鞄職人、藤井幸弘さんの工房は、豊島区要町の閑静な住宅街にある。大きな一軒家の2階に、広い工房とオーダーサロンを備える。自然光がたっぷりと入る工房で、藤井さんと藤井さんの右腕でもある金原さんが日々、鞄づくりに心血を注いでいる。藤井さんは独立後、国立と渋谷に工房を移し、現在の絶好の空間に落ち着いた。日本一の、いや世界トップクラスといっても過言ではない、藤井さんの鞄づくりのはじまりは、案外遅い30歳からだった。

鞄づくりにおける超絶技の裏にあるものとは

驚愕する存在感Fugeeの『FL46/口枠書類鞄』

フジイのスタンダードモデルとなる『FL46』は、ふくらんだブライドルレザーの鞄に存在感が漲る。
フジイのスタンダードモデルとなる『FL46』は、ふくらんだブライドルレザーの鞄に存在感が漲る。
鞄の側面は、口金を締めたとき、ブライドルレザーは下のほうで縮まり、鞄の内側に収まる構造だが、4㎜もの厚みのある革でつくる人は、まず藤井さんしかいない。まさに、力強さのなかに、繊細さが融合した逸品の鞄である。色違いのブライドルレザーや別の種類の革でも、注文は可能である。
鞄の側面は、口金を締めたとき、ブライドルレザーは下のほうで縮まり、鞄の内側に収まる構造だが、4mmもの厚みのある革でつくる人は、まず藤井さんしかいない。まさに、力強さのなかに、繊細さが融合した逸品の鞄である。色違いのブライドルレザーや別の種類の革でも、注文は可能である。
くらみをつくり上げるのが、底面に見られる力強いひと針ひと針のステッチである。機能的な真鍮の脚や、鞄の角を補強するステッチなど、鞄を使用していく過程で、起こりうる事態を想定しているかのような繊細な仕事である。
くらみをつくり上げるのが、底面に見られる力強いひと針ひと針のステッチである。機能的な真鍮の脚や、鞄の角を補強するステッチなど、鞄を使用していく過程で、起こりうる事態を想定しているかのような繊細な仕事である。

鞄づくりをはじめる前、藤井さんは自動車製造工場で働くエンジニアだった。あるとき、雑誌に載った手縫い鞄の記事を読んだことが、鞄づくりをはじめるきっかけとなった。「これはおもしろそうだ」と直感したのだ。その頃は今に比べて情報が乏しかった時代。素材になる革は、電話帳を頼りに探した。「革」と記された店に片っ端から連絡し、鞄をつくったのが最初だ。

そして、雑誌『ポパイ』で吉田カバンを知ることになる。

藤井さんは、同社に電話をした。「つくった鞄を見てくれませんか」というやり取りを何度か繰り返すうちに、吉田カバンに入社。そして、同社で出会った名人級の職人が、藤井さんの鞄づくりの人生を決定づけたのだ。しかし、彼はすでに引退していたため、多くの技術を教えてもらったというより、ものづくりの精神を叩き込まれた。「手を抜くな。一度、職人が手を抜いたら、二度と這い上がれないぞ」。ベテランの職人から教えられた厳しい言葉が、今も、藤井さんの仕事を支え続けているそうだ。

藤井さんは言う。「革製の鞄の外見は、縫製してしまえば、かなり立派に見えるものなんです」。つまり、鞄の素材となる革の繊維は、形が変化するまでに5年や10年と十分に時間がかかる。手を抜こうと思えばどんどん簡単に鞄がつくれる。「鞄の真価が問われるのは、もちろん新品の完成度だが、時間を経たその姿にもある」と。

藤井さんは鞄をつくるとき、様々なプロセスで一度立ち止まる。鞄づくりのメソッドにとらわれず、今行っている作業を疑い、もっといい方法はないか、もっとよく見える形はないか、時間を経た鞄はどう崩れていくのか……、常に考えているそうだ。

 Fugeeのホームページ(下記)に、「技術と想い」という言葉が出てくる。ある程度時間をかければ、「技術」は達成される。「想い」とは、今いちばんいいと感じる鞄を、ありったけの「想い」を込めてつくること。藤井さんの鞄づくりの超絶技の裏に、実はそんな「想い」が隠されているのだ。

Fugee

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2020年春号より
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小池紀行、池田敦(パイルドライバー/静物)