日本で長い年月をかけて愛され育まれてきた温泉文化。だからこそ、温泉旅館のなかには、歴史や伝統の重みを感じさせる名建築が少なくありません。日頃コンクリートに囲まれた暮らしを送る私たちにとって、そんな情緒あふれる空間で寛ぐのも温泉旅行の醍醐味のひとつ。そこで、温泉ジャーナリストの植竹深雪さんに、国の文化財として認められている建築美に感動する湯宿をピックアップしてもらいました。

今回ご紹介するのは、神奈川県・箱根湯本にある「萬翠楼 福住(ばんすいろう・ふくずみ)」です。

植竹深雪さん
温泉ジャーナリスト
(うえたけ みゆき)全国各地の2500スポット以上を巡っている温泉愛好家。フリーアナウンサー、温泉ジャーナリストとして、テレビ番組をはじめ、さまざまなメディアで活躍中。著書に『からだがよろこぶ! ぬる湯温泉ナビ』(辰巳出版)がある。
公式サイト

時の要人たちに愛された重要文化財の名宿

明治の面影を残す「萬翠楼 福住」の外観
明治の面影を残す「萬翠楼 福住」の外観

新宿から特急で1時間半。箱根湯本駅で下車し徒歩7分ほどにある「萬翠楼 福住」は、箱根湯本でも屈指の老舗旅館。創業は江戸時代初期の寛永2年(1625年)で、木戸孝允、伊藤博文、松方正義など時の要人たちも逗留してきた名宿です。

「『萬翠楼 福住』では、明治初期に建てられた2棟(萬翠楼・金泉楼)が、2002年に現役旅館として初めて国の重要文化財に指定されました。文化財の宿と一口に言っても、こちらは国指定。所有者が自ら申請する登録文化財の宿は数多くありますが、国から指定された文化財で、かつ実際に泊まれるのは、よく知られたところでは東京ステーションホテルとここだけだと聞いています」(植竹さん)

「萬翠楼 福住」を代表する15号室
「萬翠楼 福住」を代表する15号室

「伝統的な数奇屋風の日本建築に西洋のエッセンスを融合した建物は、外観も館内も見どころ満載。なかでも客室15号室は必見です。歴史的文化財保護の観点から宿泊はできないのですが、館主さんのご案内で見学させていただきました。まず10畳の部屋では24人の画家が2枚ずつ描いた48枚の天井画が圧巻。床の間にさりげなく飾られた掛け軸は伊藤博文の直筆です。ほかにも山桜の原木が柱に用いられていたり、木の造形に合わせて襖が曲線的に作られていたりなど、匠の技やアイディアが光ります」(植竹さん)

大迫力の天井画
大迫力の天井画

「15号室以外の客室も、窓や障子格子、欄間、建具などひとつひとつのディテールに当時の職人のこだわりが感じられますが、引いた目で部屋全体を見るとそれらが見事に調和されていて、さながら建築のオーケストラ。歴史の重厚感がありつつ決して古臭い雰囲気ではなく、風情ある優雅な空間で時間がゆっくり流れるような豊かな気持ちにさせられます」(植竹さん)

4間から成る25号室
4間から成る25号室
25号室の床の間。繊細な建築美も必見。
25号室の床の間。繊細な建築美も必見。

温泉は天の恵み…真綿にくるまれるような極上の湯に癒される

湯舟がまんまるで広々とした「一円の湯」
湯舟がまんまるで広々とした「一円の湯」

「重要文化財のお宿ということで、まずは建物が注目されることの多い『萬翠楼 福住』ですが、16代目にあたる館主さん曰く、温泉こそが原点であり宝物とのこと。大地の恵みを神様からお預かりしているという思いで、大切に大切に湯を守り続けているそうです。敷地内に自然湧出の自家源泉があり、少ないときでも毎分100リットルを超えるほど湯量が豊富。しかも源泉が42~43度と程よい湯温のため、人の手を一切加えないフレッシュな源泉かけ流しを堪能できます」(植竹さん)

大浴場「扇の湯」
大浴場「扇の湯」

「大浴場は、『一円の湯』と『扇の湯』の2か所。『一円の湯』は浴槽がまんまるで広々としているのに対し、『扇の湯』は扇形でこぢんまりとしています。個人的には浴槽は小さいほうが湯の入れ替わりが早く、源泉のよさをダイレクトに感じられるような気がして好みです。時間帯による男女交代制ですので、入り比べをおすすめします。

ちなみに、大浴場ではレトロなタイルも注目ポイント。タイル好きの間で定評のある『コラベル』は心ときめくかわいらしさです」(植竹さん)

「一円の湯」の露天風呂
「一円の湯」の露天風呂

「泉質は肌への刺激が少ないアルカリ性単純温泉。ここの湯はよく“真綿にくるまれるよう”と評されるのですが、肌ざわりが本当にふわふわです。包容力のある湯といいますか、浸かっていると体がほどけるような感覚が得られ、まさしく極楽…。露天風呂も『一円の湯』は岩造り、『扇の湯』は香りの控えめなサワラの木造りでそれぞれ風情があり、館内の至るところで建築美への飽くなきこだわりが感じられました」

「扇の湯」の露天風呂
「扇の湯」の露天風呂

以上、「萬翠楼 福住」をご紹介しました。重要文化財のお宿で日本の歴史に思いを馳せたり、真綿の湯に癒されたりしたい人は、次の旅先候補のひとつに加えてみてはいかがでしょうか?

※外出時には新型コロナウィルスの感染対策を十分に講じ、最新情報は公式HPなどでご確認ください。

問い合わせ先

  • 萬翠楼 福住
  • 住所/神奈川県足柄下郡箱根町湯本643
  • 客室数/全15室
  • 料金/1名 ¥28,600~(税込)
  • TEL:0460-85-5531

WRITING :
中田綾美
EDIT :
谷 花生