今では立派に見える紳士にも、未熟な時代はあった。多感な年頃の男たちは映画に登場する遠い国々の美女に恋をし、自分をさらなる高みに引き上げる糧とした。それは大人になった今も、永遠の憧れとして、胸の奥でくすぶり続けている。テレビの洋画劇場を片っ端から観まくり、男性向け情報誌のグラビアを目に焼き付ける思春期を過ごした昭和40年代生まれの筆者(紳士道は未だ修行中)が、往年の女優の印象的な写真と共に、淡い思い出を綴る。第4回目は、「ストリート・オブ・ファイヤー」などでヒロインを演じたダイアン・レインを取り上げる。

MTV時代のロック映画で永遠のヒロインに!

デビュー作「リトル・ロマンス」のワンシーン。撮影当時14歳。同作で見せた演技は高く評価され、一躍注目される存在となる。
テキサスの田舎町を舞台にした「幸福のチェッカー」(1983年)より。思えば、ダイアン・レインはいかにも郊外の街にいそうな美少女だった。

 ご機嫌なロック(!)が流れるなか、架空の街、リッチモンドに現れたクールな風来坊、トム。彼は街の出身者であり、昔付き合っていた歌手のエレンがギャングどもにさらわれたのを知り、最初は無関係を装うが、結局重い腰を上げて戦いに挑んでいく……。

 西部劇の骨子を現代に移したわかりやすい筋立てと、ミュージックビデオをつなぎ合わせたような演出が満載の映画、「ストリート・オブ・ファイヤー」(1984年)は、大人たちの予想を覆し、「キネマ旬報」で読者選出ベストワンに選ばれるヒット作となった。主役はあくまでもトムを演じたマイケル・パレだが、劇場に足を運んだ当時の青少年はほぼ間違いなく、エレン役のダイアン・レインが目当てだった。

 デビュー作の「リトル・ロマンス」(1979年)で見せた初々しさを経て、わずか数年で大人の女へと成長したダイアン・レインは、10代後半でキャリアの絶頂期を迎えた。「ストリート〜」のヒットの礎を築いたのは、フランシス・コッポラが監督した「アウトサイダー」「ランブルフィッシュ」(共に1983年)であり、若干きつめの顔立ちと不良性を感じさせるダイアン・レインの雰囲気(それは役柄の影響が大きかったのだが)は、まだヤンキー文化が大手を振るっていた当時の日本で受け入れやすかったのだろう。

今も彼女の姿を観るたびに、脳裏で「今夜は青春」が鳴り響く

「ストリート・オブ・ファイヤー」より。歌唱シーンはすべて吹き替えだが、まるで本当に歌っているように見えるのは、ダイアン・レインの演技力の賜物。※以上、写真すべて(C)アフロ

 しかし、彼女を重用したコッポラの「コットンクラブ」(日本では1985年に公開)は興行成績が振るわず、そのせいか彼女はいったん映画界から距離を置く。数年後にカムバックはしたものの、往時の勢いを取り戻すことはできなかった。1992年には、にっかつ(日活)が社運を賭けて製作した「落陽」にも出演するが、やはり人気を取り戻すにはほど遠く、彼女の責任ではないとはいえ、同作でにっかつは倒産を確実なものにしてしまうというオチまでついた。

 90年代をローバジェット作品への出演で駆け抜けたダイアン・レインは、いつしか実年齢よりも少し上に見える貫禄、というか生活感をまとい、熟女好きのニーズに応えた。「運命の女」(2002年)では再び高い評価を受け、現在まで年に1〜2作の出演をコンスタントにこなしている。

 何気なく目にした映画で彼女を発見するたびに、頭の中で「今夜は青春」(「ストリート〜」での劇中歌)のメロディが流れ出す。あのゴージャスで神がかったステージには、どんな歌姫も叶わないと確信できる。たとえ口パクだとわかっていても。

この記事の執筆者
TEXT :
櫻井 香 記者
2018.7.17 更新
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。