選択しました」

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留学時代を過ごしたロードアイランド州プロヴィデンスの街並み
──Q2:女将に着任した経緯は?

「帰国後は、母が女将をしていた京大和で若女将に。2017年5月に母が他界し、そのあとを引き継ぎました。きょうだいのなかでも私だけ、小さいときからお店にお皿拭きのアルバイトしたり、しょっちゅう遊びに行っていたんですよね。そんな自然な流れで女将に。

絵を観るのが好きなのでキュレーターとか、旅行が好きなのと身長があるので高いところの荷物に手が届くので(笑)、いまの仕事についてなければ、CAさんにも興味ありました。旅行は、『美術館、グルメ、建物探訪』が私にとって三大要素なんです。2019年のリニューアルで、竹中工務店と組ませていただいた経験から、さらに建築に興味が湧きました」

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江戸末期には桂小五郎、井上馨、久坂玄端ら各藩志士代表者の集まる「翠紅館会議」が催された京大和の建物は、京都市の保護建造物です。

仕事場は明治維新の舞台!3社で日々連携

──Q3:現職の内容は?

月に数回、パーク ハイアット 京都の総支配人マーク・デ・リュヴァークさんや竹中工務店さんと会議を持っています。特にハイアットさんとはお客様の情報なども共有し日々密に連携していますね。

朝10時に出社するとすぐに、すべての部屋のお花を私自身で生けます。庭の花を切りにいって飾ることもよくあります。

昼と夜の営業があるのでそれぞれ打ち合わせがあり、夜の営業後は翌日の準備まで終えて帰宅します。帰宅は毎日10時半くらいです」

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幕末の頃、桂小五郎らが集まり会合を開いたと伝わる「送陽亭」

人生最大のチャレンジ!父がのこしたリニューアルプロジェクト

──Q4:キャリアのなかでもっとも大きかったチャレンジは?

「準備の最中に母が他界したこともあり、2019年のリニューアルオープニングは大きかったです。実は、ワンマンだった父が、このプロジェクトを決めた直後に急に亡くなりました。状況が落ち着いたころに、竹中工務店が『実はこういうプロジェクトの話をさせていただいていたので、今後は女将さんとお嬢さんと続きの話をさせてください』と言われまして。もう、びっくり!

ホテルができる、しかもうちの敷地に…!と。でもよく話を聞いたところ、建屋は残し営業もできて、庭も残って、その周りにホテルができるというので『だったらいい話だね』、ということになりました。

以前のお店は大きな宴会場があり、このリニューアルでなくなってしまいましたが、今となればコロナの影響で大きな宴会はほとんどないので、経営的にもタイミングがよかったかもしれません。

ただ、プロジェクトの途中で母まで亡くなってしまって…。もちろん従業員たちがみんなで助けてくれましたが、母が何でもできる人だったので、戸惑いました。全責任や大きな決断も急に私に降りかかってきて…、これが人生最大のチャレンジでした」

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2019年、京大和の敷地内にオープンした「パーク ハイアット  京都」

「大きな契約は済んでいましたが、細かいものはまだだったので、竹中さんとハイアットさんとプロジェクトの進め方をずっと会議しながら、私が京大和に関しては最終決定をしていきました。

2019年10月29日にオープニングパーティーを行い、30日に開業したのですが、それらの準備も三社合同でやりました。取材の方もたくさん来ていただいて盛大に華やかに、30日の朝はテープカットもして…それらが無事に終わってホッとしました。自分にとってこんな経験は今後もないだろうと。

3年ほどかかったプロジェクトでしたが、引越しだけでも何か月もかかりました。私もジャージを着て、奮闘したんですよ(笑)」

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2019年10月30日に開業、テープカットの様子。左からハイアット ホテルズ コーポレーションのアジアパシフィック担当グループプレジデント デイビッド・ユデルさん、株式会社 竹中工務店 取締役名誉会長 竹中統一さん、株式会社 京大和 代表取締役 阪口順子さん、ハイアット ホテルズ コーポレーション取締役会エグゼクティブチェアマン トーマス・プリツカーさん、パーク ハイアット 京都 総支配人 マーク・デ・リューヴァークさん

語学に長けていた母の影響も。国際性を経営に活用

──Q5:成功の秘訣は?

「大きな決断の前には、最終的には自分で決めるんですが『母だったらどうするかな?』と想像します。一緒に仕事をしていたときは意見がぶつかることもありましたが、今振り返ると彼女の経験には勝てないし、やっぱり母の言っていたことは正しかった、と思うことも多々あります。

母は東京女子大の英文科を卒業後、アメリカ大使館で通訳をしていたんです。結婚して関西の料亭の女将になったのですが、実家が『濱田家』という日本橋・人形町の料亭だったので、この業界は幼いころから親しんでいたんですよね。ただ、まるで海外に来るように世界が違った、と話していました(笑)

アテネフランセでフランス語も学び、シラク元大統領がいらした際は、フランス語で解説し喜んでいただいたのだとか」

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左から 阪口順子さん、京大和 6代目女将 阪口恵子さん

「世界中からお客様もいらっしゃいますし、語学に長けているとこの仕事に役立ちますよね。母はそんなグローバルな視点で経営を考えていたかもしれないので、彼女に影響を受けたところがあります。母のすすめもあって留学した際は、リニューアルのプロジェクトなんてもちろんなかったのですが、英語を話せるおかげでホテル側とのやりとりも直接できてスムーズです。今振り返ると、すべてがつながっているな、と感じています

──Q6:挑戦することへの恐怖を感じた際、どう乗り越えますか?

