まだ気軽に遠出とはいかないが、雪のある時期でしか味わえない感動は、スキー&スノボだけではない。青森・十和田湖から流れる奥入瀬渓流で過ごす冬は、男の気持ちをたかぶらせる刺激で満ちている。冬の奥入瀬渓流の自然観察ツアーを体験したライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏が、その魅力をリポートする。

独特の地形で渓流へのアクセスは抜群

冬の奥入瀬渓流の名物といえる馬門橋の氷柱は一見の価値あり。
冬の奥入瀬渓流の名物といえる馬門橋の氷柱は一見の価値あり。
2020年−21年シーズンは降った雪が溶けにくいそうで積雪が幻想的。
2020年−21年シーズンは降った雪が溶けにくいそうで積雪が幻想的。

冬の旅は男の気持ちをたかぶらせる。雪や風など、快適さを妨害する要素が多いからだろう。ある種の逆境のなかを行くことは、生きている喜びを味わわせてくれる。

もうひとつ、未知の土地への旅の魅力は、ふだんとはまったく違う環境がもたらす、知の興奮といえる。たとえば英国ならば、フランシス・ドレーク(1540~1596)やジェイムズ・クック(ジェームス・クック(1728~1779)さらにロバート・ファルコン・スコット(1868~1912)ら、数多くの冒険家を輩出している。

未知の世界というにはおおげさかもしれないものの、東京に住んでいる身にとって、真冬の青森は刺激に満ちた場所だ。十和田市の奥入瀬渓流。十和田湖の水があふれて地面を削って出来た渓流で、夏は木立と苔むした岩が美しい。いっぽう冬はまったく異なる景色が楽しめる。

雪でいちめん真っ白。流れこむ滝の水も凍る。そんな冬の奥入瀬渓流の自然観察ツアーを、「奥入瀬渓流ホテル」が提供してくれた。旅行好きに人気が高い同ホテルでは、いま、ワーケーション(Work+Vacation)を応援するプログラムを展開。その一部なのだ。

ワークのあいまのバケーション。気分が爽快になる。出かけていくときは、四季の奥入瀬渓流を知り尽くしたホテルのガイドが同行してくれる。そして用意された防寒着とスノーシューを装着して、自然のなかに分け入っていく。

奥入瀬渓流は、断面でみるとU字型に土地が削れている。たいていの渓流の断面はV型。なので道がないことも多い。十和田湖の奔流で出来た奥入瀬渓流だけに、道幅が広いという。そこを渓流が流れる希有な地形。渓流へのアクセスがすこぶるよい。

渓流のすぐ近くに遊歩道が設けられているのは、同地を訪れたひとならご存知のとおり。多様な立木と、苔むした大小の岩石とが、独特の美しさを形成しているのを、ごく近くで鑑賞できるのだ。

冬の楽しさは、さらにもうひとつ。積雪がないときは、苔の生えた岩のうえに足を載せることが厳禁であるいっぽう、雪が積もっていれば上に載れる。そこで夏場では行けないところもサクサク歩き回れるのである。

よみがえるスコットランドの記憶

ロビーには岡本太郎作の大暖炉が設けられていて居心地がいい。
ロビーには岡本太郎作の大暖炉が設けられていて居心地がいい。
タラを使った津軽の郷土料理、じゃっぱ汁をアレンジした一品は繊細でかつ濃厚な忘れがたい味。
タラを使った津軽の郷土料理、じゃっぱ汁をアレンジした一品は繊細でかつ濃厚な忘れがたい味。

ホテルじたいは居心地がいい。ひとつは部屋。広いうえに窓の外には山や木々が眺められる。もうひとつは温泉。露天もあって、雪が舞う中浸っているのは、えもいわれぬいい気分だ。それから広大なロビースペース。暖炉のまわりに多様なソファが置いてあり、ここでコンピューターを拡げるひとも多い。

さらにもうひとつ、奥入瀬渓流ホテルには魅力がある。レストランだ。「ソノール」、フランス語で「音」と名づけられたフランス料理ベースで、20年4月より、「星野リゾートロテルド比叡」の総料理長だった岡亮佑(おか・りょうすけ)氏が総料理長を務める。

夜のコースしか提供されていないものの、青森の素材を活かしつつ、クリエイティブな料理がたいへんすばらしい。魚の死後硬直を遅らせ味わいをよくする”神経じめ”の技法を使う漁師と契約していたり、食材の提供者にまで目配りされているのだ。

私はワインのペアリングコースを楽しませてもらった。ソムリエがていねいな説明とともに、フランスワインを中心に、時にはまろやか、時にはややとんがった味を、料理に合わせてくれるのもじつに楽しい。話術も上手で、東京や大阪のレストランにいるみたいな気分になった。

「星のや東京」の浜田統之シェフと、軽井沢「ブレストンコートユカワタン」の松本博史シェフと、そして岡シェフ。星野リゾートは一流の腕をもつシェフを抱えているのに感心させられた。海外にはいいレストランを持つリゾートホテルが多い。奥入瀬渓流ホテルもまったく負けていない。

今回、私はスタッドレスタイヤを履いた4WDのハッチバック車で、八甲田から奥入瀬渓流を訪れた。吹雪で眼の前が真っ白になるホワイトアウトにも遭い、途中で肝を冷やす場面もあったものの、スノードライブが好きなひとなら、美しい景色を含めて楽しいだろうと思った。

雪が多いと通行止めになる可能性もあるのと、あまりの積雪はちょっと、というひとは、八戸から向かうとよい。積雪はごく少なく、走りやすい。

そういえば、私はむかし、ランドローバーの招待で、真冬のスコットランドの山中に立つホテルに泊まったことがある。そのときは、ランドローバーのアンバサダーを務めるアン王女が、自分でディフェンダーのステアリングホイールを握って、空港から雪中をドライブして、日本人ジャーナリストに会いに来てくれた。奥入瀬渓流ホテルで、降る雪を眺めながら、私の脳裏にはそんなスノードライブの思い出がよみがえったのだった。

冬の季節は夏なら行けないところまで渓流を散策できる。
冬の季節は夏なら行けないところまで渓流を散策できる。

※新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下では一部情報が変更となる可能性があります。最新情報は、公式HPなどでご確認ください。

問い合わせ先

星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル

TEL:0570-073-022

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。