言葉と格闘する人々を描くミュージカル喜劇、こまつ座『日本人のへそ』

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こまつ座『日本人のへそ』

2010年のその死去から十年あまり、『天保十二年のシェイクスピア』『藪原検校』といった傑作戯曲の数々が今も愛され、上演され続けている劇作家・井上ひさし。そのデビュー作『日本人のへそ』が、井上芳雄、小池栄子、朝海ひかる、山西惇ら好キャストを得て、このたびこまつ座にて10年ぶりに上演されます。

この作品ですが、とにかく凝った作り。吃音の治療のため、患者たちが、岩手から出てきて裸一貫でのし上がっていくストリッパー・ヘレン天津役の半生を劇中劇の形で演じていく――というところからスタート。

さまざまな逆境におかれながらも、どこかあっけらかんと乗り越え生きていくヘレンの姿が、方言や言葉遊び、おもしろ歌などをまじえてコミカルに描かれていきます。

ところが、そんな彼女の物語は、実はもう一つの人間模様と結びついていて――? 推理劇となり、どんでん返しが続いていくという、野放図なパワーに満ち満ちた作品で、ロシアの文豪アントン・チェーホフをテーマに据えた『ロマンス』(2007年)や、プロレタリア作家・小林多喜二を主人公に描く最後の作品『組曲虐殺』(2009年)といった晩年の戯曲とはまた異なる作風であるところが魅力です。

ヒロインのストリッパー・ヘレン天津役に扮するのは小池栄子。こまつ座出演は『それからのブンとフン』(2013年)以来となります。彼女が舞台で演じた役で忘れられないのは、ケラリーノ・サンドロヴィッチが太宰 治の未完の絶筆作品をベースに構築した『グッドバイ』(2015年)のヒロイン・キヌ子。

実は美人、だけど超大食いのこのヒロインを演じて、食べっぷりのよさが色っぽいという女性像を生き生きと演じていました。今回のヘレン役でも、色っぽさと明るさとで大いに輝きそう。

そして、ヘレンに惚れられる会社員役ほか数役を演じ分けるのが井上芳雄。井上ひさしの絶筆となった『組曲虐殺』でも主人公である小林多喜二を初演から何度も演じ、その都度好演を見せるなど、こまつ座出演経験も豊富です。

“ミュージカル界のプリンス”として大活躍する彼ですが、今回、いささかショッキングなシーンもあったりして、新たに発揮するダークな魅力に注目。歌唱シーンでの美声発揮はもちろん楽しみな限りです。

やはりこまつ座出演経験豊富な山西惇、朝海ひかる、久保酎吉らが脇を固め、朴勝哲によるピアノの生演奏で、にぎにぎしく送るこの作品。井上ひさしの紡ぐ日本語の魅力を大いに味わいたい舞台です。

Information

  • こまつ座『日本人のへそ』
  • ”吃音症の治療にはミュージカルが効く”と提唱する怪しい大学教授のもと、ストリッパー・ヘレン天津の一代記を描く。
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  • 場所/紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
  • 公演期間/2021年3月6日(土)〜3月28日(日)
  • TEL:03-3862-5941
WRITING :
藤本真由(舞台評論家)
EDIT :
宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)