人生を重ねた大人だからこそ見えてくる、豊かな暮らしとは?をテーマに、雑誌『Precious』編集部が総力取材する連載「IE Precious」。

今回は「ビィルト」代表取締役の田原博子さんの別荘をご紹介します。

田原 博子さん
「ビィルト」代表取締役
(たはら ひろこ)「光の芸術家」と呼ばれ、写真だけでなく映像や建築、都市計画、クラスブランドのブランディングコンサルタントなども務めた夫で写真家の、故・田原桂一氏のすべての作品、出版の管理や、展覧会、キュレーション、プロデュースなどを手掛ける「ビィルト」を経営。また、歌舞伎役者・片岡千之助さんの母でもある。
http://www.keiichi-tahara.com/html/

「ハンドルを握った瞬間から『オフ』モード。別荘へと続く緑のトンネルを走り抜ける道中も自分を見つめ直す大切な時間です」

都心から車で約1時間30分。日本を代表する歴史ある温泉保養地を抜け、静かな箱根の森の中へ。こちらは、世界的に活躍された夫で写真家の、故・田原桂一と博子さんご夫妻の別荘。作品を管理、展覧会のプロデュースやキュレーションなどを手掛ける博子さんは、東京での仕事が一段落つくと必ず訪れるといいます。

「車に乗ってハンドルを握ったら、東京での仕事のことは一旦忘れます。高速道路を降りて、緑のトンネルが美しい山道を走っていると、思考も気持ちもどんどんクリアになっていくのがわかります」(田原博子さん、以下同様)

世界的に活躍してきた写真家、故・田原桂一夫妻の別荘
2階のリビングには、田原桂一氏の作品のなかでもとりわけ貴重なヴィンテージ『窓』シリーズが3点飾られている。

田原氏がパリのアンティークショップで見つけて持ち帰った客船のバーカウンターの上には、『トルソー』シリーズのガラスブロック作品が。椅子やテーブルもすべて、田原氏がパリの自宅で使っていた年代物。

「気に入ったものはとことん大切にする人でした」と博子さん。

田原博子さんの別荘にあるオブジェ
 
女性が鳥と戯れているオブジェもアンティークで、田原氏がいちばん気に入っていたもの。

「到着したらまず、すべての部屋の窓を開け放って、新鮮な空気を部屋中に取り入れます。大好きな作品ひとつひとつに『ただいま』と声をかけ、東京で購入した花や枝ものを各部屋に生けるのがルーティンです」

ピンクの芍薬
 
この日は、鮮やかなピンクの芍薬のほか、ボリュームのある枝もの、グリーンのあじさいなどを各部屋に。毎回、東京のお気に入りの花屋で購入。

東京のご自宅でも花を欠かさない博子さん。リビング、ダイニング、寝室と季節や気分によって花器を選び、手際よく生けていきます。

田原博子さんの箱根の別荘外観
グリーンの屋根とえんとつが目印。

「1階も2階もすべての部屋に大きな窓があり、どこからも豊かな自然を見渡せるんです。春は満開の桜、夏は緑のグラデーション、秋は鮮やかな紅葉、冬は雪景色。四季折々の表情を愛でながら、ゲストの方々と会話を楽しむのが至福のときです。」

田原博子さんの別荘のダイニング風景
 
1階のダイニングとリビングは博子さんが好きな真っ白のファブリックで統一。

息子さんはもちろん、親しい友人や仕事関係の方など、東京のご自宅同様多くの人が訪れ、田原氏の作品を囲んで語らう場。同時に、博子さんにとって、ひとりきりで田原氏との思い出にひたる場所でもあります。

田原博子さんの別荘の内観
 

リビングの窓際にも田原氏の作品。飛行機のオブジェはパリ時代から飾っていたもの。

「シルバー製でかなり重たいんです。丸いフォルムが愛らしいですよね」

田原博子さんの別荘の浴室
​購入の決め手のひとつになったという、広い浴室。

浴槽は桧に変えてその香りを楽しみ、お風呂上がりには、浴室とひとつながりになっている広いテラスで、夫婦揃って星空を眺めながらシャンパンを飲み、語らうのが日課だったとか。

