「なにごとも過ぎたるはおよばざるがごとし。しかし上等なウイスキーは、過ぎてもまだ十分ではない」(マーク・トウェイン)男たちの傍らに無言で寄り添うウイスキーは、ときに男の生き様を反映させる酒でもある。そんなウイスキーが、上等なものとそうでないもの、といった程度にしか区別されていなかった時代はいつの頃までだろう。

今では、ウイスキーの種類や銘柄になにがしかの一家言を持つウイスキー愛好家が多くいる。そんな男たちの間で潮流となりつつあるのが、造り手の思いが1本のボトルに詰まったクラフトウイスキー。ウイスキー造りの本来の姿である造り手の職人技を思い起こさせるもの。近年増えている生産力の小さなマイクロ・ディスティラー(小規模蒸溜業者)の個性を感じさせるもの。そんなクラフト感のあふれるウイスキーの生産が、確実に増えている。その勢いが強いのが、バーボンウイスキーとシングルモルトを軸とするモルト・ウイスキーなのだ。さあ、ウイスキーの魅力を純粋に感じることができるクラフトウイスキーの世界の扉を開こう。

ハードボイルド作家の半生に寄り添ったバーボン物語
「バーボンは、荒削りさに心引かれる粋なウイスキー」

 1950年代の終わりから’60年代にかけて、外国テレビ映画がお茶の間の人気を博した。その頃、少年だった私は夢中でみていた。

 ホームドラマには、土曜日のダンスパーティーに好きな女の子を誘おうと計画を立てている高校生が出てきた。デートという言葉がとても格好良く聞こえ、いつかはステディな女の子がほしいとも思った。

 『サンセット77』『サーフサイド6』『ハワイアン・アイ』といったドラマに出てくる私立探偵は、38口径のスナブノーズを持っていて、事務所にやってきた金髪の依頼人とは、デスクに深く腰かけ、軽口を叩きながら話をする。乗っている車はライトウェイトのスポーツカー。クルマのドアを開けずに、ひょいと飛び乗る姿に憧れた。

 そんな探偵たちが飲んでいたウイスキーはバーボンだったのだろうか、それともスコッチだったのか。よく分からないけれど、バーボンは必ず飲まれていたはずだ。

 知っている人はほとんどいないと思うが、私立探偵ドラマに『バーボン・ストリート』というのがあった。舞台はニューオーリンズ。バーボンという言葉を初めて知ったのは、その番組を視た時だった気がする。

 当然、西部劇も大好きだった。『ローハイド』『ライフルマン』『ガン・スモーク』『コルト45』などなど何を視ても愉しかった。

 西部の街には必ず酒場、SALOONがあり、街にやってきたカウボーイは、スイングドアを勢いよく開き、酒場に入ると、カウンターで酒を飲む。酒場には女がつきもの。私にとって、そういう酒場にいる女の名前はキティーである。理由なんかない。キティーという名前が私にはしっくりくるのだ。

 カウボーイが注文する酒は、絶対にスコッチではない。都会と化した東部の街ならいざ知らず、西部の田舎町にスコッチなどおいてあるわけがない。

 彼らの飲んでいた酒はバーボン、或いはライウイスキーに違いない。

 バーボンをショットグラスで引っかける。或る者が、なみなみと注がれたショットグラスをカウンターに滑らせると、相手が軽やかにキャッチし、一気に飲み干す。男になりきっていない少年は、こういうシーンにゾクゾクしていた。

より甘く、深い味わいのプレミアムなメーカーズマーク、『メーカーズマーク46』。キャラメルやバニラのスウィートな香味と、オーク樽由来の熟成香が絶妙に調和した、厚みのある味わいが特徴。スムーズな余韻が長く続く。容量750ml 度数47% ¥4,800 (サントリーお客様センター)※参考価格
より甘く、深い味わいのプレミアムなメーカーズマーク、『メーカーズマーク46』。キャラメルやバニラのスウィートな香味と、オーク樽由来の熟成香が絶妙に調和した、厚みのある味わいが特徴。スムーズな余韻が長く続く。容量750ml 度数47% ¥4,800 (サントリーお客様センター)※参考価格

 しかし、当時は飲んでいる酒が何であるかなんて考えもしなかった。カウボーイが飲んでいるウイスキーがバーボンではなかろうか、と気づいたのは、もっとずっと後のこと、’80年代に入ってからである。

 その頃から、日本でバーボンが流行り始めたのだ。

 「メーカーズマーク」「ジムビーム」「I・W・ハーパー」「フォアローゼズ」「アーリータイムス」……。

 当時の若者にとっては、スコッチよりもバーボンを飲む方が格好良かった。

 普段は水割りにして飲んでいたが、たまにはショットグラスできゅっとやる。すると、必ずと言っていいほど西部劇の酒場のシーンが脳裏をよぎった。

 バーボンは、スコッチにはない荒々しさと独特の甘い香りを持っている。

 酒もファッション同様、流行りすたりがある。洗練されたものが受ける時もあれば、ちょっと乱暴なイメージを持つものが人気を呼ぶこともある。

 バーボンは後者を代表する、粋なウイスキーだった。

 基本的にはバーボンは男の酒だろう。しかし、当時の女の子もよく口にしていた。バーにキープした酒はバーボンで、それを女の子と一緒に飲んでいた。

 家でカミさんと飲む酒もバーボンだった。私も彼女も酒飲みだから、ボトルはすぐに空いてしまい、しょっちゅう買いにいかなければならなかった。

 今もバーに行くと時々、無性にバーボンを飲みたくなることがある。

 スコッチに押されて、バーボンのボトルは大概、酒棚の片隅に置かれている。馴染みのあるボトルが目の前に置かれると、往年の名優に再会したような気分になり、一口飲んだだけで若かりし頃を思い出す。

 最近はストレートでも水割りでもなく、ソーダ割りにして飲んでいる。

 ハイボールが再び脚光を浴びているが、バーボン・ソーダも悪くない。

 この間、ノブ クリークというクラフト・バーボンをいただいた。

 一杯目はストレートで味わった。強い酒だが、香りが口の中に拡がる美味しいバーボンだった。

 日本でバーボンがウイスキーの主役に躍り出ることはないだろう。主役はあくまでスコッチ。しかし、映画と同じように名脇役は必要だ。

 名脇役であるバーボンに新たな光が当たることは、酒の文化の奥行きが拡がることにつながると私は思っている。

PROFILE
藤田宜永(ふじた・よしなが)
1950年生まれ。早稲田大学中退。パリに渡り、エールフランスに勤務。帰国後、エッセイの執筆など文筆活動に取り組み、’86年『野望のラビリンス』で小説家デビューを果たす。’97年『樹下の想い』で恋愛小説の新境地を開く。2001年『愛の領分』で直木賞を受賞。「探偵・竹花」シリーズ、『銀座千と一の物語』『女系の総督』など著書多数。
この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2015年冬号 バーボン、スコッチ|手仕事の冴える二大潮流に刮目!クラフトの名を冠するウイスキーの銘品より
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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クレジット :
撮影/小寺浩之(ノーチラス) スタイリスト/石川英治(tablerockstudio) 構成/堀 けいこ
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