ブランディングディレクターとして活躍中の行方ひさこさんに、日本各地で出会った趣のある品や、その作り手たちをご紹介いただく連載企画「行方ひさこの合縁奇縁」。今回は第8回目。その地域ならではの食の魅力をもったローカル・ガストロノミーに注目したそうです。

「そこ」だから出会える、味わえる。その醍醐味を楽しむローカル・ガストロノミー

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その土地ならではの食材を活かすのも「ローカル・ガストロノミー」のひとつ

さまざまな顔を持つ海に囲まれ、南北に長く位置し、国土の70%を森林が覆っている豊かで多様性のある自然と共存する日本。その土地の特性を最大限に活かし、高い創造性によりそこでしか体験できない時間を作り上げるシェフたち。地形や気候、それによって長い時間を経て育ってきた食文化があるのは東京ではなく現場、そう、地方なのです。

季節ごとに移り変わる顔や、伝え継いできた技や知恵などがあってこそ、その場所で輝きを放つレストラン。そんなレストランをさまざまな角度から選考してセレクションする「Destination Restaurants」と、その中で今注目されている女性シェフをご紹介します。

「Destination Restaurants」とは。

「日本人が選ぶ、世界の人々のための、日本のレストランリスト」として昨年2021年に発足し、今年で2年目を迎える「Destination Restaurants」。3人のプロにより、東京23区と政令都市を除く日本各地に点在する魅力的な10店が、毎年選出され発表されます。

東京は世界一ミシュランの星の数が多い都市と言われています。世界的に見ると、日本のレストランに対する評価は高いのですが、ランキングやガイドの多くは海外の評価機関が母体です。ワールドワイドな視点や価値観で選ばれてはいますが、日本の風土や細部にまで目を届かせ、日本が軸となって選定しているものはほとんどありません。

そんな状況の中、この「Destination Restaurants」は、日本人が選び、伝えたいオーセンティックな日本の食文化を世界に発信しようという想いで作られた数少ない「日本発信のレストランセレクション」なのです。

(the Japan times AUTHENTIC JAPAN SELECTIONのサイトより)
(the Japan times AUTHENTIC JAPAN SELECTIONのサイトより)

自然の恵みを料理へと昇華させるローカル・ガストロノミー

宿_1
新潟県南魚沼市の里山十帖

6月に発表された「Destination Restaurants」第2回目のセレクションの中に、女性シェフが活躍する宿があります。新潟県南魚沼市にある里山十帖です。

里山十帖の桑木野恵子シェフは、オーストラリア、ドイツ、インドなど世界を巡り、ヨガと各国のベジタリアン料理を学び、ヴィーガンレストランに勤務したのちに里山十帖へ。2018年に料理長に就任し、2020年「ミシュランガイド新潟特別版」で1つ星を獲得。2021年には「ゴ・エ・ミヨ2021年」で15.5点とテロワール賞を受賞した、今、注目を集めている女性シェフの1人です。

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「里山十帖のスペシャリテ「ごちそうごはん」のお米は、この田んぼでスタッフの手により作られている

2014年にオープンした里山十帖は、冬は雪深い新潟県南魚沼市で古民家を利用した日本料理の宿。雑誌「自遊人」が、旅館でもレストランでもない、真に豊かな暮らしをテーマに手掛けた宿です。料理に定評があるのはもちろん、オーガニック魚沼産コシヒカリを育てる体験や、料理人とのコラボレーションで地産地消の食文化に一石を投じるなど、感覚を養う体験を提案するスタイルが注目されています。

桑木野シェフの料理が目指しているのは、「ローカル・ガストロノミー」。食の多様性を受け入れ自然に寄り添いながら、その土地ならではの在来種や伝統的な調理方法を活かし、里山の季節とその彩りを伝えています。

「その土地にあるものが全て。そこにないものはどう頑張ってもない」 それが地方食の本質だと桑木野さんは言います。

早朝から山菜を採りに自ら山に入ったり、地元の生産者を訪ねてその日に使う野菜を仕入れたりと、自然とも生産者とも近い距離を保ちながら、地域の風土・文化・歴史を表現し、自然に感謝しながら人間が持つ「野生」が目覚める料理を作る。そして、土地そのものを活かしていくことで、訪れる人たちにも生産者にも、その土地や在来種の価値や誇りを感じてもらう、そんな循環を作り出しているのです。

海と山の出会い、水と土の循環

中央左から、目黒浩太郎シェフと桑木野恵子シェフ
左はabysseの目黒浩太郎シェフ、右が里山十帖の桑木野恵子シェフ

少し前のことになりますが、里山十帖が東京代官山のフレンチレストランabysseの目黒浩太郎シェフと2日間限定のコラボレーションディナーイベントを開催するというのでお伺いしてきました。

「何度かabysseを訪れて食事をした際に料理の素晴らしさに惚れ込み、ぜひ目黒シェフとコラボレーションをしたいと思っていたところ、共通の知人が縁を繋げてくれたことで今回のイベントに至りました」と桑木野シェフ。

コラボレーションディナーイベントにて
コラボレーションディナーイベントにて

海に囲まれ、その中で四季折々の表情を豊かな表情を見せてくれる魚介類をベースに表現する「abysse」と、里山の文化と歴史、そして暮らしを表現している「里山十帖」。山と海、都市と里山。そんな表現もメイン食材も全く異なる2つのレストランが寄り添いながらも、お互いに自らの得意な部分を主張して、1つのコースを作り上げます。

「海と山の出会い、水と土の循環」は、それぞれのシェフが1皿ずつ作りコース仕立てにするのではなく、2人で1つのコースを作り上げるスタイル。1皿、1皿の中に二つの世界がうまく溶け合って融合していました。

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山の花とミツバチの一生
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バチコ×雪室じゃがいも×根曲がり竹
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里山の恵み

「素晴らしい里山が残る、新潟・南魚沼に移住して8年、私は「水と土の循環」を考えることが、なにより重要だと思うようになりました。この地域に生きる一人の人間の使命として、そして料理を作る者として、地球の営みを感じていただける力強い料理を作りたいと考えています」

桑木野シェフの言葉には、その土地に暮らし、自然と共に生きているからこその力強さがありました。

目黒浩太郎シェフと桑木野恵子シェフ
イベントが終わって笑顔になる2人のシェフ

身の周りの世界をふれ合い、理解できる手段、それが自分の持っている「感覚」。その手段である「感覚」が、最近では視覚的なものに大きく偏ってきているように思います。

わざわざそこに行くために何時間もかけて車を飛ばして、やっとたどり着くような環境の中で、そこでしか感じることのできない湿度や、そこにしか存在しない動植物の臭いを感じる。その土地の本質に向かい合ったシェフにしか作れない創造性豊かな食事に舌鼓を打つことは、作る側も食べる側も自身の「感覚」を取り戻し、さらに深化させていくことではないでしょうか。

日本そのものを味わい尽くすローカルガストロノミー、ぜひお気に入りを見つけて出掛けてください。

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都会の喧騒から離れ、特別な時間を過ごすことのできる「里山十帖」

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この記事の執筆者
「ブランドのDNA」=「ブランドらしさ」を築くため、ストーリーやデザインなどの一貫したコンセプトワークを行い、トータルでブランドの向かうべき方向を示す。アパレルブランド経営、デザイナーなどの経験を活かして、食や工芸、地域創生などローカルに通じる幅広い分野で活動中。
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WRITING :
行方ひさこ