バーはただ酒を飲むだけの場所ではない。良いバーは、必ず、そこにいる人によって作られている。

  前回は、セント・ジェームスにある創業1908年のホテル、デュークス ロンドンのマティーニについて、ヘッド・バーマンのアレッサンドロ・パラッツィ氏に話を伺った。

 今回の後編は、この道45年の経験を持つヘッド・バーマンのアレッサンドロに、良いバーマンの心得を訊いてみた。

ここには20種類近くの様々なマティーニが用意されているが、メニューには「世の中には既に多過ぎるほどのルールがある。バーに来た時は自分の好きなものを飲んだら良い」としたアレッサンドロの言葉が書かれている。©Luke Carby
ここには20種類近くの様々なマティーニが用意されているが、メニューには「世の中には既に多過ぎるほどのルールがある。バーに来た時は自分の好きなものを飲んだら良い」としたアレッサンドロの言葉が書かれている。©Luke Carby

「最高のバーマンになる要素は3つある。ディプロマティック(Diplomatic)、アクロバティック(Acrobatic)、カリズマティック(Charismatic)だよ」

 確かにアレッサンドロのどんな人に対しても我が家のように親密な気持ちを抱かせる外交的な態度、優雅で軽業的な身のこなし、そして人を惹きつける独特の魅力は、良いバーマンの資質を見事に表している。

「バーに来る人々は1日の仕事を終えてここにやってきます。まずそれを理解しなければならない。ただドリンクを作るのがバーマンの仕事ではありません。ドリンクを作るのは30%、残りの70%の仕事は人間を理解することです。お客様は1日の終わりに何か良いことがあって、密かに祝杯をあげに来たのかもしれない。その人の重要な瞬間に関わるかもしれないのです。私はお客様とはファーストネームで呼び合います。その方の肩書きも何も関係ない。だから良い友達になれる。お客様は世界中からここに訪れます。私は空港に行かずに世界中を旅しているようなものです。お客様からの最大の賛辞といえば、帰り際のお客様のスマイルですね。これに勝るものはない。それがこの仕事の素晴らしさです」

アレッサンドロが付けていたカクテル型のピンバッチ。ここから会話が始まることもあるという、これも密かなもてなしのひとつだ。©Luke Carby
アレッサンドロが付けていたカクテル型のピンバッチ。ここから会話が始まることもあるという、これも密かなもてなしのひとつだ。©Luke Carby

 誰であっても、この仕事は熱意があればできるとアレッサンドロは言う。確かに、彼のチームにデュークス ロンドン始まって以来、最初の女性バーマンを迎えたのもアレッサンドロである。

 大半の客は好意的に彼女を迎えたが、ひとりのイタリア人の客は彼女に失礼な態度を取ったため、デュークス・バーから永久追放となった。

 彼の下で働く者を選ぶ際、最も重要な資質は何なのか。

「今まで長年にわたり、多くのバーマンをトレーニングしてきました。カクテルをつくることを学ぶのは比較的簡単です。やる気があれば習得できる。もっとも難しく、時間がかかるのは人を理解することです。目の前にいる人をどうみるのか。人と一緒にいることが好きで、人と話すのが好きであること、その資質を学ぶことはできません。私たちはクラシックであることに誇りを持っています。同時に、サービスは現代的でなければならない。私にとって肌の色や人種は関係ない。いくらカクテルをつくることに長けていても、エゴの強い、サービス精神に欠けた若者には興味はありません。この仕事は長時間労働で体力的にもきつい仕事です。それが嫌なら、定時に終わる郵便局にでも勤めた方がいい。それでも人々を愛し、この仕事を愛せるというのなら、それが良いバーマンになる最も重要な資質です。こういう話をすると、大変な仕事だと言う人もいますが、私はそう思いません。人々を毎日お迎えして、もてなすのが私の仕事です。毎日、ここでパーティーをやっているようなものです。どうやったら、これが難しい仕事と言えるでしょう?」

 そう言うと、アレッサンドロは満面の笑みを浮かべた。

創業1908年の歴史を継承するロンドンの伝説のバー。音楽もなく、つまみはオリーブとクラッカー。シンプルであることの贅沢さがここには生きている。©Luke Carby
創業1908年の歴史を継承するロンドンの伝説のバー。音楽もなく、つまみはオリーブとクラッカー。シンプルであることの贅沢さがここには生きている。©Luke Carby
 デュークス ロンドンに泊まる究極にして最高の理由は何か?

 それは史上最高に純粋なマティーニでしたたかに酔った後、ブラックキャブを探す心配なく、歩いてベッドルームに辿り着けることだ。

 酒飲みにとってこれ以上の至福があるだろうか?

Dukes London
デュークス ロンドン
この記事の執筆者
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
公式サイト:Gentlemen's Style