独アルピナ社のセダンは、もっとも大人むけのプロダクトといえるかもしれない。2020年に日本での発売も開始された「アルピナB3」は、スポーツカーをはじめ数かずのクルマを乗り継いできたひとに真価がわかる、上質なスポーツセダンだ。

アルピナ一流の全方位チューニング

控えめながらもリップスポイラーに輝く「ALPINA」のロゴ。撮影協力=諸橋近代美術館。
控えめながらもリップスポイラーに輝く「ALPINA」のロゴ。撮影協力=諸橋近代美術館。
パワフルなエンジンに全輪駆動システムの組み合わせ。
パワフルなエンジンに全輪駆動システムの組み合わせ。

アルピナはひとことでいうと、BMW車をベースに、さらに”いいところ”を伸ばしたクルマ。1965年にドイツで創業し、1983年にはドイツで正式に自動車メーカーとして認可された。いわゆるチューナーとは一線を画している。

チューナーとは違っても、チューニングの本来の意味に忠実なクルマづくり。そう感じさせるのがアルピナの魅力だ。それは、よいところをさらによくする調律。アルピナが手がけるモデルは、本当にみごとな出来映えなのだ。

昨今では、BMWのXシリーズをベースにしたSUVモデルがたいへん売れ行きがよく、年産1700台の少量生産メーカーゆえ、欧州でもオーダーしてから数年待ちを覚悟する必要があるとか。待っているあいだにモデルチェンジしてしまったらどうするんでしょうね、とはアルピナファンのあいだでよく交わされるジョークだ。

待つ価値がある。じっさいにそう思わせてくれるのがアルピナである。たしかに「XD3」や「XD4」はX3やX4のスタイルでありながら、操縦性はまるでスポーツカー。主張のあるモデルだ。いっぽう、セダンの出来もすばらしくよい。

ひとつは、メンズプレシャスのサイトでも試乗記を既報の「アルピナB3」、エンジン出力は、BMW M340i xDriveの285kWから340kW(462ps)に、最大トルクは500Nmから700Nmにあげたモデルだ。加えて、アルピナ開発の「スイッチトロニック」なる8段オートマチック変速機と、専用のダンパーをそなえる。

外観ではフロントエアダムや、19インチリム径の専用ロードホイールなどを備え、インテリアは専用スポーツシートをはじめ、独自の素材とカラースキームが採用されている。

かつて1970年代にアルピナが、BMW635CSiをベースにツインターボを組み込んだ(アルピナでは「ビターボ(Bi-Turbo)と呼ぶ)B7ターボクーペを作りあげたときは、まだスポーツセダンという概念があまり一般的でなく、セダンやクーペなのに、スポーツカーなみに速いとは、なんて魅力的なコンセプトだろうと感心したものだ。

アルピナの魅力は、しかしながら、乗らないと真価がわからない。ウルトラスムーズに回るエンジンの特性はもともとBMW車が追求してきたものであるとはいえ、低回転域から太いトルクが出るチューニングはスタートから瞬発力と、広い速度域での扱いやすさを実現。

加えて、しなやかな乗り心地にも感心させられる。こう書いてはなんだけれど、ベースのBMWにもスポーツモデルがあるものの、時として、”ちょっと足まわりが硬すぎるなあ”とか、手放しで歓迎できない仕様があるのも事実。

チューニングとクルマの世界でいうとき、往々にして、足まわりを(かなり)固めるとか、エンジン出力を(やたら)上げるとか、スポーティなキャラクターを強調する方向にいくことが少なくない。でもアルピナ車では、チューニングといっても楽器のように”正しい”性能を全方位的に味わえることを目指している、と思えるのだ。

職人の技を感じさせる出来栄え

全長4720ミリ、全幅1825ミリ、全高1445ミリ。
全長4720ミリ、全幅1825ミリ、全高1445ミリ。
ボタン式マニュアルセレクターをもつスイッチトロニック変速機をそなえ、専用シートに、緑とブルーのアルピナステッチが特徴的。
ボタン式マニュアルセレクターをもつスイッチトロニック変速機をそなえ、専用シートに、緑とブルーのアルピナステッチが特徴的。

しかしアルピナ車は一貫して、高速でも市街地でもワインディングロードでも、まったく破綻のない足まわりを実現。量産車と、職人がていねいに仕上げるプロダクトとの違いを、大きく見せつけてくれたものだ。それゆえに”おとなのためのセダン”と高く評価したい。

B3の2993cc6気筒エンジンは、アクセルペダルを軽く踏んだだけで、上の回転域までシュンシュン回る。かつ最大トルクが2500rpmからと比較的下のエンジン回転域から発生するため、低速域から扱いやすく、瞬発力もかなりのものだ。

いっぽうで、足まわりはよく動き、路面の凹凸をていねいに吸収。不愉快なかんじの車体の上下動はいっさいなし。山岳路では路面にすいつくようなかんじで、右へ左へとカーブを速いペースでこなしていける。

アルピナB3の走りの味は、ほかのスポーツセダンではなかなか手に入らない。メーカーのスポーツグレードでは、さきに触れた市井のチューニングメーカーにも少し似て、スポーティさイコール硬さ、と解釈されていることが多い。

アルピナはあくまで柔軟。スポーツセダンの理想型をきちんと見据えている経営陣と、どうしたらその理想が実現できるか技術的ノウハウを心得ている同社のクラフツマンシップのタッグがなせるわざなのだろう。私は感心するばかりだ。

いっぽう、「BMW540d xDrive」(日本未導入)をベースにした「アルピナD5S」も、かなりの出来ばえだ。ディーゼルエンジンを上の回転まで回るようにチューニングして驚かせてくれたアルピナの歴史を思い出させてくれる。

フラットトルクという特性をエンジンにもたせ、どこからアクセルペダルを踏んでもすかさず加速するのが、D5Sの魅力だ。そのため、たとえば追い越しのため、軽くアクセルペダルを踏み込んだだけで、ロケットのような加速を味わわせてくれる。これ、ディーゼルだよね、とあぜんとするようなパワー感だ。

いっぽう、安逸に走るのもお手のものだ。B3もD5Sも、アルピナが入念にチューニングしたという専用ダンパーがサスペンションシステムに組み込んである。そして、オリジナルのBMWにはない「コンフォートプラス」というドライブモードが設定されているのだ。

これがみごと。路面の凹凸をていねいに消し、空飛ぶじゅうたん、のような乗り心地を実現している。いざというときの加速性のよさを考慮すると、航空機のような、と形容したほうが合っているかもしれない。

じっさいは、サーキット走行もこなしてしまう実力を持ちながら、ふだんは、どんなによく出来たリムジンをもしのぐ快適性。アルピナの持ち味は、この二面性なのだ。

アルピナB3の価格は1229万円。たしかに安くはないかもしれない。でも手に入れたら満足度は高いと思う。オーナーシップの喜びを与えてくれる車だ。

巡航最高速度は時速303キロと発表されている。
巡航最高速度は時速303キロと発表されている。

問い合わせ先

アルピナ(ニコル・オートモビルズ)

TEL:0120-866-250

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。