「第二のお年頃」――それは、いわゆる更年期。女性なら誰もが迎える、心身が揺らぎやすい時期です。人生100年といわれる時代にあって、その半ばに、なんだかモヤモヤ、ザワザワしている人も多いのでは?

『Precious』12月号では、『「第二のお年頃」が私を育む、未来を開く』と題し、人生の先輩や同年代の方が「第二のお年頃」とどう向き合い、どう楽しんだか、インタビューやアンケートと共にご紹介しています。

今回はスポーツキャスター、タレントとしてご活躍の益子直美さんのインタビューをお届けします。元アスリートとしてスポーツ界での発信を続ける益子さん。多くの女性が心身の変調に気付く40〜50代に新たな挑戦を始めた彼女が、「第二のお年頃」をどう慈しみ、どう乗り越えたのか、伺いました。

スポーツキャスターの益子直美さん
益子 直美さん
スポーツキャスター
(ますこ なおみ)1966年生まれ。高校3年時にバレーボール全日本代表に選ばれ、世界選手権やW杯などの国際大会で活躍。'92年に現役を引退し、現在はスポーツキャスター、タレントとして活動。「一般社団法人 監督が怒ってはいけないバレーボール大会」の代表理事も務める。

「アスリートの呪縛から解放されることで、自分を深く愛せるように」

スポーツキャスターの益子直美さん
スポーツキャスターの益子直美さん

益子直美さんの「お年頃」の歩み方年表

42歳 子宮にポリープなどが判明
49歳 夫へのイライラを感じ始める
50歳 心房細動で手術を行う
        更年期から来る過度の肌荒れや甲殻類アレルギーなどを経験
51歳 早寝早起きをし、飲酒を控えるなど、生活習慣を調える

心と体が揺らいだら、過去の栄光を手放すタイミング

「やっぱり、元アスリートですから。『自分の体は大丈夫』と過信していました。

それが30代で骨格は老人レベルと判明し、40代で婦人科部位にポリープが発覚。健康体とはほど遠い状態にあったのです。更年期を意識したのは49歳ぐらい。ふだんは穏やかな私が、夫の言動にイラッとすることが増えたのです。この時期は、私のライフワークとなる『監督が怒ってはいけない大会』を始めたタイミングと重なります。実は昭和の高圧的な指導で心に傷を負い、バレーボールを嫌いにまでなった私。これは強い人には理解できない、『弱い人代表』の私だからこそできる活動だと気合いが入っていました。

そんな不安定な私を強くしてくれたもの、それが『アンガーマネジメント』など、メンタルに関する学びです。知識は人を強く優しく、そして楽にしてくれます。でも知るだけではダメで、日々実践しないと意味がない。勉強を始めた当時は気持ちも脳もパンパンで、まるで余裕がなかったのでしょうね。そこに更年期まで重なって、夫へのイライラという症状に出たのだと思います。

MAIKO SEMBOKUYAによるイラスト
イラスト/MAIKO SEMBOKUYA(CWC)

そして迎えた50歳。なんと心房細動という病気が見つかります。『まさか、元アスリートの私が』。最初はまたそう思いました。でも思い当たる節がないわけではなかった。現役時代にどう頑張っても体力がつかなかったこと、夫のすすめで始めた競技用自転車もすぐに心拍数が上がってしまうこと…。なんだかストンと腑に落ちて『この大病は『過去の振り返り』、そして『未来の生き方』を私に問うている』。そう考えるようになったのです。

そんな私の誕生日に、夫が電動アシストバイクをプレゼントしてくれました。昔だったら『電動なんて邪道!』と切り捨てていたけれど、今は『うん、使える!』と大絶賛(笑)。この贈り物は、『頼ること』、そして『サポートしてもらうこと』がこれからの人生を楽しむコツと実感できた、特別な宝物となりました。

今、私は55歳。あのモヤモヤ&激動期を経て、なんだか喪が明けたような爽快な気分でいます。学んでわかったのは、心は強くするものではなく整えるもの。そしてそれはひとりではできないという事実。専門家、家族、女友達、ネットでもいい。誰かに心模様を話してみてください。

さらに華々しいキャリアから肌のハリまで(笑)、過去の栄光を手放してみる。遠い過去より今を、はるか未来より明日を、どう慈しむかで人生は変わると思うのです」

 

ILLUSTRATION :
MAIKO SEMBOKUYA(CWC)
EDIT&WRITING :
本庄真穂、剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)