サルバドール・ダリは運転免許を持っていなかったが、その生涯において、キャデラックの歴代モデルを愛用していた。一方、生前に彼が公認していたかは定かではないが、1984年に、その名も「ダリズカー」というロックバンドが結成されている。

耽美的な世界観で一時代を築いた「ジャパン」において、ヴォーカルのデヴィッド・シルビアンに劣らぬ人気を誇ったベーシストのミック・カーンと、デヴィッド・ボウイやT・レックスの名曲をスリリングにアレンジしたカバー曲で知られる「バウハウス」のヴォーカル、ピーター・マーフィーらで結成されたのが、「ダリズカー」である。

天才ダリが愛した1955年型キャデラック『フリートウッド』シリーズ60

1955年型キャデラック『フリートウッド』シリーズ60

妖しいビジュアルと実験的なサウンドを特徴とするミックとピーターは、当時の英国ロック界に多く見られたアート志向のミュージシャンのなかでも特に際立っていた。彼らがとびきりシュールな作風と個性的な風貌で知られたダリにロック的な反骨の美学を感じとったのも、当然だっただろう。

ダリは私物の古いキャデラック(一説にはアル・カポネの愛車だったという)の運転席にびしょ濡れの男性マネキンを座らせ、ボンネットに女性のオブジェを乗せた作品をつくっている。それこそが「ダリズカー」(またの名を「レイニー・キャデラック」という)であり、スペインのフィゲラスにあるダリの美術館には、今もその奇妙な立体芸術が展示されている。

それにしても不思議なのは、唯一無二の芸術家を自称したダリが、キャデラックのどこに惹かれたのかという点である。量産V型8気筒エンジンやパワーステアリング、空調システムをいち早く導入し、大量消費時代のプレミアム・カーとして世界中の権力者に愛されたキャデラックを妻のガラに運転させて、自分はラグジュアリーな後部座席でただ悦に入っていたのか……。

いや、その行為そのものが、権威を笑い飛ばすダリ流のユーモアだったのだと信じたい。常人の理解を超えた夢想は、死してなお我々の心を惑わせる。

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