世界で恐らく最も有名な伝説を持つシャツメーカーであり、英国を代表する老舗ターンブル&アッサー。その名はメンズファッションの世界において、常に最高のクオリティのシャツを意味してきた。

 その軽く100年を超える華麗なる歴史は、1885年、レジナルド・ターンブルとアーネスト・アッサーが、ロンドンのチャーチプレイスに開業したことに始まる。

 英国王室との縁は深く、伊達男として名をはせたエドワード7世に始まり、現在もチャールズ皇太子からロイヤルワラントを授与され、ウィリアム王子も婚約時に公式写真で着用するなど、その信頼は特に篤い。

 同社の顧客リストにはフレッド・アステアやマイケル・ケインといったハリウッドスター、政財界の大物からロイヤルファミリーにいたるまで、世界に冠たる著名人の名が並ぶ。実はこれらの顧客こそがターンブル&アッサーの伝説をつくり上げてきた立役者なのだ。

世界最高の顧客層を持つ伝説のシャツメーカー

シャツのみならず、独特の鮮やかな色遣いがシャツと絶妙のコンビネーションを見せるネクタイは、最高品質のシルクを用いて、同社のケント州(ロンドン南東部)にあるファクトリーでつくられている。
シャツのみならず、独特の鮮やかな色遣いがシャツと絶妙のコンビネーションを見せるネクタイは、最高品質のシルクを用いて、同社のケント州(ロンドン南東部)にあるファクトリーでつくられている。

 メンズファッションがモノトーンを基調とした1920年代、従来のハードカラー(襟)に対し、現在のようなソフトカラーとネクタイ、カラフルなシャツが登場し、シャツは一躍脚光を浴びるアイテムとなる。

 その時代に活躍した小説家F・スコット・フィッツジェラルドも当時の顧客のひとりであり、小説『華麗なるギャツビー』、さらに1974年に公開された同名の映画で、同社の得意とする鮮明なカラーシャツが宙を舞う名場面はターンブル&アッサーの名を世に知らしめた。

 第二次世界大戦中は、当時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルが、上下繫がった形の「サイレンスーツ」をグリーンのベルベットで注文している。そのスーツを着用した姿は、戦時中でも余裕を失わず、ドイツに徹底抗戦するチャーチルのシンボルとなった。

 ’50年代は名だたるハリウッドスターたちが顧客となり、ロンドンが流行の発信地となった’60年代には、同社のマイケル・フィッシュが考案した幅広のキッパー・タイが、ネクタイの流行を一夜にして変えた。

映画『007』の初代監督テレンス・ヤングも顧客であったことから、初代ショーン・コネリーからダニエル・クレイグまで、歴代6人のジェームス・ボンドはターンブル&アッサーのシャツを着用している。ボンド愛用の白のシーアイランドコットン製、ワイドカラーに2つボタンのターンバックカフ、ポケットなしの仕様のシャツは、二十世紀のメンズファッションにおいて、最もアイコニックなシャツとなった。

 こうした伝説の舞台となったジャーミンストリートの店舗に移転したのは1903年。2010年にはこの地で創業125周年を迎えた。今も創業当時と変わらぬたたずまいを見せるこの店は、メンズファッションが隆盛を極めた、エドワーディアンの面影を今に色濃く伝えている。

マスターシャツメーカー継承される技術と情熱

本店のビスポーク部門で勤続40年を超えるデビッド・ゲイル氏
本店のビスポーク部門で勤続40年を超えるデビッド・ゲイル氏

 ターンブル&アッサーの数々の栄光を支えてきたビスポークシャツは、本店のビスポーク部門で勤続40年を超えるデビッド・ゲイル氏の手によってつくりだされている。

「私はマスターシャツメーカーだ。その意味は採寸、フィッティング、型紙づくり、縫製、すべての工程を習得し、ひとりで1枚のシャツをつくり上げられることだ。私と同年代の熟練のカッターでさえ、縫製ができる者はほとんどいない。私が過去に学んだすべてを教えることは難しいが、できる限りの技術を教えることが、私の使命だと思っている」

 ビスポークのシャツづくりにおいて最初の工程は採寸となる。ここでは最低19か所のサイズを採寸する。「脊椎が語る」とゲイル氏は説明するが、数値ばかりでなく姿勢など体型の癖も確認することが重要となる。

 ゲイル氏がつくった型紙はイングランド南西部グロスターにあるターンブル&アッサーの自社工場に送られ、CADシステムでデジタル化される。このシステムが導入される以前、型紙は2〜3回使用すると再度つくり直していたが、このシステムに変えてから、コンピュータで型紙を管理できるようになった。

