現代でも色褪せない音楽、そしてドラマの魅力

田村正和の訃報は、またもや昭和の終焉を印象づけた一方で、その死と自分たち(一般人)との距離感に潔ささえ感じられて、かえって田村の存在感を思い知らされるようだった。それはどこか浮世離れした、「俳優」としか表現しようのないもの。彼という人物はどう言葉を重ねても表しきれない気がする。出演する作品によってバリエーションがありながらも、田村正和以外ではあり得ない演技。私たちはそれを、遺されたいくつかの映像で体験するよりほかないのだろう。

そんな田村の出演作で、特に印象に残っているのが、1983年夏にTBSの金曜ドラマとして放映された『夏に恋する女たち』だ。田村の恋愛ドラマの代表作として語られがちなのは、フジテレビで放映された『ニューヨーク恋物語』(1988年)だが、確かにそのスケール感(バブル全盛期のNYロケ)や井上陽水のテーマ曲などで話題性が高かったものの、ドラマのありようとしては、『夏に恋する女たち』がユニークだったと、個人的には感じている。

田村正和40歳の時の主演作『夏に恋する女たち』。 (c)TBS
田村正和40歳の時の主演作『夏に恋する女たち』。 (c)TBS

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田村が演じるのは、女性のヌード写真を得意とするフォトグラファー。彼が住む六本木のマンションの7階フロアには、駆け出しのイラストレーター(名取裕子)、中年にさしかかったホスト(原田芳雄)、画商を副業とする保険会社の部長(津川雅彦)、ブティックの雇われ店長(梓みちよ)、離婚したばかりの女性(萬田久子)ら、ライフスタイルもバックグラウンドも異なる人々が暮らしていた。ある日、マンション屋上で暴行被害に遭った女性(美保純)をめぐって、7階の住人たちが交流を始めることに。そして田村と名取の関係を中心に、各登場人物の人間模様が描かれる。

『夏に恋する女たち』第3話「悲しみ買います」のワンシーン。美保純演じる若い女に翻弄される7階の住人たち。(c)TBS
『夏に恋する女たち』第3話「悲しみ買います」のワンシーン。美保純演じる若い女に翻弄される7階の住人たち。(c)TBS
『夏に恋する女たち』第6話「傷つかないで」のワンシーン。津川雅彦演じる保険会社部長の単身赴任部屋が7階住人たちのパーティー会場に。(c)TBS
『夏に恋する女たち』第6話「傷つかないで」のワンシーン。津川雅彦演じる保険会社部長の単身赴任部屋が7階住人たちのパーティー会場に。(c)TBS

キャストを列挙しただけでも、作品の濃密さがわかるだろう。田村演じるフォトグラファーのややステレオタイプな撮影現場や、原田芳雄の昭和なホストぶりは現代から見たら多少滑稽なところがあるし、強引な男女のやりとりやヌード撮影シーンなどはハラハラさせられるが(現代のメディア・コンプライアンス的に)、役者たちの達者な演技は観ていてぐっとひき込まれる。また、須田一政&ダイアン・アーバスのポスター、金子國義風のフィギュア、斉藤美奈子によるエアブラシ・イラスト、飯倉のキャンティなど、往時らしさを感じさせるディテールも見所だ。「Paravi」ほか配信サービスで視聴することができるので、ご興味ある方はチェック願いたい。

7作目のオリジナル・アルバム『SIGNIFIE(シニフィエ)』

1983年リリースの大貫妙子の7作目『SIGNIFIE(シニフィエ)』。坂本龍一によるポストYMO的なエレクトリックサウンドと、清水信之のラテンテイスト&クラシックなアレンジが並在し、そこに大貫の幻想的な詞が絡むことで、異郷感ある世界が展開する。アナログ盤もリリースされている。(ソニー・ミュージックダイレクト)提供:㈱ソニー・ミュージックダイレクト
1983年リリースの大貫妙子の7作目『SIGNIFIE(シニフィエ)』。坂本龍一によるポストYMO的なエレクトリックサウンドと、清水信之のラテンテイスト&クラシックなアレンジが並在し、そこに大貫の幻想的な詞が絡むことで、異郷感ある世界が展開する。アナログ盤もリリースされている。(ソニー・ミュージックダイレクト)提供:㈱ソニー・ミュージックダイレクト

