今では立派に見える紳士にも、未熟な時代はあった。多感な年頃の男たちは映画に登場する遠い国々の美女に恋をし、自分をさらなる高みに引き上げる糧とした。それは大人になった今も、永遠の憧れとして、胸の奥でくすぶり続けている。テレビの洋画劇場を片っ端から観まくり、男性向け情報誌のグラビアを目に焼き付ける思春期を過ごした昭和40年代生まれの筆者(紳士道は未だ修行中)が、往年の女優の印象的な写真と共に、淡い思い出を綴る。第一回目は、スウェーデンが誇る肉体派女優、アニタ・エクバークを取り上げる。

ミス・スウェーデンから女優の道へ

ミス・ユニバース時代のアニタ・エクバーグ。露出の少ない水着でも隠しきれない、抜群のスタイル! GRANGER.COM/アフロ
ミス・ユニバース時代のアニタ・エクバーグ。露出の少ない水着でも隠しきれない、抜群のスタイル! GRANGER.COM/アフロ
映画出演を始めた頃の写真(1950年代)。オードリー・ヘプバーン主演作「戦争と平和」(1956年)にも出演していた。Everett Collection/アフロ
映画出演を始めた頃の写真(1950年代)。オードリー・ヘプバーン主演作「戦争と平和」(1956年)にも出演していた。Everett Collection/アフロ

 不滅のアイコンとなったマリリン・モンローはともかく、同姓からの支持も高いオードリー・ヘプバーンやグレース・ケリーと近い世代でありながら、アニタ・エクバーク(1931〜2015年)の知名度は映画に詳しい人を除いて、あまりにも低い。イングリッド・バーグマンと同じスウェーデン出身で、ミス・ユニバースの国代表に選出されたのをきっかけに、アメリカで女優業を始めたエクバークは、ややきつめの顔立ちと豊満な肉体を武器に…できなかった。来る仕事はローバジェットの映画や雑誌のグラビアばかり。それでも、隠しきれないボディラインはイタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニの目に止まり、「甘い生活」(1960年)に抜擢された。

映画の筋は忘れても、体はみんな覚えている!

あまりにも有名な、「甘い生活」でのトレビの泉のシーン。共演したマストロヤンニとは、恋愛関係にあったという。羨ましい! Everett Collection/アフロ
あまりにも有名な、「甘い生活」でのトレビの泉のシーン。共演したマストロヤンニとは、恋愛関係にあったという。羨ましい! Everett Collection/アフロ

 エクバークが、主人公のマルチェロ・マストロヤンニとトレビの泉で戯れるシーンは、刺激的で退廃を極めた同作を象徴するエロティックな美として、映画史に燦然と名を残す。ストーリーは忘れても、今にもドレスからこぼれ落ちそうな、大きく柔らかな(ここは想像)胸だけは、男たちの脳裏から離れることはない。

 若い時分には、こんな妄想を抱いたものだ。

「大人になったら、自分もこんな美女をどこかのパーティで見かけて、喧騒が逃れるようにひとりでたたずんでいると、『ふたりで静かなところまでドライブでもしません?』なんて誘われて、そのあとは…」

 無論、そんなことが起きるはずもなく、せいぜい新宿駅東口広場で終電を逃した際に大柄なOL(顔と胸以外はアニタ・エクバーグに似ていたと言えなくもなかった)に逆ナンされて、大衆酒場でひたすら仕事の愚痴を聞かされたことがあったくらいだ(結局、面倒になって隙をみて逃げた)…。

本人よりも観客が切なくなった「インテルビスタ」

こちらも50年代のもの。これが世界中の男を虜にした、わがままボディだ! Everett Collection/アフロ
こちらも50年代のもの。これが世界中の男を虜にした、わがままボディだ! Everett Collection/アフロ

 フェリーニ晩年の監督作「インテルビスタ」(1987年)は、50代半ばのエクバークの姿が拝める貴重な映画だ。しわが増え、ずっと肉付きが良くなったその姿は、実年齢よりもかなり老けて見える。フェリーニ、マストロヤンニと共に、スクリーンに映し出される「甘い生活」の一幕を観るシーンで、そっと涙を拭うエクバーク。現実と虚構がないまぜになった同作の中で、おそらく観客が一番記憶に残るのは、やはりエクバークが登場する、この切なく、美しいシーンだ。たったひとつの突出した代表作で、世を去った後も映画好き文系青年を刺激し続ける彼女は、その点においてのみ、同時代の大女優たちにも引けを取っていない。

この記事の執筆者
TEXT :
櫻井 香 記者
2018.7.17 更新
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。