イタリア人というものは、パスタ同様ピッツァに関してもそれぞれが一家言持つ総評論家のようなものだ。マルゲリータやマリナーラのようなトッピングは別として、生地のスタイルとしては生地を手で伸ばして縁へと空気を送り込み、ふんわりと焼くナポリ風か、あるいは綿棒で端まできっちりと伸ばし、薄焼きにするローマ風かという二元論は好みのようなもの。

蒸し焼きピッツァ?エアリーな新生代ピッツェリア登場

「ラルゴノーヴェ」の主役はガラス貼りの見せるキッチン。スタッフたちがテキパキと動く様子をみながらピッツァを頬張る。
「ラルゴノーヴェ」の主役はガラス貼りの見せるキッチン。スタッフたちがテキパキと動く様子をみながらピッツァを頬張る。

しかし近年の料理科学の進歩によって第三のピッツァ、あるいは新世代ピッツァともいうべきスタイルのピッツァがイタリア全土で同時多発的に発生している。

それはピッツァ・グルメともピッツァ・ダウトーレ(シェフのピッツァ)ともピッツァ・コンテンポラネア(同時代的ピッツァ)とも、はたまたピッツァ・モデルナ(現代的ピッツァ)とも呼ばれており一般の消費者にとっては何が何だかわからない、というな現象となっているのも事実である。イタリアを代表するワイン、レストラン・ガイドブックを発行する「ガンベロ・ロッソ」によれば、現代のピッツァは3種類に大別できるという。

「ラルゴノーヴェ」の新世代ピッツァリア

軽くてさっくりエアリー、決して胃にもたれないのがピッツァ・デグスタツィオーネの特徴。手に取って見るとべちゃっとならず、一目瞭然。
軽くてさっくりエアリー、決して胃にもたれないのがピッツァ・デグスタツィオーネの特徴。手に取って見るとべちゃっとならず、一目瞭然。

まず第一がピッツァ・クラッシカ・ナポレターナ。日本に多いナポリで修行を積んだピッツァ職人が焼くナポリ・ピッツァがこれに分類される。第二がピッツァ・イタリアーナ。ローマ風、というよりもナポリ以外のイタリア全土に見られるのでイタリア風、と便宜上分類しているがこれは薄焼き、あるいはピンサのようなクリピーなタイプ、または切り売りピッツァなどだ。そして第三のピッツァがピッツァ・デグスタツィオーネ。

つまり丸々一枚を一人が食べるのではなく、カットして、あるいは最初から一口サイズに作られたピッツァをコース仕立てで味わうというものだ。モダンスタイルのピッツァはたとえその呼び名がピッツァ・グルメでもピッツァ・ダウトーレでも全てこの第三のピッツァ、ピッツァ・デグスタツィオーネ(コース仕立てのピッツァ)に分類されるということだ。

 「ラルゴノーヴェ」で腕を振るうのは「リエヴィティスタ(発酵専門家)」と自ら名乗るガブリエレ・ダーニ。
 「ラルゴノーヴェ」で腕を振るうのは「リエヴィティスタ(発酵専門家)」と自ら名乗るガブリエレ・ダーニ。

これまでピッツァに関しては保守的だったフィレンツェにも、ピッツァ・デグスタツィオーネをテーマとした話題の一軒「Largonove(ラルゴノーヴェ)」が2月に誕生した。注目のピッツァイウオーロは同じトスカーナ州のチェチナで人気のピッツェリア「ディサポーレ」を営むガブリエレ・ダーニ。

いや、自らをピッツァイヨーロ(ピッツァ職人)ではなくリエヴィティスタ(発酵の専門家)と呼ぶだけあって、その生地に対するこだわりは半端ではない。ガブリエレが目指すのは食べても太らないピッツァ・サーナ(健康なピッツァ)。イタリア人なら本来誰もが好むピッツァだが、ミラノなど北イタリアの女性を中心に「太るから」と敬遠されているのもまた事実。

そこでガブリエレが考案したのは多加水率で粉は少なめ、食感も軽く繊細で食べても胃もたれしない、グルテンの発生を極力抑えた生地だ。「グルテンが強いともっちりとした弾力を引き出すけれど消化に時間もかかるし決して健康的とはいえない」とガブリエレ。「ラルゴノーヴェ」ではナポリ風のピッツァも作っているけれど、酵母を組み合わせることでグルテンを極力抑えるよう配慮して作っているのだ。