「良いカッターになるには2本の腕、2次元の数値を3次元に視覚化できる才能がいる。大学を卒業した人は頭がいいが技術が伴わない人が多い。とにかくカッターとして大事なのはまず顧客を笑わせること。一度、笑わせることができれば大丈夫だ。歳を取って特にその技術は磨かれたね」

 と笑う姿からは、ゲイル氏の経験に裏付けされた哲学が感じられる。

 採寸後、顧客はカラー(襟)、カフス、前立てやすその形、フィット感、生地を選ぶ。ビスポークだからどんなものでもつくれるが、見本として12種類のカラー、11種類のカフ、1000種類を超える厳選された生地が用意されている。特に注意するのはフィッティングだ。どの程度体に沿ったものがほしいのか、その好みは顧客により大きく異なる。「試着用のシャツは大きめに限る」と彼が語るのはそのためだ。

 採寸して2〜3週間後に試着用シャツが完成すると、3回ほど水洗いして縮み具合を確認。この段階で気に入らなければつくり直すことも可能だ。再度サイズを調整し、さらに2〜3週間でシャツの完成となる。

 価格は生地によって異なるが、1枚235ポンドから。最初の注文単位は6枚だが、次は何枚からでも自由だ。体型に変化がなければ来店の必要もなく再注文でき、世界中どこにでも発送してくれる。

 ゲイル氏はチャールズ皇太子やエジンバラ公も担当している。

「彼らはほしいものを明確にわかっているし、常に同じものが求められるので難しいことは何もない。逆に彼らの体のほうは年齢に応じて変化しているが、その変化を感じさせず、同じ印象を保てるようにつくるのがわれわれのビスポークの技術なのだ」

ターンブル&アッサーに息づく伝統と美学

ジャーミンストリートと交差するバリーストリートに位置するビスポーク部門。ここで顧客の採寸も行われる。
ジャーミンストリートと交差するバリーストリートに位置するビスポーク部門。ここで顧客の採寸も行われる。
ここには目立ちすぎるアイテムを揶揄する、ダンディズムの流儀が表現されている。
ここには目立ちすぎるアイテムを揶揄する、ダンディズムの流儀が表現されている。

最上のクオリティを生む不変のものづくりの哲学

 では、ターンブル&アッサーのシャツを特別にしているものは何か。その最大の特徴は独特のカラー(襟)の形状「ターンブルカット」だ。首筋から剣先にかけてゆるやかなS字ラインを描くカラーは、ジャケットのラペルから飛び出すことなく、ネクタイをしなくても端正なVゾーンの印象を保つことができる。

 立体的なカラーをひろげてフラットな1枚の布の状態にしてみると、そこにあるのは通常の既製のシャツが持つ直線ではない。カフスも同様にやや内側にカーブを描いている。人間の体に沿った曲線で構成されていることが快適な着心地を生んでいる。こうした人間工学に基づいた型紙も、本店の地下に保存された1万2000人分の型紙のコレクションより考案され、代々のカッターによって長年の間につくり上げられてきたものだという。

 さらにボタンはすべてマザー・オブ・パール(白蝶貝)。ビスポークシャツには通常スペアボタンは付けないが、その理由はカラーやカフが消耗したときに付け替えるのと同様に、ボタン付けもターンブル&アッサーで行うのが前提となっているからだとゲイル氏は説明した。

 グロスターの自社工場では既製品とビスポーク、ふたつのラインが稼働し、月間500種類ものシャツを生産する。イギリスのシャツメーカーでこの生産規模で英国内に自社工場を持っているのは、恐らくターンブル&アッサーのみだろう。

 ボタンホールなど必要な部分は手縫い、耐久性が必要なサイドシームなどは4層の生地を3ライン、約5㎜以内で縫うといった熟練の職人の手による機械縫製が施される。まさに第二の皮膚として、一生の着用を前提にすべてがつくられている。

「われわれは流行とは関係なく、昔から同じやり方を続けてきた。人の個性はそれぞれに違うが、いちど自分に似合う最上のものを見つけたら、それを変える必要はないのだから」

最後にゲイル氏はそう語った。この言葉こそ、二十世紀のシャツの歴史をつくり、常に最上のものを追求してきた、ターンブル&アッサーの哲学を如実に物語っている。

■SHOP DATA
Turnbull & Asser ターンブル&アッサー
●本店/71-72 Jermyn St.,London SW1Y 6PF
TEL:+44(0)20・7808・3000
●ビスポーク部門/23 Bury Street, London SW1Y 6AL
TEL:+44(0)20・7808・3000
この記事の執筆者
TEXT :
長谷川 喜美 ジャーナリスト
BY :
MEN'S Precious2014年夏号 ターンブル&アッサー宿す、華麗なる英国ダンディズム
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
公式サイト:Gentlemen's Style
クレジット :
撮影/Shu Tomioka 取材・文/長谷川喜美