従業員やそのご家族を思い、もうやるしかないと腹を据えます。あと、何が起きても自分で責任を取る覚悟でやることです。

ホテルの朝食をうちでやるかどうか決める際、昼と夜営業のほかに朝も入ると拘束時間が長くなると、私以外の従業員は反対しました。でも私は朝食をやることによって安定収入が入ることに期待しました。固定数の確約などをホテル側にお願いして導入したところ、結果的に経営はすごく助かった、なんてことも。

挑戦する際、結果は賭けになることもありますが、他の人の意見も聞いた上で自分を信じ、自分がそのとき最善と思ったほうを選びます

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パーク ハイアット 京都で提供される、京大和の和朝食
──Q7:現職で最も気に入っている点は?

「自分の好きなことを仕事で使える点でしょうか。字を書くことが好きなのですが、献立を書いたり、お礼状を書いたりお花は見るのもいけるのも好きです。

書道は日比野実先生に師事し七段、お花は池坊の三浦大生先生のところに師事し数年ですが、最近皆伝を頂きました。お茶は中学・高校の6年間茶道部に所属しており、現在は裏千家の名誉師範、多門宗粒先生に師事しています。母は多門先生のお母様からお茶を習っており、二世代に渡ってお世話になっております」

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お茶の稽古風景。多門先生と阪口さん。

「英語も海外の方がみえたら使えますし、好きなことがすぐ仕事に活かせるのが気に入っています。人と話すことが好きなので、色んな人がみえて、お話をうかがうのもすごく楽しいです」

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お座敷で仕事中の阪口さん

ニューノーマルのマスクに奮闘、笑顔はオーバーなくらいに

──Q8:職場の女性の働く環境は整っていますか?

「若い人が少ないので出産や育児休暇をとられる方がいないのですが、一度退職された方が戻っていらしたり、体制は柔軟です。男性が多かった調理場も最近は女性が入るようになりましたし、(ジェンダーレスな対応に)特に制約はありません。海外から来た留学生を受け入れたりしたこともあります」

──Q9:コロナで変わったことはありますか?

「各所にアルコールを置いております。また、ふたりでいらしたお客様はテーブルに斜め向かい合わせで座っていただいたり、配席が変わりました。従業員は毎日の検温やうがいが習慣となりました。

マスクで顔の大半が隠れているので、お客様がどなたか分かりにくいことも…。こちらの表情もわからないですよね。笑顔のときはオーバーに笑うようにしています(笑) 口が動いているのが見えないのと、声がこもるので聞き取りづらく、接客業なのにコミュニケーションが難しくなりました」

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季節を満喫できる、京大和の美しい料理

人生公私混同!ささやかな喜びが次のモチベーションに

──Q10:働く女性にアドバイスはありますか?

自分が楽しむことが一番、と思います。私の仕事は休日も少なく、プライベートとの区切りがつけにくいですが、『人生公私混同』(笑)、旅先でいいものを見つけたらお店にどうかな、なんて常に頭から仕事が離れることがないんですよ。

私が一番うれしいのは、お客様の反応です。さらっと流されていくことは多々ありますが、気付いていただけるとうれしくて。先日も喜寿のお祝いでいらしていたお客様に『長命富貴』の、塗りの素敵なお椀をお出ししたら『今日のテーマに合っていて素敵!』と喜んでくださって…。ご予約の際にオケージョンを聞くようにして、何かできないか、いつも考えています。

ささやかなことでも仕事に喜びが見出せたら、次へのモチベーションになりますよね


以上、京大和 7代目女将・代表取締役の阪口順子さんにうかがった、キャリアについての10の質問でした。

明日公開の【ライフスタイル篇】では、ヘアスタイルの秘密やワークライフバランスのとりかた、和文化に親しむお稽古など、キャリア女性的プライベートについて、Precious.jpに語ってくださいます。どうぞお楽しみに!

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この記事の執筆者
立教大学法学部卒。ドイツメーカーにパーチェイサーとして勤務後、2009年に渡米し音楽修行。ジュリアード音楽院、マネス音楽院にて研鑽を積む傍ら、2014年ライターデビュー。2018年春に帰国し、英語で学ぶ音楽教室「epiphany piano studio(エピファニーピアノスタジオ)」主宰。ライターとしては、ウェブメディアを中心にファッション、トレンド、フェミニズムや音楽について執筆している。
公式サイト:epiphany piano studio