ブランディングディレクターとして活躍中の行方ひさこさんに、日本各地で出会った趣のある品や、その作り手たちをご紹介いただく連載企画「行方ひさこの合縁奇縁」。第5回目は、金沢で見つけた、福光屋が醸す長期熟成日本酒『百々登勢』をご紹介します。

選び抜かれた原料×清らかな「百年水」×卓越した杜氏の技…さらに年月を重ねることで生まれる格別の日本酒

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福光屋の熟成日本酒「百々登勢」

江戸時代の安永の頃から現在に至るまで、397年もの間金沢の文化と酒を引き継いでいる福光屋。最近では、酒造りで培った発酵技術を活かした酒蔵ならではの発酵食品や自然化粧品にも取り組み、活躍の幅を広げています。今回は、そんな福光屋の12代目が早くから挑戦していた長期熟成日本酒「百々登勢(モモトセ)」をご紹介いたします。

福光屋の命の水

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板谷和彦杜氏に蔵の見学のご説明をしていただきました。右手の水が福光屋の仕込み水、「百年水」。近所の方々がこちらに水を汲みにくる姿もちらほら。

金沢で最も古い歴史のある酒蔵でもある福光屋は、創業してからずっとこの地で日本酒を作り続けてきました。それは、酒蔵の地下150メートルに流れ着いている「百年水」存在なくしては語れません。「百年水」とは、日本三霊山の一つでもある白山の麓に降り注いだ雨雪が地中深く染み込み、幾重にも重なる貝殻層を通り抜けて、発酵に最適な成分を溶け込ませながら、百年以上の歳月をかけて辿り着く清冽な仕込み水なのです。

「百年水」の生まれた白山は、最高峰の御前峰(ごぜんがみね・2702m)を中心に、大汝峰(おおなんじみね・2684m)、剣ヶ峰(けんがみね・2677m)、別山(べつざん・2399m)を主峰とする峰々の総称です。1億年余り前には湖底にあり、その後少しずつ盛り上がってきて何度も噴火を繰り返し、今日の姿になったと言われています。現在は石川、福井、岐阜、富山の4県にまたがり、47700haにも及ぶ白山国立公園として大勢の登山者に親しまれ、ユネスコの生物圏保存地域に指定されるなど、その自然環境は国際的にも高い評価を得ています。

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後方には白く輝く白山が。

金沢を車で移動しているといつも目を奪われるのは、少し遠くに見える山々の神々しく美しい姿。福光屋の屋上からも、その姿ははっきりと見えます。屋上にはお社があり、蔵人たちは毎朝自然への敬意と共に手を合わせ、1日が始まります。

熟成酒への挑戦の歴史

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左から5年熟成、20年熟成、30年熟成、10年熟成の百々登勢。熟成が古くなるほど、色合いが濃くなるという訳ではないのがおもしろいところ。

日本の古酒の歴史は古く、鎌倉時代から存在し貴重なお酒として扱われてきたという文献が残っているそうです。歴史上の証拠がある期間だけでも500年ほどになると言われているので、文化として定着していたと言えます。しかし、明治から酒税法の関係でそのほとんどは消滅し、古酒を仕込んでいるというと周りからも変人扱いされることも多かったそう。

12代目がフランスボルドー地方やトカイ地方を訪れた際に、葡萄そのものの品種を決めて、大切に育てていくこと、それによって造られたワインを熟成させていくこと、この2つがワイン文化を支えていると思ったそうです。選び抜いた原料とこの仕込み水「百年水」とを合わせ、杜氏の技で醸し出した純米酒、これをさらに寝かせて熟成させたら美味しくならないわけはない! そう信じて取り組んできた熟成酒。日本酒もなんとか熟成させてみたいと考えて、自ら造った酒を熟成貯蔵させたのが、福光屋の熟成日本酒への試行錯誤の始まりです。

さらなる熟成への挑戦

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普段はあまり立ち入ることができない熟成日本酒の貯蔵蔵で、タンクから注ぎたての1970年生まれ52年熟成の百々登勢を試飲させていただきました。芳醇な香りと濃厚な余韻は日本酒とは思えないほど。私は中華料理と合わせて楽しみたい!
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琥珀色の美しい輝きとわずかな粘性、貴腐ワインのようです。

1961年には年間を通して温度管理が可能な熟成庫が完成し、長期熟成に適した温度と、温度による熟成の違いの研究が本格的に行われていきます。1969年には3年熟成の純米大吟醸を発売することに成功しました。

現社長13代目福光松太郎さんがその後を引き継ぎ、さらに研究を重ねていきました。日本酒の長期熟成酒には2種類の方法があります。1つは低温による熟成の「淡熟」、そしてもう1つは、1年を通して四季の気温の変化に従って熟成させる「濃熟」。百々登勢は、味、色、味わいが大きく変化する濃熟タイプです。「百々登勢1972」が20年熟成として発売されたのが1994年、その後順調に熟成を重ねて、長年の成果が実り、2007年には熟成のプレミアムライン「百々登勢」、淡熟のプレミアムライン「初心」が揃ってリリースされています。

1年に1度、杜氏と13代目松太郎さん、14代目の太一郎さんで試飲をして、熟成具合の確認をしているそうです。更なる目標は100年熟成! 飲む温度によっても楽しみ方が広がる「百々登勢」は、ワイングラスで温度の変化と共に楽しむのがおすすめだそうですが、40度程度に温めていただくと、全く違う香りと味わいになるとのこと。今までの概念ではなく、合う食事を探すのが楽しくなりそうです。

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最高峰の「百々登勢1970」は、パッケージにもブランドの基盤である金沢の背景をしっかり練り込み、伝統の技を美意識により全て特注。環境に配慮し、酸化鉛成分を含まないクリスタルガラスボトルも1つずつ丁寧に作られています。
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美しい色味と優れた堅牢性をもつ、稀少な石川県産の樹齢50年以上の檜を使用して作られた、重厚な仕立ての木箱。

信頼を見極める

ブランドとは本来は「流行」とは相容れないもの。他の誰も真似することができないものづくりの伝承と、時間の厚みと深みがブランドにはあります。時間をかけて考察し、トライ&エラーを重ね、独特の技に裏打ちされたクオリティの高さもあるので流行に振り回されない。そこに宿る自信と誇り、お客様を大切にする姿勢など全て含めて唯一無二のものです。

レコメンド機能が発達して、選ばなくてもある程度的確なものが目の前に現れてくれる時代ですが、ブランドは「買う方が選ぶ」というのは大切なことだと感じています。それが自由でもあり、物を選ぶ眼、信頼できるブランドを見極める眼が養われることでもあると思うのです。

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福光屋

この記事の執筆者
「ブランドのDNA」=「ブランドらしさ」を築くため、ストーリーやデザインなどの一貫したコンセプトワークを行い、トータルでブランドの向かうべき方向を示す。アパレルブランド経営、デザイナーなどの経験を活かして、食や工芸、地域創生などローカルに通じる幅広い分野で活動中。
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WRITING :
行方ひさこ
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