お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介さんが、初の小説『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を上梓しました。「初めて自分のすべてをさらけ出した」という渾身の一冊です。

福徳さんは今年9月にご結婚を発表され、さらに「キングオブコント2020」では13回目の挑戦にしてついに優勝。いま波に乗る彼に、小説のことから私生活のことまであれこれ伺いました。前後編2回に分けて紹介。

前編では、初の小説となる『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の執筆秘話を伺いました。

【前編】『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』執筆秘話。芸人が繰り出す金言・格言の嵐!

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福徳秀介さん

小説『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、関西大学2年生の小西が主人公。友人といえば同じ学部の山根ただ一人という彼は、2年生になっても入学前に憧れていた大学生活には程遠い、冴えない毎日を送っています。一人でキャンパスを歩くときは周りの目を避けるように日傘をさして歩く始末です。

そんなある日、小西は大教室の授業が終わるや自分よりも先に堂々と一人で教室を後にする女子を見かけます。

「あいつは一人や」という視線を避けるのに必死な自分とは大違いです。小西はだんだん彼女、桜田花が気になり始め、やっとの思いで声を掛けます。

初デートにも成功し、これから楽しい大学生活が始まると思っていたのですが……。

——恋愛小説だと思って読み始めたら、それにとどまらない死にも対峙する青春小説のようでした。書き始めた時と出来上がったものは全然違う内容になったそうですね。

福徳:そうなんです。僕はプロットを考えるのが根本的に苦手で。とりあえず書いてみないと自分でもどうなるかわからない。書かんことには書き進められないタイプです。

それで最初は辻褄合わないところがいっぱいありました。ぶわーっと書いては読み直して、矛盾点があるなと思ったらそこをちょいちょい直していく。1箇所直すと今度は違うところがおかしくなるからまたそこを直して……。むちゃくちゃ手間がかかるから「あぁ、もう(編集者に)提出しよう」の繰り返し。編集者から「1000本ノックを覚悟してください」と言われるほど改稿を重ねました(笑)。

今の形になったのは、10回目くらいになります。7、8回目の時にざっくり半分、約6万字分を削除したんです。

そこで内容がガラリと変わりました。最初の時と比べると、原型で残った部分は5%くらい。最初はコテコテの恋愛小説だったんですが、ざっくり削除した後は、僕が人生で経験したもっともつらかった出来事と向かい合うことになりました。

——その人生で一番つらかったことを具体的に教えていただけますか。

福徳 :僕は父親を高校1年生の秋に交通事故で亡くしました。編集者と話をしていくなかで、自分にとって父親の死がどれほどつらかったか蘇ってきたんです。そういう経験を思い切って書いてみました。と言っても、「思い切って」という感覚はなくて、気づいたら書いていた、という感じです。

だから、書き終わった後に逆に恥ずかしくなって「果たしてこんなん書いて良かったのかな」って悩んだくらいでした。編集者に「すごく良くなりました」と褒められて「え、そうですか」という感じです(笑)。

実は、僕は登場人物が死ぬ小説を読むと、作者もそういう経験をしているのかなと調べるんですよ。これまでの経験では、大体半々くらい。僕は実際に(身近な人の死を)経験した人の小説のほうが腑に落ちることが多かった。それで、僕も父の死を経験したからこそ小説に書いてもいいのかな、と思ったんです。

小説には実際の経験そのままを書いたわけではないんですけど、僕がもしこの登場人物やったらこうなるな、という意味での自分の「まんま」を書きました。例えば、小説に(ヒロインの)花ちゃんが湯飲みを投げつけるシーンがありますが、僕自身もたった一つの湯呑みが「猛烈に怖くなる」という気持ちがすごくわかる立場になったことがあります。

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福徳秀介さん

——本書にはたくさんの名言や金言が出てきます。笑いを産み出す芸人さんの言葉へのこだわりを改めて感じました。例えば、タイトルになっている「今日の空は今日しか見られないんやで」や「背中が素敵な男になりなさい」、「一生消えない悲しみは、一生の励みになる」「本当の笑顔は心の筋肉を使うからどこも痛くならへんよ。ほっぺたが痛いときは無理してる証拠やから」……とか。こうした言葉はすべてご自身で考えた言葉なのですか?

