【重要】昨今の状況を鑑み、感染拡大防止の観点から、2月28日に開催される予定だった「兼高かおる旅の資料館」閉館セレモニーは中止となりました。(2020年2月28日更新)

「兼高かおる旅の資料館」が2月28日に惜しまれつつ閉館、特別なキャンペーンが開催

飛行機による海外旅行が夢のまた夢だった、1959年から31年間にわたり、テレビ番組『兼高かおる世界の旅(TBS系)』を通して世界150か国以上、距離にして地球を180周という驚異的な取材活動を続けた、兼高かおるさん。

しかしながらその旅スタイルは、今振り返っても美しく、エレガントで、プレシャス世代の憧れです。

兼高かおるさん
ジャーナリスト
(かねたか かおる)1928年神戸生まれ。香蘭女学校卒業後、ロサンゼルス市立大学に留学。帰国後ジャパンタイムズのフリージャーナリストとして活躍。1959年からTBS系テレビ番組『兼高かおる 世界の旅』のディレクター兼プロデューサー、ナレーターとして活躍。「横浜人形の家」館長、日本旅行作家協会名誉会長、東京都港区国際交流協会会長ほかを歴任。写真/©Yasuo Konishi

その間に撮影された貴重な映像のアーカイブや、ご自身で収集した民族衣装や現地の生活必需品、装飾品など1,650点は、淡路島にある「淡路ワールドパークONOKORO」内の「兼高かおる旅の資料館」に展示・収蔵されています。

その資料館がオープンから35年を経た2020年、2月28日をもって、建物の老朽化を理由に惜しまれつつ閉館されることに…。そこで、閉館にあたって現在、キャンペーンが開催中。

最終日の2月28日(金)には、事前予約制で先着30名様を対象に、今、ここでしか聞けない兼高さんのエピソードの数々を紹介する館内ツアーが行われ、閉館セレモニーにも参加できるそうです!

春の息吹を感じるこの季節、瀬戸内への旅も兼ねて、足を伸ばしてみませんか?

世界150か国以上、地球を180周回って取材を続けた兼高かおるさんのエピソードをご紹介します

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1969年、西アフリカのベナン、世界遺産に指定された宮殿のある街、アボメイにて。現地の祭りで、もの珍しそうな子供たちに囲まれ、悪魔払いの踊りに使うお面と戯れて。

日曜日の朝、お茶の間に見知らぬ異国の風景や文化が届けられると、兼高かおるさんのたぐい稀な美貌と上品な語り口が、日本人の外国旅行への憧れを、さらに掻き立てました。

番組のきっかけとなった「世界一周早回り」を終えて

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番組のきっかけとなった世界一周早回りを終えて

1958年7月。フリージャーナリストとして世界一周早回りに挑戦し、73時間9分35秒の新記録を達成して羽田に到着した若き日の兼高さん。コペンハーゲン市長から贈られたデンマークの衣装で一躍、時の人に。これをきっかけに、翌1959年からTBS系テレビ番組『兼高かおる 世界の旅』が始まるのです。

1年の半分は海外取材。帰国したらすぐに編集。自ら番組制作に関わった

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1年の半分は海外取材。帰国したらすぐに編集。自ら番組制作に関わった

TBS系テレビ番組『兼高かおる 世界の旅』では、タレントのように出演していたわけではなく、ディレクター兼プロデューサー、ナレーターとして、自ら企画、取材して制作。飛行機の中でも、寝る間を惜しんで資料に目を通し、ナレーション原稿を書いていたとか。

ただこの時代から、番組取材は常にファーストクラス。宿泊も一流ホテルにすることで、信頼につながり、各国要人への取材もスムーズだったのだそうです。

日本の首相よりも先にJ.F.ケネディ大統領に面会!

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日本の首相よりも先にJ.F.ケネディ大統領に面会!

国王や大統領、著名人への取材を数多く経験してきた兼高さん。どこへ出ても恥ずかしくないマナーを身につけ、美しい所作と、明るく堂々として、物怖じしない態度がいち目置かれ、エレガントな印象を与えて、私的な親善大使として大切な外交の役割を果たしてきました。

写真は1962年秋、ホワイトハウスを訪問したとき。時の首相よりも先にJ.F.ケネディ大統領に面会がかなったのです。和服姿の美しい兼高さんが写真を撮ろうとすると「私の妻もカメラマンだ」と笑って、気さくにポーズを取ってくれたそう。

乗馬ブーツにサファリスタイルが様になる!

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乗馬ブーツにサファリスタイルが様になる!

1968年。パリにあるフランス人子爵が所有するサファリにて。動物が好きで、恐れることなく触れ合っていた。サファリルックが、今見ても新鮮!

砂漠でも、秘境でも、基本はいつもワンピース!

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砂漠でも、秘境でも、基本はいつもワンピース!

1970年代後半、モロッコの砂漠にて。華やかなフラワープリントのワンピースに、歩きやすいとお気に入りだったウエッジソールを履いて、砂漠に立つ兼高さん。「ワンピースの動きやすさを優先していただけ。靴もハイヒールに慣れていましたから、フラットだと疲れてしまいますの」とご本人はさらり。このスタイルは生涯を通して貫かれ、一歩外に出たら女らしく装い、着くずすことはなかったようです。

以上、華麗なる兼高かおるさんの活躍の一部をご紹介しました。

【2月28日まで開催】「35年間の感謝をこめて。ありがとう、兼高かおるさん~Farewell Our Beloved Adventuress, Kaoru Kanetaka」

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「淡路ワールドパークONOKORO」内にある「兼高かおる旅の資料館」

閉館キャンペーンは「35年間の感謝をこめて。ありがとう、兼高かおるさん~Farewell Our Beloved Adventuress, Kaoru Kanetaka」と題し、2020年2月28日まで開催中です。

資料館の展示は、多様な民俗資料であるとともに、1959年から1990年まで激動の時代の世界情勢を写し出す、今や貴重な資料でもあります。 当時の懐かしい番組も、大きなモニターで楽しむことができるとか。
資料館の展示は、多様な民俗資料であるとともに、1959年から1990年まで激動の時代の世界情勢を写し出す、今や貴重な資料でもあります。 当時の懐かしい番組も、大きなモニターで楽しむことができるとか。

期間/2020年2月7日(金)~28日(金)
営業時間/9:30(平日10:00)〜17:30
実施内容/記念品の配布(数量限定)、「兼高かおる世界の旅」厳選10番組の連続上映、取材に同行したカメラマンによる「館内展示ガイド(日時限定、2月23日・24日各日/13時,14時,15時,16時)」を実施。

兼高かおる
兼高かおる

【中止】「兼高かおる旅の資料館」閉館セレモニー

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この記事の執筆者
TEXT :
藤田由美さん ファッションエディター
BY :
『Precious8月号』小学館、2019年 / 2020.2.28 更新
外資系化粧品会社勤務の後、フランス遊学。帰国後、出版社にてカルチャー誌やモード誌の編集に携わり、フリーに。雑誌『Precious』には創刊間もないころから関わり、モードからリアルクローズまでカバー。ブランド史や名品・デザインに造詣が深い。憧れの女性は、八千草 薫とマレーネ・ディートリッヒ。音楽と犬とスポーツ観戦をこよなく愛す。
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