Something Preciousを日々探している秋山都さん。今回は京都の名店「緒方」へ。美味しいお料理の数々に舌鼓を打ちつつ、日本酒の美味しさをしみじみと感じました。

秋の夜長にかみしめる、刹那の幸せ

秋深まる京都――。磨きこまれた白木の美しいカウンターで、しみじみと「もっと日本酒を飲みたいな」と考えていました。予約の取りにくい名店「緒方」のご主人を前に、田中酒造(宮城県)が醸す日本酒「TANAKA 1789 X CHARTIER」をいただいていたときのことです。人は死ぬ前にそれまでの人生が走馬灯のようにかけめぐるといいますが、このときもなぜかいままでの美酒を思い出していました。

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京都は、呉服問屋が多い室町通に近い膏薬辻子(こうやくのずし)に静かに佇む「緒方」。もっとも予約がとりにくいお店のひとつ

あれは22歳だったか、青山の「ブラッセリ―D」で先輩に飲ませてもらったヴーヴ・クリコ。30代でハマり、毎夜通った「ロックフィッシュ」(銀座)のハイボール。そして最近のワインやカクテル……飲んだお酒はその時々のボーイフレンドにもよって変わりましたが、実によく飲んできました。でもいま、年につれ飲める量も減少傾向にある人生の秋を迎え、しみじみと日本酒がおいしいです。

振り返れば、私のこどものころの日本酒は「おとうさんが飲むもの」というイメージでした。夕方、大相撲中継を見ながら父がするめをあぶり、一升瓶からお酒を注ぐ……「のーこった、のーこった」という行司の声と、するめと日本酒のまざった匂い。私はこたつで宿題でもやっていたのかな。のどかな夕方の風景を昨日のように思い出すことができます。

「TANAKA 1789 X CHARTIER」×「緒方」

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いいお酒はワイングラスで飲むとボウル部分で香りが広がり、より美味しく感じられるよう

日本酒の生産量は1973年をピークに年々減り続けていますが、その一方で吟醸酒や純米酒などの特定名称酒の人気は高まっており、海外にも輸出されるようになってきました。

この日いただいていたお酒は、ヨーロッパでも人気のハーモニー・クリエイター、フランソワ・シャルティエが宮城県の酒蔵、田中酒造とタッグを組んで生まれたお酒。日本酒の醸造にワインメイキングの発想を取り入れ、幾種類もの原酒をブレンドすることで生まれた「TANAKA 1789 X CHARTIER」です。

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フランソワ・シャルティエは研究者としての顔ももつ

ハーモニー・クリエイターとは聞きなれない肩書ですが、モダンガストロノミーを代表する「エル・ブジ」(スペイン)で、フェラン・アドリアシェフのもとで長年レシピを開発し、独自のアロマ理論を築いたシャルティエだけが持つ称号なのだとか。

日本酒は塩をつまみに飲むようなストイックな印象をもたれがちですが、さすがワインの国の方が醸す日本酒は食事に寄り添う力を持っています。この夜も「緒方」のお料理を「もうひとくち、もうひとくち」と後ろから押し出すように味わいを深めていました。

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和久傳で長く料理長を務めた緒方敏郎さん。ハンサムです

「緒方」についてはもう説明無用でしょうか。ミシュラン二つ星にして、いま、もっとも予約が取りにくいことでも知られている緒方俊郎さんによる和食店です。私も一度はお伺いしたいと思っていたのが、ようやくご縁があったのがこの夜というわけ。

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本まぐろのルイベ。こしょうをたっぷりきかせた醤油とともに
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伊勢海老のつけ焼き。この写真はなんとカウンターの中から緒方さんが撮ってくれたもの

お料理はどれも奇をてらわない、まっすぐで誠実な印象を残すものでした。食材を吟味し、調味料を選り抜き、丁寧に、手間を惜しまず作ったらこうなるのかな……となんとなく想像はつくものの、「どうしたらこんなに美味しくなるの⁉」とため息がでるようなものばかり。若いお弟子さんたちの端正な所作にも見とれました。

超高級店の多くは一度訪れたら、しばらくは伺わずともいいかなと思うものですが、来月も、またその次の月も来たいと思わせる力のあるお店です。

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海老芋。こんなにきれいな桜色なの⁉

なかでも驚いたのがこの「海老芋」の炊いたもの。食材は海老芋とお出汁のみ。調理法はおそらく煮ただけ。でもどうやったらこんなに透明感と凝縮感のある旨味が生まれるのでしょうか。

恥ずかしながら私は海老芋の煮物といえばグレーの煮上がりしか知らなかったので、この美しい桜色にも驚きました。緒方大将いわく、海老芋は冷えると色が悪くなってしまうのだとか。ということは、この日のこのタイミングで食せるように時間を見計らって炊き上げているといことですよね。脱帽です。

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〆にほんのひとくちの鰹のヅケ丼。このごはんがまた美味しくて

すばらしいお料理と美酒に酔ったのでしょう。いままでに飲んだおいしいお酒が走馬灯のようにかけめぐり、ついでに父が日本酒を飲んでいたシーンが立ち上ってきました。

父が飲んでいたお酒と、この「TANAKA 1789 X CHARTIER」では値段も雲泥の差でしょうし、するめと「緒方」のお料理を比較するのも失礼極まりないでしょうが、あのときの父(当時40代?)もそれなりに幸せそうではありました。

共通するのは人生の秋を迎えたふたり(私と父)の刹那の幸せです。どんな幸せも長く続くものではなく、一瞬であるからこそ長く心に残るのだと、しみじみ感じるのです。願わくば、一瞬の幸せがなんどもなんども訪れますように。この冬はいままで迎えたどんな冬より、日本酒をおいしく飲めそうです。

今回いただいた日本酒「TANAKA 1789 X CHARTIER」

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「TANAKA 1789 X CHARTIER」

「TANAKA 1789 X CHARTIER BLEND 001 VINTAGE2018」
容量:500ml
度数:17度
価格:¥10,000(参考小売価格)

「TANAKA 1789 X CHARTIER BLEND 002 VINTAGE 2018 」
容量:500ml
度数:16度
価格:¥17,000円(参考小売価格)

「TANAKA 1789 X CHARTIER PAVILLON OF BLEND 001 VINTAGE 2019」
容量:500ml
度数:16度
価格:¥7,000円(参考小売価格)

※掲載した商品の価格は、すべて税込みです。

TANAKA 1789 X CHARTIER SHOP

TEL:0229-63-3005

今回お伺いした和食店「緒方」

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「緒方」
  • 住所/京都府京都市下京区綾小路西洞院東入新釜座町726
    TEL:075-344-8000

この記事の執筆者
女性ファッション誌や富裕層向けライフスタイル誌、グルメマガジンの編集長を歴任後、アマゾンジャパンを経て独立。得意なジャンルに食、酒、旅、ファッション、犬と馬。
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WRITING :
秋山都
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