カボチャのピューレ、カンタブリア産のアンチョビ、ブッラータ。これは縁が厚めのナポリタイプ。歯切れがよくあっさりと食べられる。
カボチャのピューレ、カンタブリア産のアンチョビ、ブッラータ。これは縁が厚めのナポリタイプ。歯切れがよくあっさりと食べられる。

また「ピッツァ・コッタ・アル・ヴァポーレ」(蒸し焼きピッツァ)もガブリエレのオリジナルで120度以上の過熱水蒸気で調理した後、最後に高温のオーブンで焼いて外側をかりっとさせるという凝りようなのだ。見た目はピッツァというよりはフォカッチャ、そして口に含めばグルテンの結合を極力抑えてあるんのでもっちり、ではなくさっくり。実に歯切れのよい食感が楽しめるピッツァだ。

そしてこの蒸し焼きピッツァは焼きあがったら小さくカットし、その上にさまざまな具材やソースなどをトッピングし少しづつ提供してくれる。具材も味もスタイルもオリジナリティあふれるもの、それがコース仕立てのピッツァ、ピッツァ・デグスタツィオーネなのだ。

低温調理で生のマグロに柔らかく火を入れた「ラ・トンノCBT」。ツナのピッツァとはひと味もふた味も違う、ピッツェリアならぬレストランの味。
低温調理で生のマグロに柔らかく火を入れた「ラ・トンノCBT」。ツナのピッツァとはひと味もふた味も違う、ピッツェリアならぬレストランの味。

例えば「ラ・トンノCBT」はフィレンツェ人が大好きな白インゲン豆のソースに、玉ねぎで名高いチェルタルドの玉ねぎのバルサミコ・カラメリゼ、低温調理のマグロ、フォルマッジョクリーム。

こうして文字だけ眺めていると高級リストランテの一皿か?と思えるような凝りよう。甘み、酸味、異なる食感、チーズのコクとマグロの旨味などなど様々な要素を重層的に、しかし一口サイズにまとめてくれるのだからたまらない。「ピッツァ・カルボナーラ」は卵黄とチーズのクリームは実に滑らか。そこにカリカリのグアンチャーレ(豚ほほ肉の塩漬け)、ピリッとくる黒胡椒という組み合わせはイタリア人が大好きな味だ。

カクテルならばカウンターに立つ女性バーテンダー(バールレディともいう)ヴェロニカにおまかせ。
カクテルならばカウンターに立つ女性バーテンダー(バールレディともいう)ヴェロニカにおまかせ。

「ラルゴノーヴェ」ではこうした一口サイズのピッツァ・デグスタツィオーネにワインやカクテルを組み合わせるペアリングも導入しているが、その主役となるのがカウンターに立つ女性バーテンダー、ヴェロニカ・コスタンティーノだ。ヴェロニカはフィレンツェ恒例のカクテル・イベント「フローレンス・カクテル・ウイーク」でもすでにその名を知られた実力者。ピッツァにあわせて一杯ずつカクテルを作ってくれるのだからこれもまた楽しみの一つ。さらに最後のドルチェも気を抜けない。

この日の締めのデザートは「分解ティラミス」。南イタリア・プーリア出身の女性パスティッチエラが作るドルチェはレベルが高い。

ピッツァ・デグスタツィオーネのコースでは最後のデザートにもピッツァ生地を使った甘いピッツァ、ピッツァ・ドルチェを出す店も多いけれど「ラルゴノーヴェ」はドルチェ専門のパスティッチエラがおり、コースの最後には実に素晴らしいドルチェの数々が待っているのだ。ピッツァを一枚頼み、素早く手軽に胃を満たすのではなく、小ポーションに切り分けたオリジナルピッツァをつまみにカクテルを楽しむ。

そうしたカクテルはもちろんベース・スピリッツや柑橘類までオール・メイド・イン・イタリーのカクテルだ。ピッツァは好きだけど太りたくない、しかもいろいろ食べたい。そんなわがままなイタリア人のニーズに応えるべく「ラルゴノーヴェ」に代表されるような新世代ピッツァリアは、いまイタリア全土に続々と誕生しているのだ。

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この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。