人生を重ねた大人だからこそ見えてくる、豊かな暮らしとは?をテーマに、雑誌『Precious』編集部が総力取材する連載「IE Precious」。

今回は空間演出家で西洋アンティークを取り扱う「Velvet Knot」を主宰する、柴田 結さんのご自宅を紹介します。

柴田 結さん
空間演出家・「Velvet Knot」主宰
(しばた ゆい)横浜出身。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業後、東京・目黒のアンティークショップ「ジェオグラフィカ」へ入社、9年勤める。2018年、出産を機に退社、独立。「Velvet Knot(ベルベット ノット)」設立。「ジェオグラフィカ」へのアンティーク商品の委託販売を継続しながら、イベントの企画・運営や空間演出を行う。2019年、アンティークを用いた空間の中で行う人形展を開催し、話題に。近々、自宅にてギャラリーをオープン予定。インスタグラム・ツイッター/@velvet_knot

「名建築に暮らすことで機能性と美しさを日々実感。『本物』を追求していきたい」

都心から車で約1時間半。海と山に囲まれた自然豊かな地に佇む、和洋折衷の洋館。昭和8年、著名な実業家の別荘として建てられた邸宅です。

空間演出家・「Velvet Knot」主宰の柴田 結さんのご自宅
門から庭に向かうと見えてくるのが樹齢100年以上の樹々と木造真壁のハーフティンバー様式の建物。赤い瓦と格子に切られた存在感のある窓が印象的。

戦後米軍に接収され、解除後に別のオーナーが購入。当時の様式をそのまま残し大切に住まわれていたとか。できればこの雰囲気をきちんと引き継いでくださる方に、というオーナーの希望を受け継いだのが柴田さんご夫婦。

「夫も私もアンティークが趣味。散歩途中や旅先でも、洋館や近代建築をよく巡っていました。私はアンティークショップに勤めていたこともあって、『もしここに住むとしたら?どんな家具を置いてどんな空間に?』などと空想しながら楽しんでいたんです。」(柴田 結さん、以下同様)

「子供を授かったのを機に、都心を離れることも視野に入れ、広くてできれば庭があって自然豊かな場所、そしてこの先の人生を共にする家、という点を考えたとき、以前から興味のあった古い洋館に住まう、という選択肢が浮上しました。ただし、ただ単に古い洋館というのではなく、歴史や文化があり、造り手や暮らす人の意思や温度が感じられる、そんな『本物』の建築に住みたい、と思ったんです」

そんななか、インターネットで物件を検索していた旦那さんがこの家を見つけ、即、内見に。

「どの部屋にもある豊かな緑が見渡せる大きな窓や、磨き上げられた木の床、なめらかな手触りの階段の手すり。当時の生活様式がしのばれる建築の構造も機能的で美しく、こだわりをもって建てられた建築自体に魅力を感じました。また、ここでの暮らしが想像できたことも、購入の決め手です」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰の柴田 結さんのご自宅
壁紙や床、天井など、当時の面影を残しつつ、アンティーク家具の風合いに合うよう、結さんがすべてプロデュース。シャンデリアや燭台などはイギリスで買い付けたアンティーク。ダイニングテーブルは「ジェオグラフィカ」のもの。奥のオルゴールは1890年ごろのドイツ製。山梨のオルゴール専門店で購入。厳かで美しい音色にうっとり。

約90年前の建物ながら保存状態はとてもよかったものの、小さな子供と一緒に暮らすには、メンテナンスが必要。何度か訪れつつ、検討から購入までは約2年かかったとか。

「憧れと、実際の生活は別の話です。あちこち傷んでいましたし、水回りも大幅な改装が必要でした。初回のリノベーションは、浴室、脱衣所、洗面所、洋間2間、奥のトイレ、空調設備など、施工から完了まで5か月以上かかりました。現在でも一部未完了です。」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
玄関ドアのガラスの小窓も当時のまま。

「実際に暮らし始めてからも、雨漏りなど、ちょこちょこと修繕が尽きません。それでも、この家でなければ得られない歓びがある。古い家に住むというのは、不便も思いきり楽しめる、強靭なメンタルが必要だと思います(笑)」