福徳:はい、全部自分で考えました。僕自身、書いていた言葉に励まされたんです。見事に自分に返ってきた、という感じです(笑)。僕自身が励まされたと思った言葉は、「嫌いな人が困っていたら『ざまあみろ』と思うな。助けてあげて、私に助けられて『ざまあみろ』と思いなさい」でした。

——それは、花がお父さんから言われた言葉ですね。福徳さんはそうした気になる言葉を日常的にネタ帳などにメモしているのですか。

福徳:ネタ帳はないんです。スマホにちょっとメモるくらい。ただ普段から「ええ言葉」みたいなものを書き留めています。「お笑い」的に言うと、まじめ(なネタ)があってふざけるとその落差が面白くなるので。だから、まじめなネタ用に「良い言葉」を個人的に集めているんです。

この小説を書くにあたり、書き留めていたそんな言葉たちをふと思い出して読み返したら、「当てはまるなぁ、この小説に」と(笑)。そんな言葉が次から次へと浮かんできて、さらに足していきました。

——ことばに関して影響された小説や漫画などは?

福徳:この小説に「スピッツ」の音楽が出てきますが、僕はホンマにスピッツが好きなんです。昔、井筒和幸監督や高校の時の音楽の先生が同じことを言っていたんです。

そもそもなぜ歌謡曲があるのかと言えば、それは、好きになったことを相手に直接言うのが恥ずかしいからリズムに載せて、なおかつ言葉を濁して遠回しにして伝えるんだ。これがホンマのラブソングやと。でも、昨今のJPOPは平気で「君が好き」と言っている。それならリズムに乗せる必要はない。会って直接言えよ、と。

本当の作詞家というのは、いかに遠回しに言うか。それが美学だ、みたいなことをお二人に教わって、そこから僕はJPOPの歌詞を意識し出した。本当の作詞家と作文感覚で書いている作詞家との違いを個人で楽しむようになりました(笑)。

だから、お二人に言われたことには影響されていますね。ここにきちんと反映できたかなと思っています。

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福徳秀介さん

——小説のエンディングは、9月にご結婚されたことが影響されているのですか。

福徳:全然関係ありません(笑)。僕自身、自分でもびっくりするくらい(結婚しても)何も変わらなくて。一緒に生活するようになっても、彼女も仕事をしているのであんまり会わないんです。心情的にも変わらないんですよ。彼女も変わらないですね。だから、ラブラブ感って言うんですか? ゼロに等しいです(笑)。

小説に彼女のことは一切入っていません。結婚を決める前に書き終わったので。この小説を書き終わったから結婚を、というのもなかったんです。彼女とは最初の5年くらいは友達でした。年も同じですし。でも、気づいたら一緒におった、みたいな。それで、勇気を振り絞って結婚したという感じですね。

厳密に言うと、「付き合ってください」は言えてないんです。ホンマに申し訳ないくらいに彼女と小説は関係ありません(笑)。 

——恋愛部分でご自身の体験は入っていないのですか。

福徳:唯一あるとしたら、(デートで)朝ごはんに誘うくらいですかね。小説では主人公に祖母が「女を見抜くなら朝やで。朝を楽しめる女は1日を楽しめる。夜を楽しむ女は夜しか楽しまれへん」と言いますが、「朝ごはんで女性がわかる」というのは僕の考え方です。朝早い約束に来てくれる子はいい子やなと思うんですよ(笑)。

夜9時の待ち合わせより朝7時の待ち合わせに来てくれる子の方が「絶対いい子やな」と思っちゃう。書くかどうか迷ったんですけど、30,000円のフランス料理のディナーコースより朝の3,000円のモーニングのほうが価値がある、というのは自分の思いです。

——この小説を完成させて良かったことはなんですか。

福徳:新たな自分の気づきです。書いた言葉の数々もそうですけど、こんなことを思ってたんや、とか。自分で全部考えておきながら、「なるほどな」と納得もしました。なんか不思議な体験でした。


今回は、初の小説となる『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の完成までのお話を伺いました。

後編では、執筆とお仕事のバランスや、ご自身が考える「書くこと」についてを、学生の頃のエピソードなどを交えてお答えいただいています!

福徳秀介さん
お笑い芸人
(ふくとく しゅうすけ)1983年、兵庫県芦屋市出身。関西大学文学部卒。同じ高校のラグビー部だった後藤淳平と2003年にお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。「キングオブコント2020」優勝、13代目キングに。17年、文を担当した絵本「まくらのまーくん」が第14回タリーズピクチャーズアワード大賞を受賞。19年に絵本『なかよしっぱな』(小学館)を刊行。本作『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』で小説デビューを果たす。
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』
(小学館/¥1,500+税)
銭湯掃除のバイトをしながら冴えない大学生活を送ってる大学2年生の僕、小西が恋愛を通して大きく成長していく姿を描いた恋愛&青春小説。さらに、生きること、死ぬことを考え直すきっかけになる一冊です。
本書の刊行を記念して、「小学館カルチャーライブ!」では、12月6日13時から福徳さんご本人によるライブ「デビュー小説の裏側、全部しゃべっちゃう奴」を行います。ライブ配信の受講者を絶賛受付中です。以下のアドレスからお申し込みください。https://sho-cul.com/courses/detail/235

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この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