「思考を整理したり展覧会のテーマを考えたり。ひとりになって『ひたる』場所でもあります」

田原博子さんの別荘内観
 
もともと床の間だった場所を書棚にリフォーム。写真集や図録、小説など田原氏のパリ時代からの愛読書が並べられている。
「私にとってもアイディアの宝庫です。思考を整理したり、展覧会のテーマを考えたり。ここで夫の愛読書や作品を眺めていると、彼と会話しているような、温かく、静かな気持ちになれるんです」

元は企業の保養所だったというこの家。アトリエを兼ねた別宅を探し軽井沢や千葉の物件を見て回るなか、箱根もいいねと訪れた1軒目で即決。

「リビングから続く別棟に、大きな室内スカッシュコートがあったんです。見た瞬間『ここしかない!』と田原が直感で決めて。私は内心『え?』と思ったんですけど(笑)。そのときはまだ保養所で、住むというイメージが湧かなかったんですよね。」

田原博子さんの別荘にあるアトリエ
 
保養所の室内スカッシュコートだったアトリエ。ガラスも壁も床も当時のまま。田原氏ならではのスケール感のある作品が映える。

田原氏は、スカッシュコートだった場所をアトリエに改造。打ちっぱなしのコンクリートの壁や床、体育館らしい吹き抜けなど基本構造をうまく利用して、布やガラスなど大きな作品を制作、保管。2階にあるのは『トルソー』シリーズで、布に写真を転写した作品。下は大きなガラスに写真を転写した作品。

「『トルソー』シリーズのなかでもこのキスの写真は私のお気に入り」。パリの個展で披露した作品が入った木箱ごと、大切に保管されています。暗室も新たにつくり、パリから持ち込んだカウンターを自ら設置して、作業場に。

田原博子さんの別荘内観
 
布に転写した『トルソー』シリーズは、光を通すとまた違う味わいが。バーのようなカウンターも椅子も、田原氏が制作。

「なんでも自分でつくってしまう人でした。手を入れたのは、アトリエのほか、リビングや寝室の床の間を書棚やクローゼットにして、浴槽を檜に変えたくらい。あとはすべてもとのまま使っています」

「古きよきものを大切にして、使えるものは使う。そこに新しい感性を融合させて楽しむ。パリの暮らしが長い彼の精神が宿っています」

田原博子さんの別荘の内観
 
写真家だった田原氏の祖父が使っていた写真用の箪笥を譲り受け、ずっと愛用。その上には写真と彫刻を組み合わせた作品が。
田原博子さんの別荘にあるテーブル
 
世界的デザイナー・倉俣史朗氏の赤いテーブルは、パリから持ち込んだもので、とりわけ田原氏が気に入っていたもの。
「玄関に置き、テーブルの上には長年かけて集めたさまざまな素材のオブジェを並べていました。眺めたり触ったりしながら、インスピレーションを得ていたのでしょう。今もそのままにしています」
田原博子さんの別荘の玄関
 
玄関の木彫りのドアにはふたりのイニシャルを飾って。
田原博子さんの別荘に置かれているオブジェ
 
東京都庭園美術館での展覧会の際、エントランスに展示していた田原氏の彫刻作品。ガラス部分が7色に輝く。今は別荘の玄関先に配置。

「昭和の保養所に、田原がパリ時代から使っていた家具や、大きな作品を置いてみたらピタリとはまって驚きました。古きよきものを大切にして、残せるものは残し、使えるものは使う。そこに新しい感性を融合させて楽しむ。パリの暮らしが長い夫らしさが詰まったこの家の精神ごと引き継いで、大切にしていきたいと思います」


田原さんのHouse DATA

●間取り…リビング・ダイニング×2、キッチン×2、寝室、バスルーム、トイレ、屋根裏、クローゼット、アトリエ
●住んで何年?…約12年

PHOTO :
篠原宏明
EDIT&WRITING :
田中美保、古里典子(Precious)