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そして、ドラマのオープニングとして、作品イメージを決定づける大きな役割を果たしているのが、横尾忠則の画をフィーチャーした映像と、そこに流れる大貫妙子の同名テーマ曲だ。坂本龍一との協働によって生み出される、女性的かつ享楽的な音楽世界と、女性(と思われる)ふたりの裸の後姿が移り変わるアニメーションとの組み合わせは、ジェンダーに関する意識が変化した現代の視点から味わうと、改めて魅力的に感じられる。

この「夏に恋する女たち」を収録した大貫のアルバム『SIGNIFIE(シニフィエ)』は、大貫&坂本コンビの、ひとつの到達点を示しているように思う。前作『cliché(クリシェ)』に収録されていた「色彩都市」は、大貫のそれ以前の作品に色濃く漂っていた陰影あるヨーロッパ志向が、坂本のアレンジの妙で軽々と別次元へと跳躍した楽曲だった。

『SIGNIFIE(シニフィエ)』はその続編というか、より幅広く展開されたものと考えている。当時の大貫の楽曲やヴォーカルが持っていた、女性性と少女的な透明感をともに保持したまま、テクノな音感やリズムによって、アブストラクトなテイストがもたらされている。その結果、よりユニバーサルかつユニークなポップスが実現したのだった。

6作目のアルバム『cliché(クリシェ)』

1982年リリースの、大貫妙子6作目のアルバム『cliché(クリシェ)』。これ以前の『AVENTURE(アヴァンチュール)』『romantique(ロマンティーク)』と併せてヨーロッパ3部作といわれることがある。坂本龍一によるエレクトリックなアレンジが光るA面と、映画音楽で知られるジャン・ミュジーが編曲を手がけフランスにて録音されたB面、テイストの違いが際立っている。こちらもアナログ盤もあり。(ソニー・ミュージックダイレクト)提供:㈱ソニー・ミュージックダイレクト

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昨今の国内外のシティ・ポップブームにおいて、大貫は高く評価されているアーティストのひとりだが、「都会」や「4:00A.M.」など、大貫&坂本の楽曲の中でもどちらかというとレイト70‘s的な、クロスオーバー感が強いナンバーが注目されてきた。コンピュータによる音楽づくりが行き渡っている現代においては、テクノな音感の80年代後半の大貫作品はやや古色を感じさせるのかもしれない。

だが、当時そうした「音」を選択し、ポップスとして仕上げた大貫と坂本が持っていたヴィジョンや感覚には、現代においても色褪せない独自性があるのではないか。「夏に恋する女たち」または「幻惑」といった曲を聴き、『SIGNIFIE』の世界に耳を浸すたびに、そんな思いを強くする。

ちなみにドラマ『夏に恋する女たち』の劇中音楽を担当していたのは伊藤銀次。大貫とはシュガー・ベイブでともに活動していたこともある。当時流行っていた洋楽などもうまく交えながら(特にパーティシーンでのニナ・ハーゲンは秀逸だった)、幅広い音楽的造詣を感じさせるサウンドで、華やかな都会生活だけではなくその影の部分も描かれるドラマを軽快に、そして優しく支えているように感じられる。とかく軽佻浮薄なものと見なされがちな80年代の日本のカルチャーだが、なにもシリアスに、重厚に表現するだけが良いわけではないことを、このドラマはさらりと提示しているように思えるのだが、買いかぶり過ぎだろうか。

さらに余談だが、「夏に恋する女たち」はいくつかカバーも知られていて、中でも中谷美紀によるものが出色だ。そしてその曲が収録された1999年リリースのアルバム『私生活』のプロデュースもまた、坂本龍一。中谷の歌声の稚気と、エレクトロニカ時代のグルーヴ感を巧みに組み合わせた中谷バージョンは、大貫の同曲とはまたひと味違った、伸びやかな「女たち」を描き出している。

この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。