ブロードウェイで舞台作品が当たるかどうかは、内容の良し悪しとは別に、巡り合わせの運によるところも大きい。ことに、トニー賞。授賞式が全米でTV放映されることもあり、受賞するかどうかが興行の先行きを大きく左右するが、どんなにいい作品であっても、同じシーズンに登場したライヴァルの出来いかんで残念な結果に終わることがある。そのせいで命運を絶たれる作品も少なくない。

2018/2019年シーズン一の充実作だった『ザ・プロム』

舞台版が上演されたロングエイカー劇場/筆者撮影
舞台版が上演されたロングエイカー劇場/筆者撮影

 2018/2019年シーズンの『ザ・プロム』(The Prom)が、まさにそう。ミュージカル作品賞、楽曲賞、脚本賞、演出賞、主演女優賞(2人!)、主演男優賞にノミネートされながら、全て受賞を逃した。結果、トニー賞授賞式の2か月後に幕を下ろすことになる。充実した作品だっただけに、せめて1部門でも獲っていれば……、というのが当時SNS上にあふれた『ザ・プロム』ファンの思い。特に、主演男優賞と主演女優賞は、強力なライヴァル『ヘイディズタウン』(Hadestown)の手薄な部門だったので期待されたのだが。

舞台版でトニー賞主演男優賞と主演女優賞の候補になった3人/筆者撮影
舞台版でトニー賞主演男優賞と主演女優賞の候補になった3人/筆者撮影

笑いの向こうにアメリカの“今”を描き出そうとする『ザ・プロム』

 そんな風に惜しまれつつブロードウェイ公演を終えた『ザ・プロム』が、2020年12月、クリスマス・プレゼントのように映画版として戻ってきた。映画館で先行公開された後、11日からNetflixでの独占配信が始まっている。内容については、「一筋縄ではいかないアメリカの多様な価値観を笑いにくるんで掘り下げる『ザ・プロム』」のタイトルで紹介したことがあるが、ざっくり言うと次のような話。

メリル・ストリープ(左)とジェイムズ・コーデン(Netflix映画『ザ・プロム』独占配信中)

 インディアナの小さな町に住むハイスクールの女子生徒が、レズビアンであることをカミングアウトしたためにプロム(卒業記念のパーティ)への出席を拒まれる(プロムが開催されない)という事件が起こる。そこに、舞台の初日を酷評されたブロードウェイ・ミュージカルの役者たちが、その女子生徒を救うという名目で、実は名誉挽回の話題作りのために現地にやって来て、事態は混乱を究めていく。

 この作品が優れているのは、作者たちが、作中の演劇人に自分たちの姿を投影した上で、それを戯画化してみせているところ。そうやって屈折した笑いにくるむことで、簡単には一枚岩にならないアメリカの様々な事情を描きつつ、とりあえずのハッピーエンドの向こうに、地域や世代を超えた解決の道を探ろうとしているようにも見える。そんな意欲作。マシュー・スクラー(作曲)とチャド・ベグリン(作詞)による楽曲もキャッチーで、シリアスな題材にもかかわらず、楽しく観ていられる。

映画版『ザ・プロム』の話題はキャストの顔ぶれ

 新たに登場した映画版の話題は、なんと言ってもキャスト陣の顔ぶれ。トニー賞で主演女優賞と主演男優賞の候補になった役が、インディアナにやって来るブロードウェイ・スターのディーディー・アレンとバリー・グリックマン。映画版で演じるのは、メリル・ストリープとジェイムズ・コーデン。アカデミー受賞3回の大女優とTVトーク番組の人気司会者だ。

 映画の印象が強いストリープだが、'70年代にはブロードウェイでも活躍していたし、イギリス出身のコーデンは18歳の時にウェスト・エンド・ミュージカル『マルタン・ゲール』(Martin Gurre)で舞台デビュー、2012年にはブロードウェイの舞台『ワン・マン、トゥー・ガヴナーズ』(One Man, Two Guvnors)に出演してトニー賞を受賞してもいる。2人とも今回の役柄と無縁ではない。

ニコール・キッドマン(左)とジョー・エレン・ペルマン(Netflix映画『ザ・プロム』独占配信中)
ニコール・キッドマン(左)とジョー・エレン・ペルマン(Netflix映画『ザ・プロム』独占配信中)

 そんな2人に加え、インディアナに同行する役者仲間として登場するのが、2017年のブロードウェイ・ミュージカル『ザ・ブック・オブ・モルモン』(The Book Of Mormon)でトニー賞主演男優賞にノミネートされたアンドリュー・ラネルズと、2001年のミュージカル映画『ムーラン・ルージュ』(Moulin Rouge!)で華やかな歌姫を演じてオスカーにノミネートされたニコール・キッドマン。それぞれ見せ場が用意されている。

今後が楽しみな若手の注目株も登場

 一方、インディアナ側の役者も見逃せない。カミングアウトした女子生徒エマ役のジョー・エレン・ペルマンは新人だが、アメリカ国内だけでなくロンドンでも演技や脚本について学んできているという、ドリュー・バリモア似のイノセントな表情が魅力的な若手。

アリアナ・デボース(左)とジョー・エレン・ペルマン(Netflix映画『ザ・プロム』独占配信中)
アリアナ・デボース(左)とジョー・エレン・ペルマン(Netflix映画『ザ・プロム』独占配信中)

 が、それ以上に注目すべきは、エマのガールフレンド役アリッサを演じるアリアナ・デボース。TVのダンサー発掘番組で頭角を現した後、ブロードウェイに進出。『ハミルトン』(Hamilton)のオリジナル・キャストを含む複数の舞台でキャリアを積み、2017/2018年シーズンのドナ・サマーの伝記的ミュージカル『サマー』(Summer:The Donna Summer Musical)では、3人登場するドナ・サマー役の1人に抜擢され、トニー賞の候補になった。2021年暮れに公開予定のスティーヴン・スピルバーグ監督による映画『ウエスト・サイド・ストーリー』のリメイク版ではアニタ役で登場するという旬な女優だ。

 監督は『グリー』(Glee)シリーズで知られるライアン・マーフィー。映像ならではの空間を生かした派手なダンス・シーンが展開されている。お楽しみください。

ご視聴は下記リンクより

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この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」