時代が変わり、見直されるスーツの存在意義。だが誕生以来変わらぬフォーマットは、今なお男心をくすぐるものであり続ける。そこで編集部は数多のウェルドレッサーに取材する服飾ジャーナリスト、長谷川喜美さんと「スーツの愉しみ方」について議論を交わした。彼女の知る達人たちの術には、スーツを愉しむ真髄があった。

一変する社会の中で揺らぐスーツの権威を改めて考える、「愉しむ」という価値観

スーツ・シャツ・タイ・チーフ(ラルフ ローレン〈ラルフ ローレン パープル レーベル〉)

編集部 自戒も込めつつ、なんですが、スーツでお洒落しようとするとき、ついダブルの裾幅は何cm? ラペル幅は何cm? と、教条主義に陥ってしまいがち。これって楽しめてないな、と思うんです。

長谷川 数値にこだわりがちですよね。着こなしのルールなんて、ビスポークテーラーにいわせれば、体型や選んだスーツ、合わせるVゾーンや靴によっても変わるんだから正解はないし、適正な数値を出すなんてナンセンスだっていわれます(笑)。

編集部 長谷川さんが接してきたウェルドレッサーたちに、スーツを愉しむ際の共通点はありますか?

長谷川  自分のキャラクターを弁えているところでしょうか。

編集部 個性の表現ですか…。それはなんとも悩ましいですね。

長谷川 難しく考えることはないと思うんですよ。香港の名店「アーモリー」共同代表のマーク・チョー氏は、ロンドン生まれでブラウン大学出身ということからアイビーとクラシックスタイルをモダンに表現しています。ファッションディレクターの鴨志田康人さんは、昨日は○○風、今日は○○風と、日によってマイ・テーマがあり幅広く着こなしている。

編集部 真似するのも、いいかも。

長谷川 遊び心と言い換えることもできますね。簡単なのは、自分、もしくは、そのときに会う予定のある相手の趣味や好みなんかを考えて、好きそうな小物を合わせてみる。

編集部 長谷川さんがよくおっしゃる「カンバセーション・ピース」!

長谷川 そうですね。私のビスポークのブレザーのボタンはロンドンのベンソン&クレッグ製で、ロンドン市の紋章が入った金ボタンを選びました。本来、金ボタンは階級や所属の証ですが、第二の故郷ロンドンなら許されるかと(笑)。こういう遊びもおもしろいと思うんです。

編集部 趣味嗜好を象徴するようなデザインやモチーフを身につけるのも楽しいですね。

長谷川 タイやポケットチーフ、カフリンクスなどの小物って、遊ぶためのものだと思うんですよ。好きが反映されているものがいい。

編集部 クラシック愛好家から、ブレイキングルールという言葉を聞きますが、破り方が難しい。

長谷川 ルールを知らなければ破ることは難しい。破るにしても守るべきことがありますね。スーツでルールを破った好例としては、’80年代のニューヨークで流行ったバブアーのジャケットをスーツと合わせてシティで着る。昨今のピッティでもよく見かけます。

編集部 今の日本でも大変浸透していますね。もう一点、季節感も間違えたくないポイントですね。たまに、チグハグな人も見かけます。

長谷川 さすがに読者の皆様にはあたらないかもしれませんが、スーツを制服として着ている人は、季節と素材感に疎うといのかもしれません。

編集部 スーツの選びについて。今の潮流はどうですか。

長谷川 リラックス感はキーワードですね。スーツを着慣れていて、この時期に新調する人は、既にフォーマルなスーツはもっている。そうしたスーツを着る機会がコロナ禍で減っていることもあるでしょう。

編集部 代表的なものは?

長谷川 ブルネロ クチネリなどは、ラグジュアリーな素材を用いてリラックスしたスーツスタイルを作るのが得意ですね。

編集部 やっぱり、堅苦しいスーツは敬遠されますか?

長谷川 今や、スーツ=堅苦しいという前提に異を唱えたいですね。最近はスーツ自体が素材や仕立てと共に進化を遂げていて、昔に揶や揄ゆされた「鎧のような」堅苦しいスーツなんてほとんど皆無ですよ(笑)。

編集部 時代と共に変わっているのは、シルエットやディテールだけじゃないと。実際に快適なスーツは増えていますよね。

長谷川 クラシコブームのときは、スーパー○○sというような細番手のつやつや素材に人気があったので、芯地を必要としました。ですが、今はハリのある素材も増えて、むしろ副資材は省かれて軽い着心地のものが多いですよね。また、夏素材の代表シアサッカーでいえば、コットン100%ではなく、通気性のあるウール製や、ストレッチのきいた機能素材のものが台頭しています。

編集部 当然、このご時世、スーツだって進化しますよね。

長谷川 定番のネイビーやグレーのスーツも一見変わらないようで、素材や構造といった機能は劇的な変化を遂げているんです。

編集部 選択肢も広がりますね。

長谷川 男性も女性も、スーツは「武器」になりえます。見方を変えれば、簡単に格好よくなれる手段でもある。逆説的にいうと、上下揃いのスーツは組み合わせを考える必要がなく、Vゾーン、靴や小物で遊べる。肝心のスーツさえ選べれば、着こなし方はその人次第ですね。

編集部 結局は、ルールを知ってわが道をゆくべしということですね。

長谷川 基本ルールと破り方はメンズプレシャスをご覧ください(笑)。


長谷川喜美さん
ジャーナリスト
メンズウエア、クラフツマンシップがテーマの海外取材は本誌でもおなじみ。もち前の取材力で、ヨーロッパ服飾業界の要人たちと懇意に。格式高い名門テーラー街を取材した『サヴィル・ロウ』を皮切りに、イタリアの物作りを紹介する『サルトリア・イタリアーナ』など著書多数
<出典>
MEN'S Precious春号「この服とスタイルで生きていく!」
【内容紹介】竹野内 豊/この服とスタイルで 生きていく!/「変える」シャツ「、変えない」シャツ/「グレージュ」カジュアル/21世紀の「真名品」/ラグジュアリー・カー&ウォッチ/紳士の名品肌
2021年3月4日発売 ¥1,230(税込)

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この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2021年春号より
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川田有二
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櫻井賢之
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Daisuke