「好きなものに囲まれた非日常の中の『日常』を家族と共に楽しんでいます」

この邸宅を設計したのは、早稲田大学建築学科の創設者であり、建築家の佐藤功一氏。大隈講堂や日比谷公会堂の設計を担当する一方で、住みよい住宅とは何かを探求した建築家でもあります。

「佐藤氏が手掛けた数少ない個人住宅のひとつです。住めば住むほど実感しますが、間取りや動線、光の取り入れ方や窓からの景観など、本当によく考え抜かれ設計された建築なので、その魅力を損なわぬよう、それでいて私たちが暮らす意味を見出せるよう、コラボレーションするような気持ちでリノベーションやデコレーションを手掛けています」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
玄関を入ってすぐ、目に飛び込んでくる美しい階段。アンティークボタニカルアートと、義理のお母様の作品であるアートフラワーがお出迎え。
空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
2階の和室。この南向きの部屋は一家の主の部屋だったそう。

結さんがとりわけこだわったという浴室は、もともとこの邸宅のものだったかのような雰囲気。

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
浴室。浴室や洗面所の大理石や塗装は風合いのあるグレーに。

「引き渡されたときはユニットバスがはめ込まれていた状態で、この家のオリジナルは白黒の小さな写真しか残っておらず…、この家ならどのようなお風呂が魅力的か、家に寄り添い一から考え抜きました。結果、和洋折衷でシンプルなデザインに、天井を抜いて梁を出し、大人数でも入れるような開放的で大きな浴室に。洗面所にはこの空間に合うチェストを探し、その風合いに合わせて三面鏡を造ってもらいました」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
洗面所。フランスのアンティークを扱う「ロホン フィリップ クルエ」で見つけたチェスト。シンプルなデザインと天板の大理石が決め手。

もうひとつ、こだわった場所は家族団欒(だんらん)の場所、食堂と応接室。

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
食堂の壁紙は英国のラグジュアリーブランド「Farrow&Ball」

「私の世界観だけでなく、この家のもつ和洋折衷の佇まいや日本の洋館ということを意識して、壁紙を決め、木の壁や床の塗装に関しては納得のいく質感や色になるまで何度も修正を重ね、仕上げてもらいました。結果として、夫婦で集めていたアンティーク家具がぴったりはまり、居心地のよい空間になりました」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
食堂。カップボードは1890年ごろのフレンチアンティーク。中には「コールポート」「シェリー」「ミントン」などのアンティークのカップ&ソーサーが。いずれも結さん自身による買いつけ。
空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
応接室。暖炉やステンドグラスは当時のまま。赤いカウチとネストテーブルは「ジェオグラフィカ」でご主人がひと目惚れしたもの。それに合わせて購入したペルシャ絨毯も素敵。

一見すると、外国の古い絵本に出てきそうな、『非日常』な空間。結さんは、自身の世界観が家という場で表現でき、そこで暮らす『日常』を楽しんでいると言います。

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
広い庭が見渡せる居心地のいいサンルーム。ピアノほか楽器類が置いてあり、家族で演奏することも。

「『好き』をかき集めていたらこの形に行き着いた、という感じでしょうか。とってつけたようなものは好みません。世の中の流れに惑わされず、好きなものを見定め、深めていきたい。『自らの感性に従い、美しいもの、本物という存在を追求したい』というのが私のテーマ。本物の洋館を手にした今、この建築自体の言わんとするものを大事にしながら、私なりに発展させていきたいですね」

空間演出家・「Velvet Knot」主宰柴田 結さんのご自宅
2階の子供部屋。結さんが独身時代から愛用していたアンティークベッドは娘さんに引き継いで。照明はもともとこの部屋に付けられていたもの。「ワードローブ」と呼ばれる収納は、1890年ごろのアンティークで、イギリスにて購入。

ちなみに、全体を思ったようにリノベーションするのには、あと軽く10年はかかる、と結さん。次はキッチンと庭の大改造(別棟建設を予定!)に向けて、現在研究中とか。数年後、また訪れたいものです。


柴田さんのHouse DATA

●間取り…11LDK
●家族構成…夫婦、子供2人
●住んで何年?…約1年

PHOTO :
篠原宏明
EDIT&WRITING :
田中美保、古里典子(Precious)